第2話 玄関開けたら2秒で異世界(後編)
バイトへ出かけるためにアパートの扉を開いた――ら、2秒で美少……幼女が僕の胸にダイブしてきた。
彼女はどうやら、僕の親父と旧知の仲……らしい?
* * * * * * * * * * * * * * *
「嘘じゃないでしよ。私はここからずっと遠い、セージロさんが救ってくれた国から、セージロさんに会いに来たでし」
「あ……えーと、うーん……えー、……あ。そうだ、なんで?」
「本当は、セージロさんが私の国を去る時、もう二度と会う事はないって言われていたでし」
「? なんで?」
「世界と世界を頻繁に繋げるのは良くないことだからでし」
「…………」
「繋がった部分から流れ込んだモノが、お互いの世界に良くない干渉をするって言ってたでし」
「…………」
「セージロさんは世界に名を轟かせるほど強い☆□×△だったでし」
「……え? ハイ?」
「とても強い“バンソロディ”だったでし」
「バ、バン……?」
「“
「アッ ハイ……」
「分かってないでしね?」
餌をほおばったリスの様に頬を膨らませて水色ピンクの幼女がこちらを軽く睨む。そうか、奇天烈な格好してるけど、モノトーンで見ると結構可愛い顔をしているんだな、この子。って、いやいや、僕は親父と違って幼女趣味は無い!! あくまでも一般論だ!
「“
「へ、へぇ……」
「元々、○▽×☆□国に□×○△□の大軍が押し寄せて、どうにもならなくなって、城の筆頭魔道士が“力”の強い存在を召喚したでし。それがセージロさんだったでしよ……私たちの都合で召喚されたにも関わらず、セージロさんは□×△□×様に師事して“
懐かしい遠い過去を見るように、透き通ったピンク色の目を細めて彼女は呟いた。そこに、親父に対する何というか、その、アレだ。……息子の僕としては、気まずいと言うか、居た堪れないというか、そういう感情が滲んでいた。
「戦いが終わって、平和が戻って……――セージロさんが去ってから、みんなで力を合わせて……“リルデラルム国”は立派に復興したでしよ」
「!」
さっきまで聞き取れなかった国の名前が何とか聞き取れた。24歳の耳、捨てたもんじゃないな。
「本当は、もう二度と会っちゃ駄目だったでしけど……でも、一番の立役者のセージロさんに、復興した国を一目で良いから見て欲しかったんでし……だから、私、こっそり国を出てきたでし」
「そ、そっか…………なんか、えー……っと、ごめん、まだ展開についてけて無いんだけど、でも、親父に会わせてあげられなくてごめん」
「コタロが謝る事無いでし」
にこり、と水色ピンクの幼女が微笑んだ。あ、やっぱり可愛い。電波なのはちょっと勿体無いな。いや、芸能人としてならありなのか? キャラ作ってるって言われるかもしれないけど。
「さて、と……セージロさんに会えないなら、長居は出来ないでしね」
ぴょこん、と彼女がベンチから地面に降り立った。
「コタロ、これ、ありがとでし。せっかくだから、お土産に持って帰るでしよ」
「って、ペットボトルを?! いや、そんな、土産ってなら、何かもうちょっと……いや、僕もそんなお金ないけど、せめて……なんだろう、タペストリーとか、置物とか……?」
「? よくわからないでしけど、これも私の国には無いので立派なお土産でしよ」
「そ、そうか……」
「でし」
力強く頷くと、彼女はこちらを見て花が咲くように笑った。
「セージロさんの“力”を辿ってコタロの元に辿り着いたでしけど、あなたに会えて良かったでし。セージロさんとお話し出来た気持ちになれたでし」
「はは……それは良かった。でも、親父とそんな似てるかな、僕」
「似てるでし。顔も背格好もそうでしが、何よりも感じる“力”が」
スピリチュアル的な事を真顔で言うので、これが駅前の広場とかだったら宗教勧誘間違いなしって事で速攻逃げ出すんだけど、彼女が言うと何というか、まぁ、彼女自身が電波系だからか、なんか普通だ。すんなり受け入れられている辺り、我ながら順応力が高くて笑いそうになる。
「んー……なら、まぁ、良かったよ。親父が……君とどういう関係だったのか、とか、ちょっと怖くて想像したくないけど、……ハハハ」
「関係……どうだったんでしかね。私はセージロさんが大好きだったでしけど、セージロさんは最後まで、どう思っていたか教えてくれなかったでし」
「え、えーと、ごめん、また僕……」
失言多いな、自分。思わず凹み気味で謝ると、彼女は笑顔で首を横に振った。
「セージロさんは、わざと私に伝えなかったと思うんでし」
「え、わ、わざと?」
好きな子いじめか?! 親父! 好きな子いじめなのか?!
