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その日の帰り、僕は夢で見た山に行ってみた。
どこにあるかは知っていた。その山には小学生の時よく皆で遊びに行っていて、学校のすぐ近くにある。
隣の県との境目に位置している、結構大きな山だ。そのため他の友達はある程度の範囲までしか、足を踏み入れることはなかった。
しかし僕はそんな子達とは対照的に、ずかずかと山奥へ入っていった。だれもついてこなかった。
一人で、どんどん山道を進んで行くと、木の密集した所にひっそりと隠れるようにして、その洞窟はあった。
洞窟の入り口は、大人が屈んでやっと入れるような大きさで、木の根が絡み付いて、周囲と同化していたため、子供の時の僕が見つけたのは奇跡に近いものがあったような気がする。
それから中学校に上がるまで、時々そこに行き、一緒に来たがる友達もいなかったので、一人で遊んでいた。
そんな懐かしい事を頭の中で思い返しながら、高校一年になった僕は山に足を踏み入れた。
鬱蒼とした森の中、僕は重い足取りで進んで行く。森の中は暗く、子供の頃には感じなかった不気味さを感じていた。よく小学生の自分は怖がらずに入れたものだと、昔の自分に感心した。
しかし、足取りが重い理由はそれだけではなかった。
今から、友達の死体を見るのだと思うと、恐怖感がこみあげてきた。すぐにでも来た道を戻り、この場から立ち去りたかったが、絶対に行かなければならないという義務感も僕の中にはあった。
歩きながら僕は、伊沢くんが言っていた呪いについて考えた。
そもそも何故、うちのクラスの人達が次々と死んでいるのだろう。二人目あたりまでは、僕はただの偶然だろうと思っていた。しかし四人死んだとなると、常識さえ疑わしいと考えるようになってしまう。
伊沢くんは「俺はもう戻れないところまで来てしまった」と言った。まるで自分が死ぬ事を知っているようだった。それはただ、呪いで自分が死んでしまうと思い込んでいたから発した言葉ではなく、もっと確信めいたものがあるように僕には思えた。
仮に伊沢くんが自分が死ぬ事を知っていたとしても、何故、それを防ぐ事が出来なかったのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか夢で見た崖の前まで来ていた。ここから、自分の友人は落ちて死んだのだ。
ゆっくりと僕の足は歩みを進めていた。どうやら、僕の好奇心が自分の中にある恐怖に勝ってしまったらしい。一歩一歩、地面を踏みつけながら、伊沢くんが落ちた場所に近付いて行く。額の汗を拭いながら歩き、そこに立った。
その場に膝をつき、そっと崖の下を覗きこむ。
細長い体を持った人間がそこには倒れていた。夢で見たときに彼の太股に刺さり、彼の体を宙吊りにしていた木の枝は、折れて、太股に突き刺さったままになっている。まわりにはまだ血の跡が残っている。それほど高い崖ではなかったので、そのような細かいところまでなんとか見えた。
僕は口を押さえながら、顔を引っ込めた。
僕の近い親戚や知り合いの中に、僕が生まれた後に死んだ人はいなかった。だからテレビなどで見る、ただ気持ち悪いだけの作りものの死体ではなく、本物の死体を見るのは初めてだった。初めて見る友人の死体は恐ろしく、悲しいものだった。
警察に言った方がいいのだろうか。色々考えたあげく、知らせないことにした。言った後に色々面倒くさいことがありそうだし、こんなところにあった伊沢くんの死体を見つけてしまったのだから、なにより自分が疑われる可能性がある。
もう帰ろう。帰って、警察が死体を見つけてくれるのを待とう。そう思い、立ち上がろうとしたが、まるで土の中に埋まってしまったかのように、手足が動かなかった。
五分ほどそのままの格好で動けなかった。その間ゆっくりと、深く呼吸をして心を静める。ある程度落ち着いて、やっと立ち上がることができた。
少し、こわばった心を落ち着けるために、帰りに寄り道をして行こうと考えながら、よどんだ空気が立ち込める崖を後にした。
小学生の頃によく来たそこは、まるでそこだけ時が止まっているかのようにそのままの形を保っていた。
木の根が絡み、入り口は周りを緑で覆われて、その中でぽっかりと闇を作っている。
小学生の頃は怪物が大口を開けたように大きかった暗闇は、今や自分の身長より五センチメートル程縮小されてしまっている。
洞窟に向かって会釈しながら闇に入って行った。
入ってすぐ、天井が高くなったことに驚いた。背の低かった頃の僕はこの変化に気付かなかったし、何より当時の自分には天井なんてものは気に止める程のものではなかった。それだけの事で洞窟は昔のそれとはまるで全然違うもののように思える。
ふと足元を見てみると、懐中電灯が落ちていた。電池は切れていないらしく、スイッチを入れると元気よく辺りを照らした。
懐中電灯を前に向けると、二十メートルほど先で行き止まりになっていた。
僕は少しがっかりした。何故なら子供の頃、僕はこの洞窟の奥にはとんでもなく恐ろしい怪物が潜んでいるのだと信じていたからだ。そんなことを今でも心のどこかで信じていたのかと思うと、情けなくて笑いそうになってしまった。
足元を懐中電灯で照らしながら洞窟の奥に足を運んでみる。進むにつれて少し足場が悪くなっていった。
行き止まりまであと数メートルのところで足元を照らしていた懐中電灯が小さく、透明なビニール袋を見つけた。拾い上げてよく見てみると、うすく白い粉のようなものが付いていた。
少し先の方を照らしてみると、注射器が落ちているのが見えた。
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