第四章 ②
「それで、私はどこの誰に鉛玉をプレゼントすればいいんですか?」
歯に衣着せぬ物言いに、ロデオとカレンが目を見合わせた。それは、言いにくいというよりもどこから言うべきか迷っている類の表情だった。
リジェッタは食後の紅茶をのんびりとすすり、ホッと息を吐く。
「あなた達、いつまでワイバーン騎士団に加担するおつもりなのですか? 私、そろそろお二人にお勉強してほしいのですが」
すると、ロデオが大袈裟に溜め息を吐いた。
「あのなあ《偽竜》。生憎と、これはそこまで難しい話じゃねえんだぜ。むしろ、これは手前のためを想ってのことだ。だろう、警部様よ」
「……まあ、そういうことになるじゃろな」
二人の言い方に、リジェッタは首を傾げる。
「勿体ぶった話し方をするのが最近の流行なのですか? 申し訳ございません。私、流行には疎いものでして」
「言いながら変態銃を抜こうとするな! 察せよ馬鹿野郎! いいか《偽竜》。手前はなめられてんだよ」
ロデオの叫びに、リジェッタの手が止まった。
カレンが、頬を掻きつつ周囲を眺めた。
「たとえばの話じゃ。〝スリ〟がいるとしよう。ともかく人を襲って物を盗むのが大好きな悪党じゃ。まず、どんな人間が狙われると想う?」
「普通は、弱い者達ですね」
「そうじゃの。よほどの理由でもない限り、狙われるのは女子供、老人じゃ。なにせ、盗むのが簡単じゃからの。けど、ある日、同じ悪党同士で自慢大会が始まった。『俺はこんな奴から盗んだ、どうだ凄いだろう?』とな」
紅茶を一口飲み、カレンが言葉を続ける。
「弱い連中から盗んでばかりじゃ自慢にならん。となると、そこそこの獲物を狙おうとするもんじゃろうて」
「そこそこ、ですか?」
カレンが言った意味がよく分からなかった。つまり、どういうことだろう?
リジェッタは空のカップをテーブルに置き、胸の前でそっと両手を組んだ。
ロデオが、目の前にある大砲に弾が詰められたかのように顔を強張らせた。
「ヌシ、ワイバーン騎士団の連中からなめられておるんじゃ。『こいつは名前を売るのに丁度良い鴨だ』とな。たった、それだけの話じゃろうて。組織の大きな陰謀も、国を巻き込んだ戦争でもない。ヌシの顔に糞を投げつけた連中がいる。そんなもんじゃ」
殺されかけ、死にかけ、行き着いた答えが『馬鹿にされている』。世界を滅ぼそうとする魔王もいなければ、宝物を護る竜もいない。人間、どこまでもいっても人間、社会という名の歯車が個人を噛み砕こうとしている。たった、それだけの話だった。なら、怒る必要など――、
「いけませんね」
岩石の塊が真っ二つに砕けたかのような音が、リジェッタの組まれた両手、その内側から聞こえた。
ロデオが額に手を当てて天を仰いだ。『だから言いたくなかったんだよ』と、苛立ち半分後悔半分の表情だった。
「あのなあ《偽竜》。この件に関しちゃ、手前だって悪いんだぜ? 手前がちゃんと、手前の立ち位置ってもんをはっきりさせておけば、なにも問題なかったんだ」
「私の立っている場所ですか?」
リジェッタは足元を眺める。飴色の美しい板張りの床だ。ただし、ロデオが言ったのはそういう意味ではない。それくらい、分かっている。
「力を求める偽りの竜。お前は自由に生きすぎている。だからこそ、掴めない。俺が新聞記者であるように、カレンが警察であるように、手前は掃除屋だ。けど、それだけだ」
「どこかの組織に属し、勢力の一部になれと?」
「そうじゃねえ、そうじゃないんだ。手前が人様と歩幅を合わせられるほど殊勝だとは舌が裂けても言えねえよ」
赤ワインが注がれたグラスを一気に傾け、ロデオは口元を豪快に拳で拭った。
「せめて、目指す方向くらいは決めてくれ」
「無論、強さを」
いつものように、いつもの言葉を繰り返す。
しかし、今日は違った。ロデオが空になったグラスを乱暴にテーブルへ置く。新聞記者は銃を持たない。
言葉を、弾丸に変えられるからだ。
「じゃあ、その〝あと〟は?」
リジェッタの頭が真っ白になった。
心臓でも止まったのかと想った。
「あと?」
初めて言葉を知ったかのように、リジェッタは目をしばたかせる。
「あと?」
ローストビーフが皿の上から消失した。
「あと?」
壊れたレコードになったリジェッタに対し、ロデオは頭をガリガリと掻いた。《偽竜》という名を初めて使ったのはロデオだ。本人が認めなくとも、その名が持つ意味を与えたのは彼女だ。
「俺が《偽竜》って名を使ったのは、手前が竜の血肉を持っていないから〝じゃない〟。手前がどれだけ強くなろうとも、それこそ竜と同等の強さを得ても偽りであることに変わりはねえからだ。なあ、リジェッタ・イースト・バトラアライズよ。手前は人なんだ。どこまでいっても、どうなろうとも、それだけは変わらない。だからこそ、人としての生き方ってもんを定めろ。そうでなければ、力は暴走するだろう。それこそ、なにもかも飲み込んで風船みてえに弾けて破裂するのがオチだ」
ロデオがロブスターの身にフォークを突き刺した。香ばしく焼けたチーズがとろけ、白い身からこぼれかける。
「正義の味方になれとは言わない。それでも、果たすべきことがあるはずだ」
口の中を刺すような勢いでロブスターを噛み締め、ロデオが顎を動かす。
「お前、この街を変えてみないか?」
ロデオが美味そうにワインを飲んだ。
「あなたはとても難しいことをおっしゃるのですね。私、ちょっと驚いています。驚きすぎてお腹が空いてしまいましたわ」
石焼きスープが消えた。
黒い石が金槌で叩いたかのように砕けていた。
「美味です。内側から温まるような心地です。……無論承知ですよ、ロデオさん。私も、そこまで愚かではございません」
「そういうものか?」
ロデオが聞き返すと、リジェッタははっきりと頷いた。
「そういうものです」
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