第32話
ヒーローの剣戟を避ける。耳元でうなる風切り音に肝が冷える。さすがは支配種(ロード)と言うべきか。重そうな大剣を小枝のように軽々と扱いやがる。あんなのマトモに受けた日にゃ即お陀仏だ。
「くっ」
ヒーローの切り上げが大地を巻き上げ視界を遮る。咄嗟に構えた刀が強烈な横薙ぎに一撃で砕かれた。慌てて後ろに下がる俺の目の前に振り下ろされた大剣が大地を砕く様に冷や汗が流れる。
理想としてはシャグマがしてみせたように全ての攻撃を避けてカウンターを決めることだが、それは出来そうにない。それは俺の技術不足もあるが、単純にヒーローの剣速が早すぎる。
俺は避けに徹しているというのに避けきれていない。
「『火球』」
炎の玉がヒーローを飲み込む。火力、大きさともに増大させた改良版だ。だがヒーローは全く意に介さず、火炎の中を突っ切ってきた。
「バケモンめ……っ!」
詠唱というワンテンポを挟んでいる暇すらない。俺は大地に無数の『石柱』を立ててヒーローから距離をとる。さすがに石柱はヒーローといえど体当たりで壊し進むという事は出来ないらしい。
「それなら!」
周囲に無数の石柱をたて、ヒーローを石柱の森に閉じ込める。これでヒーローからは攻撃できない。だが俺には魔法がある。いくらヒーローといえど、遠距離から魔法を打ち込み続ければいつか限界は来るはずだ。
「くらえ『火きゅ』えっ」
ヒーローが大剣を掲げると、大剣に眩い光が集まっていく。そして光り輝く大剣を大地に突き刺した。その瞬間、ヒーローを中心に大地が捲りあがった。破壊されていく石柱を見ながら咄嗟に防御姿勢を取ろうとしたが無駄だった。膨張する大気と弾丸のように全身を打つ土砂に吹き飛ばされる。
「かはっ!」
ぼろ人形のように大地を転がり、木にぶつかってようやく止まった。鉄錆のようなモノが込み上げて、びちゃびちゃと夥しい血を吐く。爆発の衝撃で内臓がやられたか。
「はぁ……はぁ……」
粉塵の奥から大剣を背負ったヒーローが悠然と歩いてくるのが見えた。大剣に集まっていた光は消えている。なんだよあの爆発、聞いてねぇぞ。
……俺はここで死ぬだろう。それはいい。どうせ俺は復活する。問題は他の傭兵達が逃げきれたかどうかだ。
あのゴブリン達に手こずっていた彼らだ。きっとこのヒーローに襲われれば命はない。
だから俺が、彼らの逃げ切るだけの時間を稼がなければ。
「ら……『雷電』」
真空の道が雷を導く。だがやはりヒーローには微塵も効いた様子はない。その歩みは一切変わらず、俺に終わりを与えるために歩みを進める。
絶望的だ。
くそ、視界が霞んできやがった。脳に血が回ってない証拠だ。もう長くないな。
「でも、まだ終わるつもりは、ねぇぞ」
刀を生成し、杖代わりに立ち上がる。まだ俺には『自爆』がある。魔力が充分じゃない今はそこまでの火力が出ないかもしれないが、至近距離で叩き込めば、致命傷にはなるかもしれない。
憎悪に満ちたヒーローの視線が俺を貫く。
……そういえばどうしてコイツは俺をこんなにも目の敵にするのだろう。ヒーローが来たのはゴブリンを掃討し終わってからだ。ヒーローは誰があの惨劇を引き起こしたか分からないはずだ。それなのに俺だけを執拗に狙ってくる。
……考えても仕方ないか。
「かかって、こいよ」
『自爆』の魔法陣を用意しておく。後は詠唱だけで起動する。こういう時、やはり詠唱付きの魔法陣は便利だ。
ヒーローが間合いに入ったらぶちかましてやる。あと十歩、九、八、七、六
はた、とヒーローが立ち止まる。そして右手をおもむろに翳し……青白い玉を放った。
それは攻撃とはいえない。ただの魔力の塊を投げつけただけ。だがそれだけで俺の用意していた魔法陣はバラバラに破壊された。
「くそったれ」
大地を蹴る音に視線を上げると、既にヒーローはそこにいない。どこに行ったのか視線を周囲に彷徨わせる。
ズン、と胸を貫く赤い刃。滴る血が大地を赤黒く彩る。首だけで背後を振り返ると、憎悪のこもった視線が交わった。
その時、脳裏に過ぎるものがあった。いわゆるデジャブか、走馬灯か。この光景どこかで、見覚えが。
「ああ……そうか……お前……あの時、の」
大剣が勢いよく引き抜かれて大地に倒れる。急速に暗くなる視界。今度は『風刃』を放つ暇もなく、俺の意識は暗転した。
〇
宿屋の一室で目を覚ます。
またあの、いつもの宿屋だ。
