現代百物語 第20話 窓の影

河野章

第1話 現代百物語 第20話 窓の外

『ちょっと相談して良いか』

「……良いですけど、何事ですか。先輩が相談なんて珍しい」

『いや、多分お前の領域じゃないかなぁと』

「え。……ちょっと遠慮したい気分が急に……」

『待て待て、本当に深刻な相談!』

「それなら良いですけど」

『じゃあ、俺の家で明日10時な』

「コメダじゃなくて、先輩の家で?」

『俺の家で。それだけちょっと急いでるんだ』

「了解しました」

『頼むな』

 それで、谷本新也(アラヤ)は、藤崎柊輔の家を翌日訪れることが決まった。


「わざわざ悪いな」

 藤崎は時刻通りに来た新也を自宅に招き入れ、客間に通した。

 珍しく、2人の間にあるのは酒ではなくて緑茶と茶菓子だった。

「良いですけど……本当に珍しいですね」

 コートを脱ぎながら新也は目の前のこたつに入った。

 この家では客間を居間代わりに使っているらしい。

 今日は薄曇りで、外では木枯らしが吹いていた。こたつにはちょうど良い季節になろうとしていた。

「まあ、な」

 藤崎は珍しく歯切れが悪い。自宅だと言うのに妙にそわそわと周囲を気にしている。

 彼らしくなかった。

「どうしたんですか?気分でも?」

「いや、……ちょっと妙なことがあってな」

 藤崎は顔色が悪い。新也は少し身を乗り出した。

「窓でも開けて、空気でも入れ替えますか?」

「いや!」

 立ち上がろうとする新也を制して、藤崎がその腕を取る。

「いや、開けるのは止めてくれ……見えるんだ」

「え?」

 新也は障子にかけていた指をビクッと外した。

「見えるって、まさか……」

 恐る恐る藤崎に確認する。

「まさか、だ。黒い影が見える」

 藤崎が神妙な顔で頷いた。

 2人は互いの正面に座り直し、背を正した。

 藤崎は咳払いをする。どうも自身でも信じられないようだった。

「影が、見える。家の中や、……外を歩いていても、物陰に人影が」

 それを聞いて新也は急に、背中を冷たい物が滑り落ちる感覚を味わった。あの藤崎が何かを感じて、見ているなどにわかには信じがたかった。

 藤崎はゆっくりと記憶をたどるように喋る。

「多分、この1ヶ月くらいだ。それから、家の中でも家鳴りひどい……もともと古い家だからいろいろとガタが来ているのは分かるんだが、……廊下でミシッと板を踏む音がしたり、玄関をガンガン叩く音がするから行ってみたら誰もいなかったり……」

「それは……」

 新也は言葉に困った。

 自分が体験したことのある中でも群を抜いてアグレッシブな相手だ。しかし妙だった。そういう体験が新也もないことはなかったが、藤崎に何かがついている気配はない。

 ただ確かに、誰かに見張られているような妙な気配はしていた。

「あとは……」

 藤崎が続ける。

「物がなくなる」

「え?」

 予想外の話に新也は戸惑った。藤崎が困ったように微笑んだ。

「物がなくなるんだ。昨日はずっと使っていた万年筆がなくなった。その前は使おうと机の上に出しておいたマネークリップだ」

 一つ一つは大したものではないが、どれもお気に入りで日常使っているものだという。それが家の中で忽然と姿を消す。困っていると藤崎は言った。

 新也は青くなった。

「先輩、それって……」

 ゾクリとしたいつもの感覚はない。けれど見られている視線は感じる。その答えは?

「……先輩」

 新也は声を潜めて藤崎に声をかける。

「ん?」

「振り向かずに、スマホで110番してください」

「え……」

 新也の視界の端には、障子に写る黒い影が見えていた。

 障子の先はすぐに掃出し窓で、そのさらに向こうは藤崎家の豪奢な庭だ。

 そこに、おそらく女性が立っている。

 乱れた長い髪、ごわついた上着に長いスカートの影までが詳細に写る。

 ガラスへ張り付いているのだろう。

 新也は慎重に答える。

「多分、生きている人間です」

「わ、わかった」

 ゴクリと喉を鳴らしてから、藤崎が答えた。

 2人は警察が通着するまでの間、影のと睨み合いを続けた。



【end】

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