第二章 ①


 医療協和都市リベレイズは海へと続くリギュール河に面し、イーストエリアのいたるところに水路がある。小舟が絶えず往復して、人や荷物を運搬していた。魚も泳いでいるので、ちょっとした釣りも楽しめる。

「だからって俺を餌にしても魚が釣れるわけねえだろうが! 手前ふざけんなよ! とっととこの縄をほどきやがれぇええええええ!!」

 十歩もかからぬ小さな橋に手すりはない。腰を下ろしたリジェッタの手に握られているのは雄牛だろうと撲殺出来そうなほど太くて長い棍棒だった。荒縄が結ばれ、末端で餌が暴れていた。

 餌、ロデオが暴れていた。

 お昼ちょっと前、秋晴れの良い天気だった。

 たまに住民が通りかかるが、誰も気付かない。

 いや、必死になって視界に入れないようにしていた。

 子供が笑って指を差すも、近くにいた母親が慌てて子供を抱いて逃げ出した。

「あなた。私になにか言わなければいけないことがありますわよね?」

「なんだよ。まさか、愛の告白が欲しいなんてがぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!?!?」

「私、最近釣りに興味持ちまして。色々とコツというものを聞いたのですよ。なんでも、こうやって竿を上下させて獲物が餌に興味を向けるようにするとか」

「ぶばっ!? ごほごほ! この馬鹿野郎! 俺は餌なんかじゃがばばばばっばばばばばばばばっばばばばば!!」

「あらまあ。なかなか上手くいきませんわね」

 グイグイと竿を上下させる。

 いくら秋晴れといっても川の水は肌が切れるように冷たい。

 全身びしょ濡れになったロデオが歯をカチカチと鳴らしていた。

「わわ、わかった、おれの、おれのまけだ。だか、だから、縄をとき違う! 待て! その手に持っているナイフを置け! 今じゃない! 俺を陸に上げてから縄をほどけって言ってんだよ!」

「まあ、注文が多いですわね。紙とペンを用意しましょうか。最近、素敵な羽ペンを手に入れましたので、ちょうど試し書きがしたかったのです」

「今じゃなくていいだろう!? 今じゃなくていいだろう!? 分かった! 取引だ、取引をしよう! 昼飯を奢ってやるから勘弁してくれ!」

 ピクッとリジェッタの肩が動いた。

「私、豚の丸焼きなどご所望なのですが」

「はあ? 馬鹿言ってんじゃねえぞ。手前俺よりも稼いでんじゃねえかそんな高級品げべべべべっべべべべべべべぁああああああ分かった! 丸焼きでもなんでも奢るから助けてくれぇええええええ!」

 リジェッタが軽く手を動かした。竿が跳ね上がり、ロデオが宙に浮かぶ。受け身も取れず背中から橋の上に叩き付けられた。

「ぎべっ!?」

 縄は両腕が動かないように胴体に巻き付けられている。必死に悶え苦しむロデオの姿に、リジェッタは心底不思議そうに首を傾げた。

「そこまで魚の気持ちになるなんて、なにか辛いことがあったのですか? こんなに身体を濡らしても水の中では生活出来ませんのよ?」

 ロデオが咳き込みながら水を吐き出しつつ、苦々しい顔で言う。

「手前、ろくな死に方しねえぞ」

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