第31話

『オルグへ

 もしかしたらもう話は行っているかもしれないが、今王都ではゴブリンの支配種(ロード)が出たって大騒ぎだ。既に騎士団200人が犠牲になっている。出来ればオルグや研究所の人にも協力して欲しい。

 リンネより』


「じゃあお願いします」

「毎度あり!」


 野営所に来ていた郵便屋に手紙を預ける。わざわざこんな時にこんな所まで商売熱心だなと思ったが、利用する人は案外多い。王都の近くの村や町に知り合いが住んでいる人は、そういう人達に危険を知らせているのだろう。


 雨の中、手紙を運ぶ鳥型の使い魔が西に飛んでいくのを眺めながら適当な所に座り込む。魔法使い達が魔法で即席の岩部屋を作ってくれたから雨風は凌げるが、周囲に広まる緊張感まではとっぱらってはくれない。


「暗い顔ですねぇ」

「シャグマ。シィは?」

「泣き疲れて眠ってますよぉ」


 子供か。いやまあ俺基準だと18のシィは充分子供だが。


「なぁシャグマ。俺はどうすれば良かったんかな」

「傭兵さんの事ですかぁ? そんなのワタシに分かるわけないですよぉ。それにぃ、どぉせ傭兵さんはリンネさんが何を言った所で納得しないと思いますよぉ」

「そうかもしれないけどさ……」


 それでも何かもっと上手いやり方があったと思うんだ。誰も傷つけないですむような、そんな夢みたいな方法が。


「例えば俺がもっと強ければさ、シィを守りながらゴブリン達を圧倒できるような力があればさ、王都を救った英雄の仲間としてシィを有名に出来たわけじゃん」

「そんなの無いものねだりですよぅ。リンネさんは人の事を色々と背負い込もうとしますけどぉ、それは美徳であり悪徳ですねぇ。たまには見捨てていかないと、リンネさんが潰れちゃいますよぉ」

「そういうもんか?」


 でも仲良くなった人を助けたいというのは当然の欲求だろう。関わった人が不幸になるのは見たくない。


 その時、野営所に鐘の音が鳴り響いた。長く、二回。出撃の合図だ。


「時間ですねぇ」

「ああ。行ってくる。後ろは任せた」

「はいはぁい。行ってらっしゃぁい」


 吹きすさぶ雨の中に一歩踏み出す。

 せめて、俺の手が届く範囲ぐらいは救ってみせる。


 〇


 傭兵ギルドは傭兵達をざっくり五十人で一つの隊とした。この隊で大まかに集まって動く。俺は第三分隊に入れられた。


 傭兵達が森の中を進む。それぞれが邪魔にならないようにパーティ事にある程度距離を取っているが、視認出来ないほど離れてはいない。

 もし不測の事態がおきるようならすぐにサポートに入れるような、適度の距離感だ。

 そんな中、俺は一人で歩いている。普段シャグマとシィとばかり一緒にいたせいだ。ギルド内に他に知り合いがいないせいで一人で動かざるを得なくなっている。こんな事なら他に知り合いも作っておくんだった。

そんな中、近くを歩いていた若い傭兵が小石を蹴っ飛ばしながら悪態をついた。


「ったく、ゴブリンなんて1匹もいやしねぇじゃねぇか。ホントにいんのかよ。支配種(ロード)とかいう奴はよ」


 もう森に入って一時間以上はたっているが、一度もゴブリンと会っていない。いい加減緊張の糸が途切れてもおかしくない頃だ。


 鬱蒼とした森に、雨が木々をうつ音が響く。森の中は雨粒こそあまり届かないが、まとわりつくような湿気が体力を削る。ぬかるんだ地面や木の根で隆起した場所もあって足場も悪い。


「あー! うざってぇなぁ! 雨季でもなけりゃ焼き討ちして終わりだったろうによぉ!」


 ストレスが溜まってきたのか、傭兵達の無駄口が増えてきた。だが彼らの言う事も一理ある。……まさかゴブリン達はそれすら計算に入れて?

