玄関開けたら2秒で異世界

hake

第1話 玄関開けたら2秒で異世界(前編)

 いつも通りバイトに行こうと、アパートの玄関開けたら2秒で美少女が僕の胸にダイブしてきた。



「セージロさん!!」



 え、誰? “せーじろ”って。



 ……っていうか、どういう欲求不満だ。どうせ彼女いない歴=年齢だけど、どうせ夢で見るならもっと胸が大きいどっちかっていうと年上の――って、




 ――――ん? あれ?



「って、うわわわわわぁあああ!!? 現実?!」


 

 慌てて僕の胸にコアラの様にしがみ付いている美少女……美……幼女? を引き剥がそうとジタバタ頑張ると、彼女はショックを受けたような顔で僕を見上げた。



「セ、セージロさん……?」


 ヒラヒラとレース? だかフリル? だかがたくさんついたドレス? 姿で、小さな顔に大きなピンク色の瞳、淡い水色のふわふわとした長い髪の美……幼女。何だこれ何のコスプレだ。っていうか、髪の毛はウィッグか脱色して染めたとして、ピンクの目ってカラコンでいけるのか? にしては透き通ったものすごいピンクなんだが、っていうか、こんな年でそんな染髪とかカラコンとか不健康過ぎやしないか……って、いやいやちょっと待て、なんで涙目なんだこの子!?


「ちょ、ちょっと! ちょっと待っ……」


 思わず盛大に冷や汗を流しながら、両手を上に上げて身体を引き剥がそうとする。見た目小学校高学年、または中学生くらいの女の子をアパートの自室の前で泣かせてるなんて、近所に住む大家さんに見られたらあらぬ疑いを掛けられてしまう。っていうか、それならまだいいが、通りすがりの人に通報されかねない。それはヤバイ。死んだ両親に顔向けが出来ない。


「セージロさん……」


 相変わらず胸に引っ付いたままの幼女がふるふる、と小さく震えた。声も何となく震えている。いや、バイト間に合わないんだけどな。どうすんだこれ。


「えーと、あのさ……言いにくいんだけど、僕は“せーじろ”さんという人じゃないです」

「……え?」


 はい。


 顔を上げた幼女(仮)に静かに頷く。



「僕の名前は宮田みやた 小太郎こたろう。“せーじろ”さんとは別人です」

「そ、そんな、嘘……」

「嘘言ってどうするんです。何なら免許証見せます?」

「メン・・・・キョショ?」

「車を運転するアレですよ。ペーパーですけど」


 なんで敬語使ってるんだ自分。――いやいや、だって、これ以上この子刺激したくないし。ぽかんとピンクの瞳を丸くしている彼女をよそに、僕はさっさと財布から免許証を取り出して差し出した。


「はい。ここ。名前、書いてあるでしょ」


 免許証の氏名の部分を指で指し示すも、彼女は別の部分を見て目を丸くした。


「セージロさん! こ、これは……何という精巧な肖像画なんでしか!!」

「……“でし”?」


 え、なに、キャラ作り? こんなに小さい子なのに? もしかして芸能界入りを狙っている? こんな田舎で? って、いやいや、ナイナイ。


 思わずドン引きするも、彼女は全く意に介さずに僕の手から免許証を奪い取り、表裏と興味深そうにしげしげと見詰めた。


「初めて見たでし。魂を抜かれてもおかしくない程精巧な出来でしね」

「いや、魂抜かれ……っていつの時代の考えだよ。写真でしょ、写真!」

「シャ……シャチ……?」

「しゃ・し・ん!!!」

「しゃ、し……ん? とは、誰でしか。この肖像画の作者でしか!」

「ちっがーーーーう!!!」


 ああもうっ と、両手で髪をかきむしろうとした時、不意に腕時計の文字盤が目に飛び込んできて思わず膝からその場に崩れ落ちた。


「……バイト時間はるかに過ぎてる」

「ばいと?」

「ヤバイ……っ んじゃ、人違いって事で!!」


 言うが早いが、免許証を水色ピンクの女の子の手から素早く取り戻し、そのまま女の子を置いて猛ダッシュをかける。背後から「セージロさーん!!」と女の子の声が聞こえた気がするが、人違いだからそれ!!





