第29話
誉田の森から流れる大川。左に弧を描く流れの曲り目の土手の上に、三個の影が見えた。少し高いのがひとつ、同じぐらい小さいのがふたつ。
橋に差しかかった電車が止まる程に速度を落としていた。おかげで瀧やマルにも、影がそれぞれ違う姿の人の形として認識できた。
「治兵衛さんじゃない? それにキヌさん、余一さんもいる」
「あ、見ろ! 手を振ってくれてる。窓を開けようぜ……おーい!!」
聞こえるはずがない。橋桁から昇ってくる騒音にかき消されたが、瀧はかまわず大声で老人たちに呼び掛けた。
余一が右手に持っていた何かを見せるように持ち上げ、反対の手でそれを指差した。次にそれを顔の方に持ってくる。
『私たちが本当に、君たちの仕掛けに気づいてないと思ってたのかい?』
すっかり忘れ去られていたマルのスマホから、声が聞こえた。先程の雷のような声の持ち主ではなく、聞き覚えのある優しい人の声だった。マルが席に戻って自分のスマホを手に、二人の前に戻ってきた。
「まてよ、何だか聞き覚えがある……この声って、まさか?!」
「そうだよ」マルが落ちついた様子で、スマホの画面に向かって呼びかけた。「あなたですよね。さあ、そのチャット用の
マルの呼びかけで、鬼の顔の動きがピタリと止まった。やがて映像がモザイクをともなってぼやけ始める。
『はは、マルくんにはバレていたかね』
スマホのスクリーンが一度真っ暗になった。だんだんと元の明るさに戻ってくると、そこには穏やかに微笑む余一の顔が映っていた。
『でもね、騙して悪かったとは思わないよ。だってお返しだからね』
「おいおい、まじかよ! じゃあ、あの恐ろしい声の主も、もしかして?」
『いま気づいたのか、愚か者め! なんてね。しかし、私も最初は瀧くんが神様だと気づかなかった。スマホの
「はは……俺らより上手じゃん。参りました」
「じゃあ治兵衛さんもキヌさんも、みんな知ってたって言うんですか! いつからですか?」
『森っ子の飛び方を見た時から、変だなって思っていたさ。神様は本気で驚いたがね。まあ、その後もちょこちょことおかしな所はあった。でも君たちが何かを伝えたいみたいだから、最後まで付き合うことにしたのさ。あ、もしかして私たちの事を、本気でボケた老人だと思ってたのかな?』
「ま、まさか! 馬鹿にする訳、無いじゃないですかぁ!」
「声裏返ってるし。瀧、動揺しすぎ……」
『ふふ。私たちはね、実はこんな事だって出来るんだよ。電車の窓から空を見てごらん』
小夜たちは余一の意図がよく分からなかった。戸惑いつつも、言われたとおり窓の下でかがみ込んで、明るくなってきた空を見上げた。
「おい……マジかよ、あれこそ誉田の守り神じゃん!」
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