しまったなぁ。拠点で仮眠をとっておくべきだった。裸で向こうまで行くの普通に嫌だな。どんな顔して行けばいいんだ。都合よくシャグマが来てくれればいいんだけど、そういうワケにもいかない。仕方なく宿屋のシーツを拝借して外に出る。
外には人の姿は見えないのは救いだ。火事場泥棒とか出そうなもんだけど、大丈夫なんかな。それともそんな余裕もないぐらいの緊急事態なのか。
まあゴブリンヒーローみたいなのが出たら、普通の人には太刀打ち出来ないだろうしなぁ。ありゃバケモンだわ。なんだよあの爆発。理不尽すぎる。俺なんて自分の命を使って爆発してるというのに。
城門付近まで行くと後方支援部隊や騎士の方々が慌ただしく動いていた。食事を作ったり物資を運んだり。こちらもこちらで戦場さながらの慌ただしさだ。
もしかしたらこの辺りにシャグマがいるかもしれない。しばらく人目を忍びながら
何事かと叫び声の元を覗き込めば、多くの負傷者が運び込まれて治療を受けていた。俺が配属され第三分隊以外もどこも似たり寄ったりで酷い状況らしい。
「はい染みますよぉ。我慢してくださいねぇ」
「ぐぁぁああ! やめ、やめろぉぉ!」
「大の大人がこれぐらいで騒がないでくださいよぉ。みっともない」
そんな中に負傷者の傷口に謎の薬品をかけるシャグマを見つけた。俺はこっそり近づくと、目立たないように話しかける。
「おい、シャグマ」
「あれ? リンネさん。その格好、もしかして死んだんですかぁ」
「ああ。実はゴブリンヒーローに遭遇した。頑張ったんだけどボコボコにされたよ」
「……なるほどぉ。それは災難でしたねぇ」
「全くだ。まあそれはそれとしてだ。服と鎧が無くなったから欲しいんだけど」
そう言うとシャグマは露骨に嫌そうな顔をした。
「またですかぁ。服はまだしも。リンネさん、つい数日前に新しい鎧買ったばかりじゃあないですかぁ」
「しょうがないだろ。ゴブリンが強すぎるのが悪い」
俺だって買ったばかりの鎧がこんなにも早くなくなるなんて思ってなかった。財布を握っているシャグマにとっては頭の痛い話だろうが。
「そうだ。いい機会ですしぃ、鎧も魔法で作れるようになっておいたらどうですかぁ?」
「魔法で? それいいな」
確かに鎧や服を魔法で作れるようになっておけば死んだ後の裸になってしまう問題も解決できる。最高じゃないか。むしろなんで今までやってこなかったんだ。
「じゃあ魔法陣を教えてくれ」
「ワタシは知らないですよぅ。ワタシ、防具つけませんしぃ。自分で考えてください」
「えぇ……」
そうこうしていると、診療所の入口がにわかに騒がしくなり、大勢の傭兵が運び込まれてきた。どこかの分隊が帰還してきたらしい。
「ふぅ。また忙しくなりますねぇ。ほらリンネさんはもう行ってください。治療の邪魔ですよぉ。服は後で渡しますからぁ」
シャグマに追い払われるように診療所を出る。ちぇ、なんだよ。でも確かに忙しそうだ。よく見ればシャグマは周囲に指示を飛ばしたり薬品の管理もしている。
そういえばあいつ、元々は薬の研究者だったな。
周囲を見渡すとあちらこちらで傷ついた傭兵達が体を休めている。包帯に滲んだ血の跡や擦過傷が生々しい。どうやら診療所に運び込まれるのは重傷者だけで軽傷の者は自分で治療することになっているらしい。人手不足か。
さて、とりあえず今の課題は鎧だ。俺が今扱える材質は石ぐらいだから石で作るしかない。一応シャグマの鉄刀を作る魔法陣を解析すれば鉄も扱えるようになるかもしれないが、あれは俺には分からないことが多すぎるから今すぐには無理だ。あとでシャグマが暇そうな時に聞こう。
それよりも岩で鎧を作れるようになっておけば、後々鉄でも作れるようになる。
とはいえ、全身を岩で覆ったら重くて動けない。要所だけに付けるべきか。今回の相手はゴブリンなわけだし、それも考えてつくろう。
ゴブリンにはサイズの問題で蹴りが有効だった。破壊力を増すために具足は欲しい。
あとゴブリンの装備はほとんどが短刀だった。小柄なゴブリンは見た目通り力はそれほどでもない。篭手とかを付ければ割りと攻撃を防げそうだ。体格で言うとゴブリンの攻撃範囲は体の下側に寄る。下半身を強化するべきか。いやでも上半身には心臓や頭など重要な器官が多い。そこを疎かにはできない。
…………うーん。結局全身鎧になったな。
いや待てよ。そもそも俺に鎧は必要なのか?