* * * * * * * * * * * * * * *





 僕の名前は宮田みやた 小太郎こたろう。24歳。両親は既に亡く、親族もいない。この春に大学を卒業したは良いものの、新卒あるあるの就職浪人という身分だ。現在はアパートから徒歩20分ほどのコンビニで大学の学費ローンを返済すべく日夜アルバイトをしている。


 走りながらバイトへ遅刻する旨の謝罪の電話を掛けて、切ってからふと僕はある事に気付いた。



 “せーじろ”……?



 ……征二郎せいじろう……?



「って、それ親父の名前じゃないかー!?」


 そうだ、僕が小学二年生の時に亡くなった父親は宮田みやた 征二郎せいじろうという名前だった。交通事故で、母と共にあっけなく。


「おやじ……というと父君という事、でしか?」

「あ、うん。……って、えええええええ追いつくの早くない?!」

「飛んで来たでし」

「へー……」


 あ、電波系の子なのか。なるほど納得。


「それより……コタロはセージロさんの息子……なんでしか」

「なぜに僕だけ呼び捨て。……まぁ、はい。多分そうなりますね。君が言うセージロさんという人が僕の父親なら、だけど」

「……いや、間違いないでし」


 水色ピンクの幼女は、神妙な面持ちで力強く頷いた。


「私が見間違うほど、そっくりなんでし。あなたはセージロさんの息子さんでし」

「あ……いや、まぁ、良く分からないけど、はい」

「…………」

「えー……と、もう良い? 僕、バイト行かなきゃなんだけど」

「……セージロさんは……」

「うん?」


 ぽつりと勢いをなくして零れた言葉に、思わず相槌を打ってしまう。


「……つ、妻を娶ったんでしか」

「へっ?」


 思わず変な声が出てしまった。なんだこれどういう展開?!


「わ、私という者がありながら……っ セージロさん……っ」


 って、うわーーー!! 泣き出したぞこの子!!?



 おーやーじーーーー!! 何やってんだ!!!?


 ってか、こんな年の子に手ぇ出したのか何考えてんだロリコンか!?



「な、な、泣かなくても……いや、あの、何ていうか、ごめんなさい」

「うぅ……」

「す、すみません」

「……コタロが謝る事はないでし。セージロさんと私の問題でし」


 涙を拭いながら、幼女は小さく唇を尖らせてそっぽを向く。


「い、いや、でも、何ていうか、良く分からないけど、僕の親父が何かやらかしたのは分かったから……せめて息子の僕がお詫びを」

「いーでし! 謝るならセージロさんに謝ってもらうでし! さぁ! コタロ! セージロさんの所へ案内するでしよ!!」

「いや、親父は僕が小学二年の時に事故で亡くなってるから」

「えっ」

「あ」



 あ。


 まずい。



 失言、だ。




 これだから、仲間に空気読めないとか、デリカシー無いとか、だからモテねーんだよとか言われるんだ。うわ、前は言い返してやってたけど、今のこれは反論出来ない。



 目の前の水色ピンクの幼女は、ぱちぱちと大きな瞳をしばたたかせると、そのまま顔をくしゃくしゃに歪めてぼろぼろと涙を溢して泣き出してしまった。



「ふぁあぁぁあぁぁあん」

「わぁああああごめん! ごめんなさい!!」

「嘘でし! 嘘でしぃぃいいい!!」

「いや嘘じゃないんだけど、ごめん、言いだすタイミング間違った!!」

「セージロさんっ セージロさん……っ!!」



 ああああああ道行く人々の視線が痛い!!! ほんと、この子に何やったんだ親父!!?