「だって、お別れするのは決まってた事だったから」
「あ、あー……なんだっけ、繋がった部分から流れ込んだモノが?」
「お互いの世界に良くない干渉をする、でし……」
『ギュオオォオオオオオオ!!!!』
「?!」
「な、なんだ?!」
聞いた事無い動物の声に、僕は思わずベンチから腰を浮かせる。だが、水色ピンク幼女が手で制した。
「コタロ! あなたは逃げるでし!」
「え? は?!」
「長居をしすぎたでし! アレはリルデラルム国の郊外にたまに出る
「な、――――はぁーーー!? 何だそれ! 危ないんじゃ……」
「こっちに近付いてくるでし! 早く行くでしよ!!」
ぐい、と小さな手で押されて、油断していた僕はたたらを踏んだ。とたんに、周囲の景色がみるみる赤と緑のマーブルにべた塗りされていく。――てか、何故に補色対比でマーブルにするかな?! 目が痛い!!
「コタロ! そのまま私と反対方向へ走るでし!!」
「!!!」
こちらを向いて叫ぶ水色ピンク幼女の背後に、赤くギラギラとした瞳を持つ黒い毛むくじゃらのバケモノが忽然と現れた――――まずい、このままじゃ、
「~~~~~~~っやめ……」
やめろ……!!!
反射的に、彼女の手を引っ張って逃げようと手を伸ばす。
「コタロ、ダメでし! 逃げ……っ」
驚いてピンク色の瞳を見開く彼女の背後から、鋭いバケモノの牙が襲い掛かるのが見えた
とたんに
僕は叫んでいた。
「リティア――――――!!!!」
* * * * * * * * * * * * * * *
広い草原の真ん中で、向かい合う少女の両手を握り締める。
元の世界に戻らなくてはならないが、離れるのが名残惜しい。
小さな、でも立派な、僕のお姫様。
「そろそろ、かな」
「……」
僕の言葉に、彼女は俯いたまま応えない。
「ごめん、もう行くよ」
「……」
彼女は首を縦にも横にも振らない。振ることが出来ない。
行って欲しくないと思ってくれているだろうけど、引き止める事ができない事も知っているから。
「遠く離れていても、いつ、どこにいても、君の事をずっと思ってる」
「…………本当?」
小さな声で彼女が問う。
「うん、約束だ」
元の世界に戻る為に、ここで過ごした僕の記憶は消去される。
交わらない世界同士の均衡を保つために、世界と世界の継ぎ目――“門”を守る、
それでも、
君のいた心の穴を埋めるものなど、きっと君以外いないのだから
君と君の世界の存在を忘れたとしても
君という形は僕の心に空洞として残るだろう。
* * * * * * * * * * * * * * *
眩しい光がバケモノごと赤と緑の空間を切り裂き、後には僕と水色ピンクの幼女が公園に呆然と佇んでいた。
なんだ?
何があったんだ??
何かわからないけど、とりあえず助かった???
もしかして、この水色ピンク幼女が実はものすごい魔法使いとか、なんかすごい強かったりするのか? 何だそれファンタジー?!
