第33話
その夜、傭兵の分隊の再編成が行われた。どの部隊も20人弱の死亡者、重傷者が出たからだ。当初450人いた戦闘部隊は一夜にして300人ほどまで減らされた。実に三分の一の損害。大敗北と言っていいだろう。
原因は大きくわけて二つだ。一つはしょせんゴブリンと侮った慢心。もう一つは巧妙に張られた罠の数々だ。
ゴブリンには罠をしかけるような頭脳はない。そういう慢心が傭兵達を陥れていた。あの落とし穴だってそうだ。きちんと警戒していれば、ゴブリンが露骨に誘っている事に気づけたはずだ。
だがその慢心は今日を生き残った傭兵達にはもうないだろう。だからそれは大丈夫だ。
問題は罠の方だ。ゴブリン達は人間が攻めてくる事を分かっていて、いつ攻めてきてもいいように罠をはって待ち構えていたようだ。
落とし穴、地下通路、きっと他にもある。明日からの攻撃ではそちらを警戒していかなければならない。
また確認された支配種(ロード)、ゴブリンヒーローとゴブリンジェネラル、そしてゴブリンキングについてだが……これは俺には突破口が見えない。傭兵や騎士の中でも選りすぐりの者を集めて集中攻撃をするしかないだろうけど、どこに現れるかも分からない以上、それも難しい。対策を話し合う必要がある。
「と、こんなもんか」
俺は書き上げた報告書を見て、誤字が無いことを確認すると本部に提出しに言った。既に辺りには夜の帳が落ちているが、拠点には篝火がたかれ、いまだに忙しなく人が行き来している。
「失礼します」
本部に入るとギルド長と五人の分隊長の視線が俺に集まる。
「ギルド長、報告書書いてきました。書くの初めてなんで書き方合ってるか分からないですけど、これでいいですか?」
「……ふむ。問題ない。ご苦労だった。リンネ第三分隊長」
「あははは……」
なんだか気恥ずかしくなって頬をかく。
リンネ第三分隊長。そう、俺は部隊再編により分隊長にされていた。それまで分隊長だった人が亡くなったり大怪我したりで欠員が出たから、それを補充したためだ。
「なんかその呼ばれ方慣れないですね。俺みたいな若造に務まるかどうか」
「何を言う。ゴブリンヒーローと一人で相対して生き延びるほどの実力者だろ。もっと自信を持て」
バンバンと背中を叩かれてむせる。そうは言ってもあれは本当に時間を稼いだだけで戦い自体はボロ負けだったんだよなあ。でも復活の事は説明しづらいし。なんか複雑な気分。
「まあともかく席につけ。会議を始めるぞ」
〇
翌日、俺は第三分隊の人達に昨日の会議の報告をしていた。
「……というのが昨日の戦果だ」
会議の内容は主にそれぞれの被害の報告、そして今後の予定などだ。分隊長の役目の一つはそれらを隊内に伝える事である。
「次に決定した事だけど……鎧のゴブリンには雷の魔法が有効と判明した。というわけで魔法を使える者にはこの『雷電』の魔法を覚えてもらう」
俺は懐から『雷電』のスクロールをだし、全員に見えるように掲げた。
「ちなみに発明者が、今回は特別にタダで提供してくれるらしい。ありがたく覚えましょう」
その言葉に部隊がザワつく。この世界では新たな魔法を開発して売る事は中級以上の魔法使いの重要な収入源らしい。それを考えるとかなりの太っ腹だが、緊急事態だしな。
俺の目的は金稼ぎではなく、一刻も早くゴブリンを殲滅してソーン大森林へ向かうことだ。そのためならこれぐらいは必要経費として割り切ろう。
俺は各パーティに1枚ずつスクロールを配り
「今日一日はそれを使いこなせるようになる事と、休養をしっかり取ること。次の出撃は明日の朝だ。じゃあ解散」
話によるとゴブリンは五日で成熟するらしい。早熟にも程がある。そういうわけだから本当はゴブリンを殲滅するには休みなく攻撃し続けるのが一番だ。だがさすがにそんな事をすれば人間側が先に潰れてしまう。それに無策のまま突っ込めば昨日の二の舞だ。
