第9話



 そして三人は現場にたどり着いた。


「ひっどいな……これ」瀧が埃の舞う空気を吸い込まないように、口と鼻をタオルで覆った。


 彼がいま立っている場所は、先程とは別の空き地。そこにこんもりとした山が出来ていた。自然に盛り上がったわけではない。積み上げられたゴミが堆積して作られた、人工のふくらみだった。


 瀧は小山のてっぺんに登り、表面の固い地面を蹴ってみた。表層が剥がれたが、靴がすぐに固い何かに当たって弾き返された。


 瓦礫、レンガ、ガラス、ビニールの紐、缶や瓶など、あらゆる種類のゴミが、とにかくごちゃ混ぜになって、地面から化石のように飛び出して見えた。


「私、叔母さんに教えてもらったの。違法な廃棄業者のこと」


 小夜はムキになって地面を足で掘り返そうとする瀧に近づき、背中に手を置いた。


「お家とかを壊した時のゴミを全部、格安で引き取るんだって。それで一回粉々に砕いてから、わざと土に混ぜ込む。そうしてから、こうやって埋めるらしいの」


「なるほどね。そうすれば運ぶ時にかさも減って、運びやすくなる。大人は頭がいいね」マルが冷たく皮肉った。


「それだけじゃないぜ。ご丁寧にゴミを拾う人たちにも、時間がかかるように・・・・・・してくれたわけだ。ホント、胸クソ悪い!」


 腹の虫がおさまらない瀧をよそに、小夜は山の頂上から『ゴミ捨て場』を囲む木々をぐるりと眺めた。


「そんな場所が、この森のいたる所にあるんだ。子供の頃は全然知らなかった」


「想像より以前からあったのかもしれないよ。ほらご覧」


 マルが拾い上げたのは見慣れない柄のコーラの空き瓶だった。


「これも、これも。賞味期限の日付を見て。相当前に捨てられてたんだ。あと古いゴミだけじゃない。外国語のもある」


 詳しく報告する度に暗くなる小夜を見て、マルは口を閉じた。


「なあ、小夜。お前が森に来た理由のひとつはこれ・・だろう? でもその先の事を言えよ。何を考えてるんだ? まさか『この森の開発を止めさせる』なんて、大それた事は考えてないよな?」


 小夜は黙っていた。どこから取ったのか、立派なススキの茎を手元でクルクルと回しながら、下を向いたまま。


「俺たち、本当は心配してるんだ」


 瀧の目配せにマルもうなずいた。


「小学校の社会の宿題でさ、三人が一緒のグループになって発表する課題があっただろう? テーマは『捨てられた犬や猫たちについて』。結構重い内容でさ、調べれば調べるほどショックを受けたよな」


 瀧は話ずらそうに茶髪の頭をかいた。


「宿題はきちんと終えて、クラス発表もちゃんとした。でもその後ちょっとした事件がおこった。小夜、ひとりで町の役所まで出かけたよな。『犬・猫の命を守れ!』『ペットはおもちゃじゃない!』って描いた看板を作って、建物の前で抗議しにさ。学校まで休んじゃって、俺たちがいくら帰ろうって説得しても、無駄だった。覚えてるだろう?」


 問いかけに、小夜は表情を変えなかった。それでも声は聞こえていたのだろう。瞳が少し動いた。


「昨日の小夜の雰囲気、宿題発表が終わった直後の時とそっくりだった。すごく思いつめた目してて。もちろん小夜が悪い事をしたなんて思ってない。でもあのモードになった時の小夜、すげえ無茶するから怖いんだよ。俺はともかく……マルが心配してるってよ」照れくささを人のせいにする瀧。


 小夜は振り返って友人たちを見つめた。届いた言葉と二対の瞳が、小夜の心をすっかり温めてくれた。


「ありがとう。ほんと、二人には隠せないね。今まで森の事を忘れていたくせにさ、村の人の話を聞いたら悔しくなっちゃった。出来るならここが無くなるのを止めたいって思うよ。あ、もう! 身構えないでよ。私だってもうそこまで子供じゃない。世の中いろんな事情があるのはわかってるから」


 ほっと胸をなでおろす瀧たちに、ちょっとムカッとして頬を膨らませる小夜。でも自分のせいだと戒めた。


「ただ、寂しくて。治兵衛さんやキヌさんが悲しい顔をしたまま、この森が無くなってしまうって思うと」


 小夜は持っていたススキの穂とゴミの混じった土の山とを交互に見つめた。


「そうしたら、体が動いちゃって……何ができるとか、そんなこと考える余裕もないまま、森に来たくなっちゃった。現実を見る覚悟もできていないのに。それでまたショックを受けちゃったみたい。ごめんね、無理矢理に付き合わせて」


 すっかりしょぼくれた小夜を前に、ノリの軽い瀧ですら、かける言葉が見つからなかった。


「せめて森の奥まで行こう!」歩くのが一番辛そうだったマルが、突然大声を出した。「まだ僕たち全部を見てないから」


「全部って……あ、神社のことか?」


「そうだね。最後まで行かないと何かスッキリしないよね」


 三人は顔を見合わせた。言葉は無くてもお互いの思いは伝わってきた。


「マル、お前ついてこれんのか?」


「うん、少し休めたし、神社まで頑張って歩くよ。着いたら小夜の叔母さんが作ってくれた弁当を食べよう」


「喰いしん坊!」

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