第8話
三十分後、一行は森へ続くのどかな田舎道を歩いていた。もちろん小夜が先頭だった。
歩いてれば体が暖まってくる。最初は低テンションだった男子二人も、田舎の爽やかな空気と鳥たちの歌声を聞くうちに、だんだんと気持ちが前向きに変わっていった。
「はい、皆さん! 誉田の森の思い出ってありますか? マイクに向かってどうぞ!」
小夜のおふざけがきっかけになり、三人はトランプ遊びのように、次々と記憶のカードを切りあった。
「木がたくさんあった」「それが森って言うのよ!」「とにかく空き地が広かった覚えがある」「私たちが小さかったから」「木が多いわりに中は明るいんだよね」「そういえば狸がいた」「狐だろ!」「森のいちばん奥まで行ったことある?」「ううん、先生には小川の先は行ったら駄目って言われてたから」「学校で『俺は三本目の木に触って帰ってこれたぜ』とか競いあってたな」「夜に近く通ると怖いよね」「めっちゃ怖い」「不気味だった」「ねえ、やっぱり猪じゃない?」
文章の得意なマルがまとめを読み上げた。「ええと、つまり誉田の森は『木がたくさんあって、所々に解放感あふれる草地が広がり、道は広く歩きやすくて明るい。いろいろな動物たちに会えたりする絶好の遊び場』ってことかな。ふぅ」
そうしたイメージが先行していただけに、森の入口から中へと進んだ三人は、あまりの景色の違いに言葉を失った。
まず道がすれ違えないぐらい狭かった。矢印の付いた看板に従っても、雑草だらけの藪を歩かされた。
あたりは暗く見通しが悪い。時々ギャーギャーと不気味な声の鳥が鳴くので、小夜がビクッとして上を見ても、自然の天蓋でふさがれ空が見えなかった。
やがて一行は、森の空き地っぽい場所にたどり着いた。自然に出来たものではなく、人の手で切り拓かれたのだろう。切り株が不揃いな椅子のように並んでいた。ちょうどよく人数分あったので、三人はそこに腰を下ろした。
「想像してたより、気味悪い場所になってたな」瀧がタオルで顔を拭きながら言った。
「うん、全然違う。昔はもっと居心地がよかったのにね」
「……」荒い息をしていたのでマルはひとり喋れなかった。
「あのさ、小夜。森に来て何かするつもりなのか?」
「内緒!」
「そればっかりじゃん。いい加減に教えてくれよ。じゃないと……」
「……元気がでない」マルがかすれた声で付け足した。
「もう少し歩こうよ。そうしたら分かると思うから。ね、お願い。休憩おしまいにしよ。出発だよ!」
小夜はバックパックを背負い、ひとり元気に歩き出した。
一行は空き地をあとにして、また細い藪の道に戻った。今度は瀧が先頭に立った。彼は拾った枝を両手に構え、行く手を邪魔する背の高い雑草を薙ぎ払っていった。二十分ほど進んだ所で、いきなり広い道に合流した。
「あれ?」
小夜が何かに気づいて首をかしげた。道が妙に広くて、どこか不自然なのだ。少女は屈んで視線を低く保ち、這うようにして辺りを観察した。やがて理由に気づいた。
「ねえ、ここ」
指差した場所に、太いふたつの平行なへこみがカーブを描き、道路の先へと伸びていた。
「タイヤの跡よ」
「しかもだいぶ幅が広いぜ」
「トラックだと思うよ。何トン車とか大きなやつじゃないかな」
「じゃあ、この先に……」
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