 さすがにそれは偶然であると信じたい。


「お! とうとう見つけたぞ! ゴブリンだ!」


 近くの傭兵が指さした先に緑色の肌の醜悪な小人がいた。粗末な腰巻きに棍棒を持って周囲を探るように見ていたが、大量の傭兵達を見て勝ち目は無いと悟ったのか棍棒も捨てて一目散に逃げ出した。


「待てや! 散々じらせやがって」


 勝気そうな若い傭兵がそれを追って飛び出していく。それを見た他の傭兵も駆け出した。


 だが俺は妙な違和感を感じて踏みとどまった。この感じ、シャグマと戦っている時に似ている。一見有利なように見えて、何かが違う。


 そうだ。なぜあのゴブリンは鎧を着ていない? なぜわざわざ普通のゴブリンを装う? 答えは明白。


「待て! それは罠だ!」


 叫んだ時にはもう遅かった。ゴブリンを追っていた傭兵の姿が消える。いや、消えたんじゃない。落ちたんだ。


「落とし穴!」


 でもなんでだ。ゴブリンもあの場所は通ったはず。なんでゴブリンは落ちなかったのに傭兵の時だけ落ちたんだ? まさか魔法?

 いや重量か。小柄なゴブリンは言うまでもなく軽いが、それに対して体が大きい上に金属製の鎧や武器を着込んだ傭兵は重い。ゴブリン達はその重量の差まで計算して罠を作っているんだ! まさかそこまで知能が高いなんて。


「ぐぁぁああ!」

「上だ! 上から矢が来るぞ!」


 落とし穴に驚き、足の止まった傭兵達を木の上に潜んでいたゴブリンアーチャーが撃ち抜いていく。


「奴らを撃ち落とせ!」

「分かってる! 『石や』ぐあっ!」


 背後で魔法を放とうとした魔法使いが悲鳴とともに倒れる。振り返るとどこから現れたのか、革鎧を着た5体のゴブリンが無防備に倒れ伏す傭兵をリンチにしている。


「伏兵か!」


 いつの間に回り込まれたのかわからないが、とにかく助け無ければ。


「『石柱』!」


 傭兵に群がるゴブリン達を石柱で打ち上げる。落下してきたゴブリンの喉元に刀を突き込み、確実にトドメを刺す。次のゴブリンにいこうとした所で、別のゴブリンにおそい掛かられる。


「邪魔だ!」


 刀の間合いの内側に入り込まれ、刀を振れない。咄嗟に前蹴りで吹き飛ばす。ゴロゴロと転がっていくゴブリン。普通のゴブリンならこれで殺せる事もあったが、目の前のゴブリンは何事も無かったかのように起き上がると、歯を剥き出しにして唸り声を上げた。


「っぶね!」


 背後から飛んできた矢が足元に刺さる。鬱陶しいことこの上ない。


「『石壁』」


 石柱に手を加えて横幅を広げたモノを出す。これでしばらくは背後からの射撃は大丈夫だろう。

 これで目の前のゴブリンに集中できる。残りのゴブリンは5……10……15……あれ?


「増えてね?」


 さっき傭兵をリンチにしていたゴブリンは五体だった。一体殺して四体になったはずだが、明らかに増えている。いつの間にこんなに回り込んで来た? いや違う。

 木の洞から出てくるゴブリン達。その数一体、二体、三体……まだまだ出てくる。中に隠れていたとかそういう次元じゃない。これは、まさか地下通路か!

 冗談じゃない。ここは完全にゴブリンの狩場じゃないか!


「ギャギャ!」

「ギィギャ!」

「くっ」


 短刀を持って襲いかかってくるゴブリンの攻撃を避ける。刀で受けれるのは一つだけ。囲まれたら勝ち目はない。


「『火球』『火球』『火球』!」


 炎の玉がゴブリンを襲う。だが効き目が薄い。

 雨の湿り気のせいか。牽制と目くらましにしかなっていない。


「くそっ!」


 苦し紛れに振った刀は、革鎧に阻まれて致命傷には到らない。逆に中途半端に肉にくい込み、咄嗟に抜けなくなる。その隙を狙って飛びかかるゴブリンの顔面に肘打ちをかます。


「この、離せっ」


 ゴブリンを足蹴にして無理やり刀を引き抜く。


 くそ。ゴブリンのくせにいいもん付けやがって。考えろ。どうすればこのゴブリン達を殺せる。

 剣……というか刀は効き目が薄い。俺の腕では乱戦の中で的確に刀を振るう事ができない。なら肉弾戦か? いやゴブリンの群れに飛び込めば四方からリンチされる。

 なら魔法だ。今俺が使える魔法は『火球』『水流』『石柱』『風刃』『氷槍』『自爆』の6つ。『自爆』は最終手段だ。『水流』『石柱』は攻撃に向かない。『火球』『風刃』『氷槍』は鎧や雨で効き目が薄い。

 八方塞がりかよ。


 その時、カッと空が明るく瞬いた。遅れてゴロゴロと空がなく。雷か。


 いや、そうか! それがあったか!

