第9話
十時頃、カーディガンにマフラーをした柴田がやって来た。
「美音ちゃん、寝たの?」
「ああ。うまい、うまいって、ペロッと食べたよ、君の料理」
「良かったわ」
お茶を
柴田は火をつけた煙草を、
「酒はないの?」
「飲まないもの」
「今度、置いといてくれ。後でお金をやるから」
「いいわよ。何がいいの?」
「そうだな、……辛口の日本酒でいいよ」
「分かったわ。買っとく」
湯飲みを置くと、その手を柴田が握った。
「布団に入ろうか」
「……ええ」
純香は恥ずかしそうに俯くと、膝を上げた。
シャワーを使った柴田は、
「帰るぞ。おやすみ」
横たわる純香の耳元に囁いた。
「うーん……」
純香は気だるさの中にどっぷり浸かっていた。柴田は、下駄箱の上に置いてある鍵を使うと、ドアの郵便受けに戻した。その金属音を耳にした純香は、安心して眠りに就いた。
翌晩も、食事ができた頃に柴田がやって来た。
「タッパー、外の郵便受けに入れといて。出勤の時にでも」
豚肉と小松菜の炒め物とほうれん草のおひたしをタッパーに入れながら顔を向けた。
「オッケー。じゃ、次からそうする」
「ええ。はい、どうぞ」
ビニール袋を手渡した。
「十時頃、来るから」
「ええ」
微笑むと、ドアを閉めた。
買っておいた陶器の灰皿を炬燵に置くと、酒の
「
「ああ」
返事をすると、炬燵に入った。灰皿を買う時についでに買った徳利に酒を注ぐと、湯気を立てている鍋に入れた。作っておいた
煙草を吹かす柴田の前にぐい呑みと箸を置くと、つまみを添えた。
「お、うまそう」
柴田が嬉しそうな顔をした。
「蒲鉾は少し醤油をつけるとおいしいわよ」
「はーい」
柴田は言われた通りに、小皿に入った醤油に蒲鉾をつけて食べた。
「ん。うまい」
「シンプルだけど、イケるでしょ?」
台所から声をかけた。
「うん、イケる」
柴田は煮物にも箸をつけた。
「蕗もうまい」
「ありがとう」
「どうぞ」
と、お酌をした。
「ありがとう。君も飲めよ」
「ちょっとだけね」
純香は腰を上げると、セットのぐい呑みを取りに行った。――柴田が酒を注いでくれたぐい呑みを、柴田が手にしたぐい呑みに当てると、互いは笑顔で酌み交わした。
「うまい!」
柴田が感激していた。
「ホントにおいしそうね」
「うまいさ。美人のお酌に、うまい肴。言うことないね」
柴田は本当に満足そうだった。
「明日、うちに来ないか」
「え?」
突然だった。
「娘に会ってほしい」
「……」
本当に会っていいのだろうか。純香は決断できずにいた。
「早めに帰ってくるから。な?」
「……え」
結局、相手に任せるという優柔不断な性格が、そこにあった。これまでもそうだ。相手が引っ張ってくれないと、自分勝手に事を急いで、決まって失敗していた。その
今回もそうだ。好きになってしまった柴田に依存している。
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