新井住田

1

 今日、僕の二つ後ろの席に、白い花が刺さった花瓶が置かれた。そこは、沢田という女子生徒の席だった。

 これで三人目。

 つまり、僕が夢をみるようになってから、二ヵ月がたったということである。

 全校集会で校長先生は、少し慣れた口調で哀悼の意を述べていた。生徒がまた、少し慣れた様子で話を聞いていた。

 彼女の両親と、仲の良かった一部の友達だけが泣いていた。


 事故だったらしい。

 彼女はいつも通りの道を通って帰っていた。あそこの道の脇は最近、工事をしていて、少し小さめのビルを建てていた。

 彼女がその横を歩いている時に、上から鉄骨が落ちてきた。

 そしてそれに気付かず、彼女は頭が鉄骨に潰されることを易々と許してしまったのだ。


 『金井』と書かれた表札のある玄関のドアを開けると、母さんの声が奥の茶の間から聞こえてきた。

「昇ー? なに、あんたの学校でまた誰か死んだの?」

「まぁね」

「まぁねって…そっけないわねあんたも。同じクラスの子でしょう?」

「わかってるならそんなに軽く聞かないでよ。僕だって気が滅入ってるんだから」

「三人目だものね、あんたのクラス。無理もないわ」

「それじゃあ、宿題があるから二階に行ってるね。晩御飯になったら声かけて」

 そう言って僕はすぐさま自分の部屋に向かった。

「あんたも気を付けなさいよ。」

 二ヵ月前、僕は夢を見るようになった。

 クラスメイトが死んで行く夢を。

 最初、僕の四つ後ろの猪瀬という男子生徒が夢の中で、屋上から飛び降りて死んで行く様を見たときは少し不気味だっただけで、特に気にはしなかった。

 しかし次の日、僕がいつも通り遅刻ギリギリに教室の引き戸を開けると、教室全体が何やら重苦しい雰囲気包まれていた。

 ふと目をやると、窓際の、縦に五個机が並んでる列の一番後ろの席に、白い花が刺さってる、水の入った花瓶が置かれていた。

「猪瀬君、自殺したんだって」

 隣の席の桐嶋という女子生徒が言った。

 こんなところで言うのも何だが、僕は彼女のことを前々から気になっていた。だから普段なら話かけられるだけで顔がにやけてしまいそうになるのだが、今はさすがにそんな気分にはなれなかった。

「自殺…?」

「そう、学校の屋上から飛び降りたの」

 僕ははっと目を見開いた。

 昨晩見た夢とまったく同じ状況で、彼は死んでいた。

 いや、何かの偶然だろうと僕は自分に言い聞かせた。

「どうかしたの?」

 心配そうに桐嶋さんが聞いてきた。

「ううん、何でもないよ」と、微笑みながらかえしたが、彼女の表情はあまり変わらなかった。いや、どちらかというと心配というより、不安そうな表情をしていた。

 セミロングほどの長さの髪が彼女のうつむいた顔を隠した。


 二人目は、その一ヵ月後。窓際の後ろから二番目の席の大貫という女子生徒。 彼女は部活を終えた帰り道、いきなり見知らぬ三人組の男に目と口をふさがれ、手首を縛られて、無理矢理車に押し込まれて、そのまま連れ去られてしまった。

 後に家族のもとに身の代金の要求が来て、仕方なく家族はそれに従った。そして数日後、ばらばらになった彼女の五体が家の前に置いてあった。

 しばらくして犯人は捕まったというニュースが、テレビで流れていた。

 そしてそのまた一ヵ月後の三人目は、後ろからも前からも三番目の、ちょうど列の真ん中の席だ。

 窓際の一番前の席に座る僕に白い花が刺さった花瓶は、少しずつ近づいて来ていた。

「昇ー!ごはーん!!」

 まったく余計な言葉が混じっていない母さんの声が聞こえてきた。

「はーい」

 机に向かっていた僕は持っていたシャーペンを開いたままのノートの横に置き、部屋を出て一階の茶の間に向かった。

「あんた、今週末またお葬式?」

 近所の肉屋で買ってきた夕食のコロッケをほおばりながら、母さんが聞いてきた。

「今度の土曜日は友引。だから葬式は水曜日にしたらしいよ」

 すると母さんが少し嬉しそうな顔をして聞いてきた。

「それじゃあ土曜日、買い物に付き合ってくれない?」

「‥‥タマゴお一人様一パック限り?」

「ううん、二パック」

「なら行かなくてもいいじゃん、べつに」

「なんでよ?うちも給料日前で家計が苦しいんだからね。安いときに買っとかなきゃ」

 あまり若くない、しわが寄っている頬を、ぶぅっと膨らませた。

「やめてよ、四十にもなってそういう顔するの。高校生の息子がいるんだよ?あのね、土曜日は友達と出掛ける用事があるから行きたくないんだよ」

 母さんはまたもにやりと笑って、

「なに?彼女?」

「ちがう」

 即座に返した。

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