第22話



 予想しなかった返事に、森の神は言葉を詰まらせた。小夜も突然の老人たちの態度に事態を把握できず、固まっていた。


「言い伝えじゃあ誉田の森が生まれたその時、神さまは天から雲を割って大地に降りて来て下さったと言われとる。


 それ以来、誉田さまが地上に降りてこられる時は、森の木々たちが枝を伸ばして神さまがお歩きになる階段を作るのさ。この段々が無いと、神さまは天から降りてきてくれねえってのが言い伝えだ。だから我々は森を守ってきたのさ」


 キヌの話の続きを次兵衛が引きとった。


「それなのによ、誉田の神さまの口から『森がいらない』なんてお言葉が出てくるわけねんだ!」


 確たる証拠を突きつけられた犯人のように、神の声が焦りと困惑で震えていた。


『も、もちろんその話は知っています……いや、知っておる! つまり、それについてはだな、あれだ……はっ、はっ、ハックション!』


「おや? まさか誉田さまが風邪っ引きかね? つうか、なんか変でねえか?」


『……』


「待ってください! 皆で神さまを責めないで!」


 全員が振り向いた。割って入ったのは小夜だった。この事態を何とかしようとずっと考えていたのだが、ようやく言うべき事が見つかった。


「誉田の神さまは本当に森がなくなっても構わないと思っているんでしょうか? 本心は治兵衛さんやキヌさんと同じように、開発を止めさせたいんじゃないですか?」


(な、何言い出すんだ……小夜! 諦めてもらいたいんじゃないのか?)


「お嬢ちゃん、言ってることがおかしくないかい? その・・神さまはさっき我々に森を諦めろっておっしゃったんだよ?」


 余一が小夜に訊いた。


「うん、確かに言いました。でも、もし皆さんを止めなければ、どうなるでしょう? キヌさんなら、どうしますか?」


「そりゃあ……オレらは今後も開発への反対運動を続けるだろうさ」


「そうでしょう。でも相手は有名な建設会社ですよ? 役場の人を含めたら、向こうの人数は、それこそ百人じゃ済まないと思います……失礼ですけれど、反対派の人たちは、集まってもせいぜい十数人じゃないでしょうか。中にはお体が不自由な方もいると思います。そんな状態で、たくさんの機械がウロウロしている危ない工事現場に、これからも出かけて行くんですか?」


 小夜は喋りながらその様子が頭に浮かんでしまい、身震いした。


「想像するだけで怖いです。私が森の神さまだったら、絶対に皆さんに『このまま森を守る活動を続けなさい』なんて言えないです。そんな危険な事をさせるぐらいなら、これ以上は森に関わるなって伝えると思います」


「お嬢ちゃん、そりゃあひどいよ。あんたは森を見殺しにしろっていうのかい?」


「違います、ひどくないの! それが神さまからのメッセージなんです」


 理解してもらえるだろうか。いや、小夜本人ですら、いま訴えたいことの中身がぼやけ、わからなくなっていた。ただ違うんだと感じる心――その衝動だけで喋っていた。


 小夜の目に不安の涙が光った。駄目だ、自分に負けてはいけない。彼女は歯を食いしばった。諦めるのはもっと後にしなきゃ。ここで伝えなければ、もう私たちにその時間は無いのだから。


「小さかった頃の皆さんの思い出、聞かせてもらいましたよね。森から出られるよう導いてくれたり、溺れないようにしてくれたり。森っ子がどうしていつもお二人を助けてくれたんだろうって、ずっと考えていました。これは私の想像ですけど、神さまはフクロウたちを通じて、お二人や村の人たちに何かを伝えたかったんじゃないですか?」


「何をだい?」


「あの……何か、です……その……」あとの言葉が出てこなくなった。ついに小夜の心を燃やす熱意の材料が、突きかけようとしていた。


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