第一章 ⑦


「まあまあ。そうは言わずに。そこまで難しい話ではございませんのよ?」

 眼前で白き刃がくすぶっていた。服の袖に仕込んでいたナイフで敵の攻撃を受け止めたリジェッタは、優しい笑みを浮かべた。

 赤マントがナイフを押し込もうとするも、リジェッタの左手は大気に固定されたかのようにびくともしない。

 すると、赤マントが一歩後退した。霞みのごとく視界から消えてしまう。

 リジェッタは咄嗟に振り返った。矢のごとく伸びたナイフの切っ先を、辛くも避ける。大後頭孔からナイフを刺し込まれれば、脳味噌を掻き混ぜられて声もなく絶命させられていた。

「力で敵わぬと分かれば速度と技術で。正確に急所を狙う判断能力。とても素晴らしい。あなたの目的はいったいなんですか? よろしければお聞きしたいのですか?」

「言ったはずだ。悪党の言葉など聞けないと」

 わざとらしく掠れた声だった。

「何故、私を悪党だと?」

「《偽竜》の〝生態〟は、私も知っている。金のために誰でも殺す掃除屋を、どうして信用出来る?」

「誰でも、というわけではありませんよ?」

「ふん。どうだかな」

あらあら。困りましたね。どうやって説得しようかリジェッタが頭を悩ませた、そのときだった。廊下から複数の足音がこちらへと近付いて来る。

 開けっ放しだった扉から、誰かが部屋へと入った。

 赤マントは背を向けた態勢で、リジェッタにだけ見えた。

 焦げ茶色のコートを纏った屈強な男が五人。全員がタイプライターを装備していた。

ただし、文字を打つための道具ではなく、弾丸を撃つための短機関銃タイプライターを。機関部から伸びる円筒式弾倉ドラムマガジンが五十発以上の特注品と看破したリジェッタは赤マントを押し退けた。

 刹那、男達が一斉に引き金を絞った。五つの銃口が一斉に火を噴き、弾丸が吐き出される。

 横雨となった弾丸の軍勢がリジェッタへと叩き付けられた。周囲を巻き込み、壁や床、天井を削る。窓硝子が割れ、透明な欠片が辺りに飛び散った。それがたっぷりと三秒間は続く。

 室内が硝煙の臭いで満たされた。男達の足元に転がった真鍮製の薬莢が、発砲炎の熱を受けてわずかに大気を歪める。

 削れた壁材が粉塵となって硝煙と混ぜ合わさる。

 穴だらけになった窓から風が入り、室内が冷えた。

「……大変驚きましたわ。あなた達は女性に挨拶するときは鉛玉を使うように教育されたのでございますか?」

 ゆったりとした声が一つ。

「だとすれば、とても残念ですわ。私、今日はあまり持ち合わせが少ないものですので」

 男達が、床に倒れていた赤マントまで驚愕の声を漏らす。散弾銃の嵐を受けて声が出せる人間がいるなど、想いもしなかったからだ。

 リジェッタの身体中に穴が開き、血が滲んでいた。

 頭を護った両腕はとくに酷い。滴った血が肘を伝って床に落ち、赤い水溜りを作っていた。

 ただ、それだけだった。

 倒れてすらいなかった。

 少なくとも百発以上の弾丸を受けた傷にしては、有り得ないほど出血量が少なかった。

 リジェッタが拳を握って両腕に力を込める。膨らんだ筋肉に押し返され、弾丸が床に転がった。

 潰れた弾丸を見て、男達がどよめく。短機関銃とリジェッタを見比べ、確かに自分達は撃ったのだと何度も確認していた。これは豆鉄砲ではないと。鉛玉だと。人間を効率的に殺すために開発された銃器だと。

 それでも、悪夢は覚めない。

 むしろ、絶望が濃さを増したのた。

「皮膚も筋肉も骨も、魔造手術済みです。九ミリ口径の拳銃弾では私を倒すには足りませんわ。せめて、このくらいは用意しないと」

 リジェッタの右手にレインシックスが握られた。撃鉄はすでに起こされ、引き金に指がかけられる。

「神の元へご案内しますわ」

 銃声が、質量ある稲妻となった。

 弾丸が一番前に立っていた男の腹部を貫いた。そのまま、後方に立っていた男の背骨を砕いてなお飛翔する。威力は損なわれず、廊下の壁に深々とめり込んでやっと停止した。

 対魔物用の弾薬だ。ただの人間などプティングのようなものだ。リジェッタは撃鉄を左手で起こし、右手一本で銃把を握り直す。

 男達が逃げようとするも、もう遅かった。リジェッタは淀みなく照準を合わせていく。

「鉛玉の挨拶。同じく鉛玉でお返ししますわ」


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