第四章 ①


 新聞記者であるロデオ・イースト・バルボーイ。通り名は《泥鼠》。

 警察官であるカレン・イースト・ガーランド。通り名は《黒狗》。

 二人の対峙は、お世辞にも穏やかだとは言えなかった。

「警察は楽で良いなー。正義振りかざしてやりたい放題なんだからよ。羨ましい話だぜ。群れないとなにも出来ない〝木偶連中〟にゃあ、弱者の意見なんて靴の裏に引っ付いたガムみてえなもんだろう」

「そうやって、私は皆の代表ですなんて面をする方が哀れだとワシは想うがね。危険な矢面に、意見だけは人一倍とは情けない。文字を覚えたばかりの幼子の方が、まだ利口じゃろうて」

 子犬が喘息を起こすほど素敵な笑顔を浮かべてお互いに睨み合う。

 ややあって、

「……虚しいな」

「……同感じゃ」

 そんな二人のやり取りを眺め、リジェッタ・イースト・バトラアライズは安いだけしか取り柄のない大衆用喜劇でも眺めるかのように喉を鳴らした。

「お二人は本当に仲良しですね」

 イーストエリアでも三指に入る高級レストラン〝ラドリエンス〟の屋外特別席に、リジェッタ達三人は集まっていた。

 リジェッタから見て右手方向、手すりのすぐ向こう側に、大空の蒼を溶かすリギュール河が広がっていた。魚市場からは離れ、船の運航ルートから外れた水面は静かに太陽を映している。

そして、その美しい光景にも負けぬと、白い布が敷かれた丸い木製テーブルの上には豪華で絢爛な料理が馬鹿みたいに並んでいた。

 子羊の背肉、林檎ソース炒め。季節野菜とローストビーフ。兎の石窯焼き。豚の肩肉、香草煮込み。ロブスターのグラタン風、網焼き。烏賊の米詰め、石焼きスープ。新鮮野菜とナッツのチーズサラダ。アップルパイ、チェリーとバタークリームのパンケーキ、ラズベリーソースのチーズケーキ、ともかく料理が並んでいた。

 リジェッタの右手がフォークを握り、左手がナイフを掴む。指を鳴らすような音を共に両腕の肘から先が消えた。

 兎を一匹丸ごと使った石窯焼きが消えた。皿の上には濃厚な茶褐色のソースと付け合わせのパセリが残っているだけ。

「猛烈に美味です。ただ焼くだけでは肉の水分が抜けてパサパサするものですが、ここのお店は念入りに油を塗り、腹に水気の多い野菜を詰めてある。窯の温度を調整する腕も一級品。豪快でありながら繊細な心使いが滲み出ています。このソースの深みのように」

 急に語り出したリジェッタの様子に、ロデオはパセリを咀嚼しつつ呆れた顔で肩をすくめた。

「急に呼び出したかと想えば、ここの料理を奢れだと。ったく、手前はいつから山賊になったんだよ。ご家庭で出来る簡単節約術か馬鹿野郎が。全国の主婦に教えてやれよ糞ったれ」

「あら、食事中にそんな下品な言葉を使うものではありませんわ」

「……お前よ、耳の中に緑色の小人さん飼ってんだろ。じゃねえと、なんでそんな笑顔で飯が食えるんだよ」

「自分のお財布が痛まない食事は冷たい粥だろうとご馳走ですわ」

「じゃあ、スープショップにでも並べよ。マフィアが無料でやってんだろうが」

「天国の門では現世の欲を捨てるものです。どのみち、お財布は持って行けませんわ」

「俺、そうやって信者から金集めてる宗教組織、三つくらい知ってるからな」

 ロデオがげんなりしていると、カレンが同情十割の視線を向けてきた。

「ワシ、ラジオ買う予定じゃったんよ。最新式の小型のモノじゃ。嫁さんから貰う小遣いでちびちび貯めた二年半。夢幻とは泡のごとく弾けるものよの」

「まあ、努力家ですのね」

「その努力は主が今、現在進行形で貪っている最中じゃがの。ん? そのロブスターは美味いか?」

「我が目を疑うほど美味です」

「そうかそうか。ワシも目を疑ってるおるよ。なにせ、硬い殻がどこにもないんじゃからの」

「ビスケットみたいで美味です」

 そんな調子で飯を食う、酒を飲んで小一時間。

「ご馳走様でした」

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