第二章 ②


 大皿に乗せられて運ばれたのは正真正銘、豚の丸焼きだった。今さっき作られたばかりで、まだ白い湯気が昇っている。上質なオリーブから取れた油を何度も塗って焼かれた表面は、パリパリの見事な照りのある茶褐色だった。これだけで大の大人にして五人、いや十人前か。

 イーストエリアでも高級料理店で知られる快晴亭にて。いかにも格式高そうな個室で、リジェッタとロデオは回転式の丸テーブルを囲んでいた。

 リジェッタがいつものように神へ祈りを捧げる。そして、おもむろにナイフへと手を伸ばした。

 右手が残像に包まれた。

「これは美味でございますわ」

 子豚の右脚が肩から消失していた。

 断面から、透明な肉汁が滲んだ。

「香ばしい皮のサックリした食感、柔らかく甘い肉の旨味、骨までしっかりと味が染み込んでいます」

「普通の人間は骨まで食わねえぞ」

「まあ、それは勿体ない」

 こんなに美味しい部分を食べないなんて。豚の左前脚がいつの間にか消失していた。

「この脚のプルプルした部分がなんとも言えません。料理人が手間暇を惜しまずに作った珠玉の一品でしょう」

 食べるのも速ければ飲むのも速い。特級の赤ワインが呼吸する感覚でリジェッタの胃袋に収まっていく。

 そんな様子を、ロデオは苦々しい顔で眺めていた。

「今日だけで一か月分の食費が吹っ飛んだよ。お陰で財布がすっからかんだ。身体を軽くしてくれてありがとよ。懐が軽すぎて今なら天国にいけそうだ」

 ロデオが舐めるように赤ワインを口に含んだ。

 リジェッタの背後、棚に置かれたレコードから落ち着きのある音楽が静かに流れている。

「誰に、いくら貰ったのですか?」

 ロデオの表情は動かなかった。

 リジェッタが小首を傾げる。

「誰かに報酬を貰ったから、こうやって気前良く私に奢った。違いますか? オークションがあったのは昨日。今日、私が来ると踏んでいたのでしょう?」

「さあ、どうだかな」

「私、食後に釣りをするのが趣味でして」

「……今は、言えない」

 それが譲歩か。

「むしろ、俺が教えてほしいくらいだ。オークション会場が襲撃されて、半分以上の商品が盗まれたんだぞ。ワイバーン騎士団は血眼になって犯人を捜している。お前、怪しい連中を撃ったんだろう? 殺さないで息を残しておけば有力な情報が掴めたかもしれないのによ」

「とても人の言葉が分かるような方々ではありませんでしたわ。そうそう赤マントと名乗った可愛らしい子と会いましたの。彼女は今、どうしているでしょうか」

 すると、ロデオがグラスへと伸ばした手をピタッと止めた。

「赤マントだ? 本当かよ。そいつは近頃名前が売れた泥棒だぜ。まさか、そいつが関わっていたなんてな」

「あら、有名な方なのですか?」

「銀行に貴族の屋敷、マフィアの根城、場所を問わず高価な物ばかり盗む腕の良い泥棒さ。なんだ、そいつって女だったのか」

「顔は見えませんでしたが、重心の動かし方から見て十中八九間違いありません。ナイフの使い方も上手でした。なにか探している様子でしたが、あまり多くを話すことが出来ず残念です。次に会ったときは是非、食事の席を共にしたいのですが」

 友人でも誘うような気軽さに、ロデオが付け合わせのパセリを一つ摘まんだ。

「やめておけ。ワイバーン騎士団が追っている大本命だ。友達なんて知れたら、手前だって無事じゃ済まねえぞ」

 不味そうにパセリを咀嚼しつつ、ロデオが言った。

「口に物を入れているときに喋ってはいけません」

 リジェッタの指摘に、ロデオは忌々しそうに鼻を鳴らした。


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