第一章 ②


 演奏家達が小休憩に入ったとき、リジェッタ達の商談が始まった。

 グレベンス新聞社所属、ロデオ・イースト・バルボーイ。常に記事のネタを探す仕事熱心な女だ。もっとも、その貪欲な根性のせいで何度も危険に首を突っ込んでいる。裏の世界に精通し、リジェッタが利用する情報源の一人だ。

 ただし、ガセネタも仕入れるので、満場一致で信用出来る女ではない。通り名である《泥鼠》のように、しぶとく手段を選ばない性分である。

「そういや、狼男の討伐は終わったのか? カレンが愚痴ってたぜ。新型武器の整備が終わっていれば、無駄金を払ってまで手前に頼まずに済んだってな」

 ロデオはビールを注文した。喉を鳴らしながらジョッキを傾け、豪快に口元を拭う。

「どうやら、良い稼ぎになったらしいな。羨ましいぜ。こっちは、煙草代もろくに稼げねえんだからよ」

「うふふふ。お陰で、こうして日々の糧にありつけましたわ」

「コッセルはどうだ? 最近は上物が手に入れにくいはずだぜ」

「北の商人達に用意させているらしいですわ。医療とは尊いものです」

「かっかっかっか。闇医者が人徳を語るのか? 世も末だぜ」

 ロデオが口に白い泡をつけて笑った。

「ところで、新しい弾薬に興味はねえか? 科学宗教の連中が実験に飢えているらしくてな。誰か手伝ってくれる人間がいないか探しているらしい」

「《泥鼠》」

 リジェッタの声が、ロデオの口を縫った。

「あなたは世間話が好きなのですか?」

「おっと、忘れるところだったぜ」

「あなたは本当に嘘がお上手ですわね」

 するりと相手から情報を引き出そうする。ロデオの得意分野だ。

 頬に手を当てたリジェッタを一瞥し《泥鼠》は、少しだけ声を小さくして語り始める。

「近々、オークションが始まる。仕切るマフィアはワイバーン騎士団だ。最近になって幅を広げてきた連中でな。ここいらで大きな実績を上げたいんだろう。着々と準備を進めているらしいぜ。当然、最大派閥のフェンリル騎士団にとっちゃ面白くないだろうが、団長のジャックスは黙認している。サースエリアとのいざこざがやっと終わったころだからな。ことを大きくしたくねえんだろうさ」

 総人口を百万を超える大都市である、医療協和都市リベレイズは五つの区域に別けられている。東西南北に位置する四つの街と、中央区に。

「東と南は昔から仲がよろしくないもの、当然ですわ。南の商人が言うには、また税が上がったとのことです。これで、奴隷商が喜びますわね。嬉しい悲鳴というものでしょうか」

「人間は大根じゃねえんだぞ。そんな調子じゃ、いつかは息切れするだろうさ。で、話を戻すぞ。オークションは魔物の移殖パーツだ。半身半馬ケンタウロスの後ろ脚の筋繊維に、巨人トロールの血液、人面鳥ハーピーの風切り羽。どうだ、なかなかの商品ばかりだろう」

 自慢げにロデオが語るも、リジェッタはつまらなそうに首を傾げた。

「それくらい、すでに〝移植〟済みです。わざわざ顔を出すまでもありませんわね。台本を知っている演劇に、どうして感動出来るでしょうか」

 まさか、その程度のことを言うためにわざわざ来たのか。とリジェッタが呼吸する感覚でパンを飲み込んだ。生憎と、悠長に世間話をして許してくれるほど《偽竜》は暇ではない。

 ロデオが、にやりと笑みを強める。

「こいつは俺がとある筋から仕入れた情報なんだがな。なんでも、最後の最後、目玉商品として出されるのが竜の――」

 ――刹那、銀の閃光が弾けた。

 ロデオが短い悲鳴を上げる。

木板の床にナイフが突き刺さっていた。それも、刃のみが。

 柄はリジェッタの手に握られたままだった。断面には親指が乗っている。まるで、圧し折ったかのように。

 柔らかい合金とはいえ、ナイフが小枝だった。

「大変、興味深いですわね」

 これからパーティーにでも出かけるかのような笑みを浮かべ、リジェッタが言った。ロデオが完全に顔を引きつらせている。

「どうか、話を詳しく聞かせてくださらないかしら?」

 ロデオが顔を引きつらせるも、一気にジョッキを傾けた。そして、コートの内ポケットから煙草を一本取り出す。燐寸を擦り、胸一杯に紫煙を吸い込んだ。

煙草を咥えたまま、口元を歪めて無理に笑う。

「はん。耳かっぽじって聞きやがれ。こいつは、なかなか刺激的だぜ」

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