第30話



 三人が目を丸くしたもの。それは列車から見える朝焼けの空を背に、悠然と羽広げて飛んでいる一羽の巨大なフクロウだった。


 誉田を象徴する夜の鳥が、こんな早朝に突然現れた事に、三人は驚きを禁じ得なかった。


 しかし――最初に違和感に気づいたのは今回もマルだった。


「小夜、瀧。違うよ、あれは鳥じゃない。機械だ。よく見て……ほらあそこ!」


 マルが指摘したように、空を翔ぶ影は猛禽にしては形がやけに横に長く、薄っぺらかった。さらにそれは空中でピタリと止まり、完全に静止していた。


「あの尾羽みたいに見える特徴的な形状フォルム。あれはマデル社製ドローンの特徴だよ。マデルは僕らが森っ子に使った、超小型ドローンを販売してる会社。でもあんな大きなサイズの製品は、サイトのカタログでも見たことないや」


 スマホの中から、余一が正解を教えてくれた。


『あれは、業務用の大型ドローンだよ。農薬を散布したり、害獣を追い払ったりする専門の機械でね。数年前に村で共同購入したんだ』


「すごい……あれ?」小夜があることに気づいた。「あの子、誰が操縦しているのかしら」


 少女は再び目を細めて土手を見た。「余一さんがスマホで飛ばしているのかな。でもチャット中だし、まさか勝手に飛んでいるの?」


「ドローンが生き物みたいに自分の意思で飛ぶのは、まだ少し未来の話じゃない?」マルがやんわりと否定した。


「じゃあいったい誰が……」


「気づいていない? 小夜が昨日も喋ったあの・・人じゃないか」


 マルが示した場所に立っている人を見て、小夜は仰天した。


「え!! まさかキヌさん?!」


 今度はマルがびっくりする番だった。


「それはない! あの二人の中じゃあ治兵衛さんに決まってるでしょ」


『その通り』


 余一が補足する。『治兵衛さんはね、飛ばすことにかけちゃあプロだよ。なんたって貨物機を操縦していた職歴があるんだから。もっとも私もそこそこ操縦ができる。農薬散布で鍛えた腕をなめちゃいかんよ』


 瀧が頭に手を当て本格的に呻いた。「なんてこった! すっかりいい気になってたぜ、俺たち。年寄り相手ならいけるって思い込んでた。計画は甘々だったんだ」


『いやいや、瀧くん。無駄なんて思わないで欲しい。君らは若いのに私たちの言葉に耳を傾けてくれた。真剣に森のく末を案じてくれた事、私たちはとても嬉しかったよ』


 ガタンと車両が大きく揺れた後、電車がするりと動き出した。


『そろそろ本当のお別れだから、話を急ごう。昨日ね、治兵衛さん・キヌさんと話しあった。今回の事は、本当は森の神さまが君たちの声を借りて、私たちに警告をくれたのかもしれないってね』


 電車の中で三人は顔を見合わせた。


「じゃあ、開発中止の運動は――」


『いや、それを諦めるのはやっぱり難しい。だけど頭を柔らかくして考える事にしたよ。世の中の人に関心を持って欲しいとね。テレビとかネットで、誉田の森の問題を発信していくよ。新しい世の中の仕組みをたくさん勉強しなきゃならないだろうけど……なあに時間はたっぷりあるさ。我々は田舎暮らしだからね』


 余一の声が徐々に途切れ、聞こえづらくなってきた。


『……ここから先は電波が悪い……そろそろ……チャットを終了するよ。元気で……またいつか誉田……に……』


 チャイムが鳴り、スマホの画面に『通話品質に問題がある為、接続を終了しました』の文字が浮かび上がった。


 何事も無かったように、電車は再び街への長い線路に沿って先を進み始めた。

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