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土曜日
僕は待ち合わせ場所のカラオケ店に行くと、桐嶋さんと伊沢くんが楽しそうに話していた。
伊沢くんは高すぎる身長と細すぎる体を持った、僕の最も親しい友人のうちの一人である。しかし、僕の後ろの席なので、おそらく次に死んでしまうであろう人物だった。
「お、来た来た」
伊沢くんが僕に気付いた。
「おはよう、金井くん」
桐嶋さんは微笑みながら言った。
僕も返事をした。
「おはよう」
僕ら三人は同じ中学校の出身で仲が良く、今日みたいに三人そろって出掛けるのはべつに珍しいことではなかった。だからといって、べつに中学の頃から仲が良かったわけではなく、お互いの顔と名前を知っていただけでほとんど交流はなかった。高校に入ってから同じクラスになり、「俺らの中学出身は三人しかいないんだな」と、伊沢くんが話しかけてきたことが始まりだった。話してみるとなかなか気が合う性格らしく、中学のときの先生の悪口や、昨日観たテレビについて話したり、一緒に集まって勉強をしたりして、僕らはどんどん親密になっていった。
店に入り、ドリンクバーを注文して店員に指定された番号が書いてある部屋に向かった。
「さて、誰から歌う?」
桐嶋さんがそう言うと、まず伊沢くんがはい、と手を挙げて、マイクを奪っていった。
「ちょっと~、あんまりあたしたちが知らないような曲歌わないでよ~」と、桐嶋さんが伊沢くんをからかうようにして言った。
数秒後。案の定、彼は誰も知らないような演歌を、音のはずれた声で歌いだした。そんな伊沢くんの歌を僕と桐嶋さんは、耳を塞ぎたい気持ちを我慢しながら聞いていた。
そんな感じでみんなでマイクを回しながら歌っていった。そして二時間ほど経った頃、僕が歌っている最中桐嶋さんが「ちょっとごめん」と言って、トイレに立った。僕が歌い終わって席に戻ったとき、
「俺さ、もうすぐ死ぬのかな……」と、伊沢くんが呟いた。
あまりにも唐突に言葉を発せられたので、驚いて何も言えなかった。
少ししてから伊沢くんは続けた。
「俺らが座ってる列の後ろから順に死んでいってる。順番からして次は―――」「伊沢くん!!」
僕は彼の言葉を止めようと、声を上げた。しかし、そんなことはお構いなしに、彼は言った。
「桐嶋…あいつもこんな気持ちだったのかな…。辛くて、苦しくて、どうしようもない」
桐嶋さん?と、僕は少し考えたが、すぐにあの時の事を思い出した。彼女は一回死にかけたのだ。三ヵ月前、彼女は癌が体中に転移して生死の境をさまよっていた。
「でも、桐嶋さんは今もこうして生きてる!」
そう。生きている。彼女はそのあと、異常とも言えるような回復力で普通の生活に戻ってきた。まるで何事もなかったかのように。「だから、そんな心配する必要ない。こんなのただの偶然だよ。呪いじゃあるまいし」
しかし次の瞬間、思いがけない言葉が彼の口から飛び出してきた。
「俺はいつ死んでも構わないと思ってる」
「えっ、何を言って───」
僕がそう言った後、桐嶋さんがドア開いた。
「どうしたの?」と聞いてきたが伊沢くんが「なんでもないよ」と言ってトイレに立った。
「俺はもう戻れないところまで来てしまった」
カラオケ店で桐嶋さんと別れた後、駅近くの交差点で手を振って伊沢くんが言った一言である。
月曜日
僕はいつものように学校へ行き、教室に入っていった。
隅っこの方で他人の席に座り、うんうん悩みながらノートとにらめっこをしている伊沢くんを見つけた。そのすぐ横には、学級委員長の戸口くんが立っている。おそらく優等生の戸口くんに勉強を教わっているのだろう。戸口くんは何度も同じところを、首をかしげてばかりの伊沢くんに教えている。
「おかしいわね、伊沢くんってそんなに頭が悪いわけじゃないのに」
席についた僕に桐嶋さんが笑いながら話しかけてきた。
「そうだよね。少なくとも僕らよりは成績良いはずだけど」
やっぱり自分の『死』が気になってしまって集中できないのだろうか。助けてあげたいが、僕が夢を見た次の日にはその人は死んでしまう。それに彼を助けて自分が死んでしまったら、とんでもない馬鹿になってしまうような気がする。
今日は十一月、つまり今月の末に行われる体育祭のリレー競争の合同練習がある。伊沢くんもうちのクラスの代表で競技に参加するため、五、六時間目は教室をあけていた。
しかし、五時間目の授業の途中辺りで教室に戻ってきて、
「気分が悪いから帰る」
と言って帰り支度をし、そのまま教室を出ていってしまった。
そして、それっきり彼の生きている姿を見ることはなかった。
それから二週間が経った。
その間、彼の両親と学校の先生達が警察と協力して彼を捜索していたが、結局見付けることはできなかった。
桐嶋さんが隣の席でうつ向き、顔を髪で隠している。彼女は何か不安なことがあると、いつもこんな感じになる。
じっと見ている僕に気付き、不安そうな顔のまま「どうしたの?」と、逆に問われてしまった。
「なんか物凄く青い顔をしてるわよ」
その言葉を聞き、初めて自分の顔が彼女より重症だったことに気付いた。
無理もない。すでに三日前に四回目の不吉な夢を見てしまったのだから。
夢は最初に、木々が生い茂った森を映し出した。どこかの山だろうか。左端の方に岩を剥き出しにした崖がある。
ふと、視点を森の奥に合わせた。一人の男が走っている。ほっそりした体型と見覚えのある顔から伊沢くんだということがわかった。
彼は後ろを振り返りながら、必死の形相で走っていた。まるで、何か恐ろしいものに追い掛けられているようだったが、彼の後ろには特に追い掛けて来そうなものはなかった。
伊沢くんが必死に走っているうちにさっき見えていた崖が近付いてきていた。
彼はそのままの、まるで地面のない所を走り抜けて行ってしまうような勢いで崖に突っ込んでいった。
地面を蹴ろうとした足は空を切り、頭を下にして墜落していった。途中、崖から飛び出していた岩に頭をぶつけ、彼の首はありえないほど後ろに反り返った。下は一面、緑色の森が広がっている。彼がその緑の中に落ちていくと、ある一本の木の枝が太股に突き刺さり、静止した。
ここまで見て目が覚めた。
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