第二章 ③


 昼過ぎ、リジェッタはオークション会場だった劇場へと訪れていた。

「い、今、関係者以外の立ち入りは禁止している。だから、な、なか、中に入るのは認められない」

 入り口前には警察の男が二人立っていた。

 青い外套と帽子は遠目からでもよく目立つ。

 リジェッタはバスケット片手に頬へ手を当てた。

「まあ。折角、サンドウィッチを用意したのですが」

「受け取るわけにはいかない」

「……? ハムと卵と苺ジャムもありますよ?」

「そういう問題じゃない」

 顔を強張らせながらも警官は頑として場所を譲らない。

「賄賂となるような物は受け取らない決まりだ」

「では、金銭なら受け取ると?」

「いや、そういうことじゃなくて」

「……? いくら欲しいのですか?」

「そういうことじゃなくて!」

 とうとう警官が声を荒げたとき、入り口の扉が内側から開いた。

「なんじゃなんじゃ騒がしい。んー。またお主か」

 眠たそうな声と共に現れたのは、艶のある美しい女性だった。ただし、女優でも娼婦の類でもない。青い外套に帽子、警察だった。

 身長はリジェッタとそれほど変わらない。肌は白く、肩まで伸びる柔らかな亜麻色の髪には緩やかなウェーブがかかっていた。その双眸は濃い黄色で、狐のような印象を受ける。人を騙すのが得意そうな眼光だった。黒縁眼鏡が微妙に似合っていない。

 その豊満な身体付きは、男なら想わず溜め息をこぼしてしまう。ただし、内側に隠されているのは蜂蜜と同量の猛毒だ。

 外套の前ボタンは外され、純銀の襟章が陽光に反射している。

 天秤が描かれた盾をモチーフとした襟章は、マフィアにとっては恐怖の象徴だ。それは、法に殉じる正義の象徴だからだ。

 カレン・イースト・ガーランド。都市警察であり、階級は警部だ。

部下を引き連れて調査中なのだろう。近くの駐車場に数台の巡回車両が停まっていた。縦に黒・白・黒に色分けされた車両が住民達を睨み付けている。

 男二人が左右へと距離を開け、姿勢を正した。敬礼した態勢のまま、身体の動きを固定する。

 ただ階級が上だから、という理由だけではない。

 その表情は、カレンへの畏怖だった。

 リジェッタの表情は変わらなかった。

「あら、お久しぶりです、カレンさん。《黒狗》のあなたがここにいるなんて、どういった風の吹き回しでしょうか? 雨でも降りますか? 私、今日は傘を持って来てないのですが」

「そりゃあ結構。風邪でもひけば、その頭もちっとはマシになるじゃろうよ」

 一秒、二秒、三秒、

「サンドウィッチはいかがですか?」

「うむ。そろそろ休憩にしようかの」

 カレンの部下二人が、信じられないモノを見るような目付きで二人のやり取りを見守る。会話に規則性を求める方が間違っているのかもしれない。

「中は検証中じゃから、近くの喫茶店にでもいこうかの。おい、誰か運転してくれんかの?」

 さらっと、中に入るのを拒否された。リジェッタは表情に出さず、カレンの背後にさり気なく視線を向けた。

 確かに、警官達が現場の調査をおこなっている。

 昨日の黒服は、一人もいなかった。

「ほれ《偽竜》。なにをしておる? さっさと行くぞ」

 カレンに急かされ、リジェッタは踵を返した。

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