* * * * * * * * * * * * * * *




 結局、今日は腹痛になった事にして、バイトを休んだ。


 いや、だって、こんな大泣きしてる女の子放っていける程、さすがに薄情じゃない。……まぁ、空気読めないけど。デリカシーも無いけど。モテないけど。




 何でこんな事になったんだかなー、少なくともバイト休んだのは去年インフルエンザに掛かった時くらいだったんだけどなぁ。




 平日午前の公園は殆ど人がいなかった。噴水が見えるベンチに水色ピンクの幼女を座らせて、適当に飲み物を自販機で買って戻ると、彼女は少し落ち着いていたのか、気まずそうにもごもごと謝罪してきた。


「も、申し訳ないでし……取り乱してしまって。……コタロの方が大変だっただろうに」

「いや、つっても7~8歳の頃の話しだからね。って事は16~7年前か……そうなると、もうあんまり覚えてないっていうか……なんか、葬式が長かったなーってくらいしか覚えてないかな」

「そ、そうでしか……」

「……ん? あれ? なんかおかしくない? 君いくつ?」

「女性に年を聞くのは失礼でし」

「いや、そーいうの良いから! 明らかに10歳前後でしょ?! 計算おかしくない?!」

「計算? 何の話しでし?」

「だから! 君が生まれる前に、親父死んでる……あ」

「…………」


 じと、と目で抗議された。ゴメンナサイ。


「私はこれでも長生きでしよ。もうすぐ25歳でし」

「ハハハ年上ですか」

「冗談で言ってるんじゃないでし!」


 ぷんすか、ってこういう時に文字が入るんだな、漫画で。と思わずしみじみと思いながら、僕は買ってきたペットボトルを彼女に差し出す。


「水とジュース、どっちがいい? やっぱ、甘い方がいいかな」

「コタロ……人の話し聞いてないでしね。というか、それは何でし?」

「え、えーと、“クール天然水”と、こっちは“すっきりオレンジ”」

「その固い入れ物でし」


 彼女の小さな指が指すのは、ペットボトル……うん?


「ペットボトルの事?」

「ぺっと……なんでし?」

「ボトル」

「ぼとる」

「リピートアフタミー “ペットボトル”」

「?」

「あ、いや、ごめん。はい、ジュースの方」


 思わずつい、と笑いながら“すっきりオレンジ”のペットボトルを彼女へ手渡す。受取った彼女は、不思議そうにしげしげとペットボトルを縦横斜めにしたり、日に透かしたりしている。



「で、そのー……まあ、せっかくだから、確認したいんだけど。親父、君に何かしたの?」

「? セージロさんが?」

「うん。だって、ホラ、なんか……泣いてたし」

「それは、私がセージロさんを好きだからでし」

「ぶっ!!!」



 おーーーーやーーーーじーーーーー!!!!?


 それは犯罪だーーーー!!!



 い、いや、思われる……だけなら、セーフか?!



「最後に別れる時……セージロさんが言ったんでし。遠く離れていても、いつ、どこにいても、君の事をずっと思ってる、って……」



 アーーーーウーーーーートーーーーーーーーーー!!!



 幸せそうに頬を染めてその時の事を思い浮かべているらしき水色ピンクの幼女の隣で僕は頭を抱えて項垂れた。


 何やってんの親父。ホント、何やってんの。幼女だよ。母さん泣いちゃうよ。ってか、いつ会ったんだよ馬鹿親父。



「セージロさんは私の国を救ってくれた勇者様でし。セージロさんがいなかったら、○▽×☆□国は□×○△□に滅ぼされてたでしよ」



 ――――ん?


 なんか、耳慣れない発音で聞き取れなかった部分と、聞き取れたけど意味不明すぎて脳が追いついてない部分があるな。



 何 だ っ て ?



「も、もう1回」



 思わず、アンコール。



「○▽×☆□国は□×○△□に……」

「いや、その前、その前!!」

「セージロさんは私の国を救ってくれた勇者でしよ?」

「それ、どういう比喩?! 国?! 国レベル??!」

「国でし。私の父上が治めている国でしよ」

「はい?!」



 姫発言キターーーー!!?



 っていうか、相手は真顔だ。ものすごく。……え、これ、僕突っ込んじゃ駄目なところ?



「……信じて無いでし」


 じと、と水色ピンク幼女が半目でこちらを見ている。いやだって、普通信じませんから。

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