せめてある程度対策はしてから攻撃をしなければ。
あぁ。にしても肩が凝った。第三分隊にいるのはほとんど俺より年上のおじさん達だ。年上を相手に指示を出すというのは年功序列社会で生きてきた身としてはなかなか疲れる。
俺は少し外の空気を吸おうと重い、伸びをしながら外へ出た。
「お勤めご苦労様ですよぉ、リンネ第三分隊長サマぁ?」
「シャグマ……からかうなよ。俺だって真面目に頑張ってんだぞ」
灰色の空の下、壁に寄りかかっていたシャグマが可笑しそうに笑う。
「ひひひ、リンネさん今有名ですよぉ。あのゴブリンヒーローに一騎討ちを挑んで撃退した、てぇ」
「はぁ? マジかよ」
道理で傭兵達が従順だったわけだ。実際には惨敗もいいところなのに。だがヒーローと戦って生還してくればそういう噂が流れるのも仕方ないとは思う。
しかも厄介な事に否定しづらい。まさか『復活』の事を言うわけにもいかないし。まあその噂のおかげで年上の傭兵に舐められないですむなら良しとしよう。
「まあいいや。シャグマは今何してんだ?」
「ワタシは今仕事が一段落ついて休んでた所ですよぉ」
「そうか、お互い大変だな」
よく見るとシャグマの左目のクマが一段と濃くなっているように見える。昨日大量に運び込まれてきた負傷者の手当を夜通し行っていたんだろう。隠しきれない疲労が見て取れた。
「そうだ、疲れている所悪いんだけど、一ついいか?」
「内容によりますけど」
「ゴブリンヒーローを倒す方法が全然思いつかない。何かないか?」
ヒーローの力は圧倒的だ。せめて何か一つぐらい策が欲しい。シャグマなら何か知っているかと思ったが……
「特に思いつかないですねぇ」
「そっか……」
「ゴブリンヒーローは名前と見た目だけは有名ですけどぉ、その詳しい生態とかはあんまり分かってないんですよねぇ」
「え? どういう事?」
「ほら、ヒーローってゴブリンのくせに人間に近い見た目な上、人間基準でも美男美女ばかりなんですよねぇ。だからよく物語の主人公やライバルに使われるんですよぉ」
「へぇ」
確かにあのヒーローもイケメンだった。人間の英雄とゴブリンのヒーロー、これらが対峙するのは絵になる構図だろう。
「ただ実際にヒーローが現れた事はあまりないんですよねぇ」
「なるほど。知名度だけが一人歩きしているって事か」
あれか、日本で言う源義経や織田信長みたいに、創作でよく使われる歴史上の偉人みたいな。ちょっと違うか。
ううん。でもそうなると、思いつくのはオルグにやったように至近距離で連続で自爆することぐらいだ。
「ただ、支配種(ロード)は被支配種との間に何かしらの相互作用があるのが特徴なんですよぉ。例えばジェネラルは指揮下にいるゴブリンの能力をあげます。そして指揮下にいるゴブリンが多いほどジェネラルは強くなるんですよぉ。でもそれは逆を言えば、取り巻きのゴブリンを倒せばジェネラルは弱体化するって事なんですよぉ」
「つまりヒーローにもそういう相互作用がある、と」
「それがどういう相互作用なのか、までは分からないですけどねぇ」
なるほどなぁ。うーん、でも情報が無さすぎる。調べようにも調べ方がわからん。
「結局強い奴で集まって叩くぐらいしかないか。そういえば傭兵で強い奴とか知ってる?」
「知らないですねぇ。というかあまり王都の傭兵に期待しない方がいいですよぉ」
「え? どういう事?」
「王都の近くは基本的に弱い魔物ばかりなので稼ぎが少ないんですよねぇ。強い傭兵はだいたい迷宮(ダンジョン)が豊富にあるアルメント王国に行っちゃうんですよぉ」
アルメント王国……たしか西にあるドワーフの王国だっけか。ダンジョン、そういうのもあるんだな。少し興味もあるがそれはまた後だ。