ゴブリン達は『雷電』で遠距離から処理できる。魔力切れもほとんど心配いらない。ヒーローみたいな規格外の化け物には鎧を着たところでどうせ太刀打ちできないし、『自爆』で特攻すればいい。
考えれば考えるほど鎧はいらないな。さすがに服や靴はほしいが。
俺がそうやって頭を悩ませている時だ。聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「そうか。ゴブリンヒーローまでもが……よく生き延びた」
「雷のにいちゃんがヒーローを食い止めてくれたおかげだ。くそ、俺はなさけねぇ。あんな若いのに守られて、のうのうと生き延びるなんて」
そんな会話が聞こえてきたので、俺は魔法作りを中断して顔を上げた。視線の先ではギルド長と、俺のいた第三分隊の分隊長が話している。たぶんあれって俺のことだよな。
「だが彼のおかげで第三分隊は被害が軽微ですんだ。彼には感謝しないとな」
「ええ。俺たちゃ、あの男の犠牲を無駄にしちゃならねぇ」
「まだ生きてますよ」
「え」
「え」
ギルド長と分隊長が目を丸くして驚く。そういえばヒーローを食い止める時に死亡フラグみたいな事言ったな。実際死んだが。
「な、あんちゃん。まさかヒーローを倒した、のか?」
「いやいやまさか。命からがら逃げてきたんだよ。ありゃバケモンだ。俺一人じゃ勝てねぇ」
「いや、だがそれでも充分だ。ヒーローはゴブリンの支配種(ロード)の中でも単体性能に優れた種だ。その戦闘能力は竜にも及ぶと言われている。そこから無傷で逃げられただけでも素晴らしい戦果だ」
「へぇー。そりゃどうも、ありがとうございます」
まあ実際には負けている訳だが、話がややこしくなりそうだから黙っておこう。
にしてもヒーローってそんなに強いんか。この世界における竜の強さが分からないから竜と同じくらい強いと言われてもピンと来ないが、きっとかなり強い部類に入るんだろう。あんなのがそこら辺にポンポンいたら人間はとっくに滅んでいると思うし。
「それで、あのヒーローを倒せばこの騒動は治まるんですか?」
「いや騎士団からの報告でゴブリンジェネラルとゴブリンキングも発見されたらしい。今回はゴブリンの群れに複数の支配種(ロード)がいるようだ。それら全てを倒さないと終わらないだろうな」
「そうですか……」
マジかぁ。ヒーローだけでもかなり荷が重いのに、それに加えてジェネラルとかキングまでいるのか。前途多難にも程がある。
「あーそれと、俺からも聞いていいか?」
「え? はい」
「どうしてそんな格好をしているんだ?」
自分の格好を見下ろす。
裸の上に薄手のシーツを羽織っているだけ。シーツの下から肌色が透けて見えていた。丈も足りていないので風に吹かれて時折中身もチラチラしている。しかも雨の後の泥濘の中を歩いてきたせいで足はドロドロ。
マトモな格好ではないな。
しかしどう説明したものか。真実をそのまま言っても信じてくれないだろうし。
「えーと、ヒーローから逃げるのに必要だったから?」
ギルド長はあまり納得してくれなかったが、服は手配してくれた。これで一応人の尊厳は取り戻せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます