第12話



「なんだって急に出かけなきゃならないんだね? しかも私たち三人がそろってないと駄目だなんて」


 余一は額に浮かんでいた薄い汗を袖口でぬぐった。車椅子を押し続けて痺れた手を上下に振って、懸命に痺れを取ろうとしている。


 老人たちの先頭を歩く小夜は、振り向いて精一杯の笑顔で答えた。


「私たち、明日の朝には街に帰らないといけないんです。だから最後の思い出にお三方と――余一さん、キヌさん、治兵衛さんと森を散歩したいなって思いました」


「ほー、あんたらもう帰るのかね? ん? あのよ、私たち・・・って言うわりには、お嬢ちゃんしかいねえな」


 本人は呑気に聞いただけかもしれない。だがそれにしては鋭いキヌの指摘が、小夜の笑顔の仮面にヒビを入れた。


「え……あ、あの子たちはまだ帰りの荷造りが終わってないんです」説明する声がうわずった。「ちゃんと後から追いつきますので」


「んー」余一はまだ説明に納得が言っていないようだ。「私はね、今日の朝早くに一度森に行ってきたんだよ?」


「付いてきてもらって、すまねえと思っとる」


 声の主は、余一の押していた車椅子の中の老人だった。「足がこんなじゃなければ、自分で歩いて行くんだども」治兵衛が身じろぎした。


「な、なあに言うんだよ。私はいつでも治兵衛さんの足になるって」


 いまいち乗り気ではなかった余一が、自ら進んで歩きだした。


(うん! 治兵衛さん、ナイスフォローです!)


 小夜はグッと拳を引いた。


「嬢ちゃん、そんでオレたちをどこまで連れてくのさ!」


「神社まで行きませんか? 今日はお天気が良いので、きっと気持ちいいですよ。私について来てください!」



 老人たちが安全に歩けるよう、小夜は一度森に沿って大きく迂回し、整備された道がある西側の入り口に着いてから、中に入った。


 森の小道を歩いた印象は前回と変わらなかった。道のほとんどは薄暗くて、足元には大きな轍のへこみが目立った。進むたびに足を取られないよう、注意して歩かなければならなかった。


 ただ小夜には昨日より空気が済んでいるように感じられた。森の奥から吹いてくるわずかな風のせいかもしれない。


「今日の空気、気持ちいいですね」


「森の機嫌がええんだ。そん時はこんな風が吹く」治兵衛が大きな深呼吸をして森の鋭気を吸い込んだ。


「おうい! あんちゃんたちはいつ来るんだね? もうそろそろ、森っ子のみずに着いちまうさ?」キヌが小夜に訊いた。


「そ、そうですね! 遅いなあ、二人とも何してるのかなー」


 棒読みに近い返事に、老人たちは顔を見合せ首をかしげた。


 小夜が緊張していた理由は、友達が来なくて焦っていたからではない。むしろその逆で、瀧とマルが十数メートル進んだくさむらの中に潜んでいると知っていたからだった。


しょぱな大事だよ……うまくやってね、瀧! マル!)


 心臓の音が後ろの人たちに聞こえてしまう気がする。小夜は胸の前で両手を握りしめ、小さな声で祈った。


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