――――と、どこからか、チャイムの音が聞こえ始めた。
そうだ、この公園の近くに中学校があったっけ。つい辺りを見回すと、ポツリと彼女が呟いた。
「……“リティア”、って」
「……え? あ、え? ごめん、チャイムで聞こえなかった。何?」
「…………」
水色ピンクの幼女は答えず、何故か僕の顔を熱心に見詰めて、それからふっと眉を下げた。
「……何でもないでし」
「えー、と、そう? なら、良いんだけど。――あ、そうだ」
「?」
「名前、まだ聞いてなかった。聞いても良い?」
脳内では“水色ピンク幼女”だけど、さすがに口に出して呼ぶ事は出来ないからな……うん。
「……○☆□△○」
「……アッ ごめん、聞き取れないからゆっくりで!」
やっぱすぐには聞き取れないなー
「リトラルエリシア」
「リト……なんだ、えー……長いな。“リティア”って略してもいい?」
「!」
「え、まずい?」
ピンク色の瞳があまりにも大きく見開かれるものだから、また失言したかと焦って撤回しようとすると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「……リティアで良いでし」
「そっか。いや、はは、君の言葉、結構難しくて。口が回らないというか」
「同じでし」
「え?」
「…………私も、コタロの世界の言葉、上手く話せないでし」
!
あ!!
“でし” って、そういう?! 舌が回ってない的な?!
なんだ、電波とかキャラ作りかと思ってたのに、そういうオチか……なるほど、納得。
「コタロ」
うんうん、と1人で納得していると、リティアが小さく名を呼んだ。
「ん、なに?」
「……コタロは、セージロさんの事……“ちちうえ”の事、好き、だったでしか?」
「え? あー……うーん、どうだろ。あんまり記憶にないんだけど……でも、やっぱ僕の中では、大きな背中で落ち着いた大人、ってイメージかな。何事にも動じないと言うか。……子ども目線の記憶しかないから、どうしてもね」
「そうだったんでしか」
ふわり、とリティアが笑った。何だかその笑顔が、僕の語彙力では到底言い表せない想いがこもったもので、思わず僕の胸がじんと熱くなる。
「コタロ」
「なに?」
「コタロ」
「はい、なんですか」
言いにくいのか、なかなか本題に入らないリティアに思わず苦笑を浮かべる。でも、別に嫌だからじゃない。
とはいえ、さっきバケモノも出たし、あんまり長居をさせると、彼女自身、また危ないんだろうな。
「そろそろ、でしね」
ぎこちなく笑うリティアに、どう声を掛けるべきか一瞬言い澱む。それから、当たり障りの無い疑問を投げかけてみた。
「どうやって帰るの?」
「飛んで」
「へ? アッ ……へぇ」
うーん、リティアの世界がどうなのか、とか、ファンタジーが、とか、あんまり詳しくないから分からないけど、まあ、さっきみたいな赤と緑のマーブル世界とか、変なバケモノとか見てしまうと、まぁ、飛べるのかもしれない。彼女なら。
「もう行くでしね」
「あ、うん」
レースやらフリルやらひらひらとしたスカートを両手で持ち上げ、リティアは僕に向かってふわりと礼をとった。慌てて僕もお辞儀を返す。
「んふふ」
「な、なに?」
唐突にリティアが笑ったので、僕のお辞儀がおかしかったのかと思って焦って顔を上げると、
「今度は“反対”でし、ね?」
スカートを両手で持ったまま、リティアの両足が地面から離れ、宙に浮かんだ。
淡い水色の髪が無重力状態みたいに自由に彼女の顔の周りに漂っている。
そして、ピンク色の瞳には、笑みと、涙、
「――――! あ!!」
ハッとした時には、そこにはもう、いつもの光景が広がっていた。
昼下がりの公園、中学生のお喋りの声、車のエンジン音。
そんな中で僕は呆然と佇んだまま、動けなかった。
今度は 反対
リティアの言葉を反芻する。
――――“誰”と?
その問いに、答える事が出来る人物は、多分“この世界”にはいないのだと、何となく僕は分かっていた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「……帰るか」
公園に取り残された感満載の僕は、しばらく経ってから、何とも言えない気持ちを振り払うために、わざと口に出した。
明日からは、普段通りのアパートから、普段通りにバイト先へ行き、普段通りに過ごすのだろう。
けど、僕の目の奥には、水色とピンクの派手な色彩が、いつまでも焼き付いて離れないのだった。
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