致命的に戦力が足りないな。数も質もだ。
王都の周辺の傭兵を集めれば数は補えるかもしれない。
だが弱い傭兵が何人集まろうが、ヒーローにはあの謎の爆発攻撃がある。まとめて吹き飛ばされるのがオチだ。
「……厳しいな」
望みはオルグが来てくれる事か。おそらくオルグならヒーローにも太刀打ちできるはずだ。あとはかつてオルグと仲間だったというギルド長ウォルドヘイム。彼もいざとなったら戦ってくれるだろう。あとは最終手段としてシャグマも一応いる。
何とかなってくれればいいんだけど。
「ふぅ……そういえばシィは今何してるんだ?」
「あそこで食事の準備ですよぉ。ほら」
シャグマが示した方を見ると、巨大な鍋をかき混ぜているシィの姿があった。よかった。不貞腐れてサボったりしてないか心配だったけど、ちゃんと働いてくれているみたいだ。
「ちょっと様子見てくるか。おーい、シィ」
声をかけると、シィは顔を上げた。だがその顔は俺を認識した瞬間、般若のように変わり、俺は思わず足を止めた。
「なぁ、シャグマ。なんかシィ怒ってない?」
「リンネさんが分隊長になったって聞いてから、ずうっとあんな調子ですよぉ」
「えぇ……」
英雄になるのが目的のシィからしたら、戦果をあげて出世した俺は、自分のチャンスを奪った奴のように見えるのだろう。
しかし目をかけていたシィに嫌われるのは忍びない。なんとか怒りを鎮めてもらいたい。
「あぁー、その、なんだ。調子はどうだ? シィ」
「……チッ」
シィは俺が目の前に来ると露骨に視線を逸らして舌打ちをしてきた。数日前までは普通に話していたのに、俺でも傷つくぞ。
「美味そうなシチューじゃないか。いやぁ食べるのが楽しみだな!」
「……用が無いならどっか行ってくれませんか? 仕事中なので。第三分隊長サマ」
シィが冷たい。反抗期の娘を持った父親みたいな気持ちになる。
「そんなに邪険にするなよ。元は一緒のパーティで戦った仲だろ?」
「……あたしの事置いていったクセに。都合のいい時だけ仲間扱いしないでくれます?」
「それは女なんだからしょうがないだろ? シャグマだって戦えるけど女だから後方支援に徹してる。ここはぐっと堪えて……」
「女、女って……あたしだって女に生まれたくて生まれたわけじゃない!」
「おわっ」
シィが爆発したように声を荒げ、ナベをかき混ぜていたオタマを投げつけてきた。熱い汁が飛び散り、火傷しそうになる。
「あたしは! 守られるためとか、子を孕むために生まれたわけじゃない! あたしは英雄になるために生まれてきたんだ! 女だからとか、そういうのはもうウンザリだ!」
「シィ……」
大粒の涙をぼろぼろと零すシィに、かける言葉が見つからない。たぶん、これ以上俺がどんな声をかけても逆効果にしかならないだろう。俺は泥にまみれたオタマを拾って台の上に置いた。
「ごめん」
俺はそれだけ言って踵を返す。視界の端でシャグマがため息をつくのが見えた。
そういえばシィは初めて会った時から、自身が女である事を気にしていた。誰だって、自身の性別という自分では変えようのないモノを理由に否定されれば腹が立つ。
あれは正論で丸め込もうとした俺が悪い。
「はぁ……」
なんか、全然うまくいかないなあ。
それもこれも全部、ゴブリンのせいだ。ゴブリンの支配種(ロード)なんてのが出なければ俺とシィの仲が拗れる事もなかったのに。許せん。
視線を下ろすと腕にシチューのスープがついていた。さっきオタマを投げつけられた時に付いた奴か。拭くものも無かったので舐めとると、塩辛いものが口に広がった。
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