 電気なら鎧も無視してダメージを与えられる。幸い電気を出す魔法文字は知っている。研究所を出る前にシャグマの『睡眠』を破るための気付け剤代わりに使ったんだ。

 だがあれはそのままでは火力が足りないし、何よりただ空中放電するだけでは俺自身も痺れるという欠点があった。だから攻撃に使うのは断念していたんだ。

 でも確かシャグマとオルグが戦っていた時に電気を飛ばしていた。つまり何かしら方法はあるんだ。

 ……そうか、真空。真空で道を作れば狙った場所に電気を伝えられる。真空を作り出すのは『風刃』でできるはずだ。つまり電気と真空の魔法を組み合わせられれば、この状況を打開できる!


「でもなぁ!」


 おそいくるゴブリンを蹴っ飛ばし、囲まれないように動き続ける。こんな状況じゃ新しい魔法を作るなんて出来やしない。シャグマやオルグぐらい魔法の扱いに慣れていればできるだろうが、俺はそれほど慣れていない。せめて落ち着いて考える時間があれば……。


「ってやべ!」


 気がつけば背後に石の壁が剃りたっていた。オレが矢よけのために立てた石壁だ。いつの間にかゴブリン達に追い詰められていたらしい。

 前を見れば三方向からゴブリンがにじり寄ってきている。まずい。身を守るために立てた壁が自分の逃げ道を封じるとは。

 ……いや、待てよ。これだ!


「『石壁』『石壁』『石壁』! と、天井にも『石壁』」


 残りの三方向にも石壁で壁を作り、最後に天井も塞いだ。これで即席のシェルターの完成だ。

 ふう、これで落ち着いて考えられ


 ズン! ドン!

重苦しい衝撃が外から響く。どうやら石壁を破壊しようと外から攻撃されているようだ。やべぇ。あまり余裕は無さそうだ。


「ええと、ここがこうなって……いや先にこうか?」


 地面に魔法陣を書いては、ああでもないこうでもないと消していく。やばいやばい。焦りが焦りを呼び、正常な思考を妨げる。

 今まで魔法の威力や範囲のカスタムぐらいはやった事はあるが、全く違う魔法を組み合わせて一つの魔法を作るなんてのはやったことがない。

 というかほとんど新しい魔法を作っているのに等しい。


 ぴしり


「おぉぉ! ヒビが!」


 いよいよ時間がない。傭兵のこの世の終わりのような悲鳴も、ゴブリンの嘲るような鳴き声も、何もかもが俺の思考を鈍らせる。

 あと少し、あと少しなんだ。えと、多分ここがこうなって


「おわっ!!」


 破砕音が全てを吹き飛ばす。石の破片が全身を打ちつける。


「ギキャ! ギキャ!」

「ギィギィギィギィ!」

「ギャッ! ギャッ!」


 石壁を壊せた事がよっぽど嬉しいのか、猿のように手を叩いて喜ぶゴブリン。これから始まる嬲り殺し祭りにゴブリン達は舌なめずりをして、手に持った武器を振り上げた。三方向を壁に囲まれている俺に逃げ場はない。


「ま、もう逃げる必要はないんだけどな! 『雷電』!」

「ギィィィイ!」


 眩い紫電がゴブリンを貫く。超高圧の電流に焼かれたゴブリンはビクビクと激しい痙攣を起こす。眼球は沸騰して破裂し、口から白い煙を吐いて倒れた。周囲に肉と毛の焦げる嫌な臭いが漂う。


「さすがに一瞬で炭化とまではいかないか」


 ゴブリン達は何が起きたか分からないのか混乱しながらも、それをやったのが俺という事は理解したようだ。突然倒れた仲間を置いて後ずさる。俺はその分前に出た。


「さあ! 反撃の時間だ。ゴブリン共!」


 雷の槍がゴブリンを貫いていく。いかに強固な鎧を着ようと、雷はそれらを貫通する。しかも今は雨だ。大部分は木々に遮られるが、時折ぽつりぽつりと落ちてきた水滴が体の電気抵抗を奪っていく。


『雷電』は面白いぐらいにゴブリンを倒していく。


「おらっ! 『雷電』」

「助かった。あんたその魔法すげぇな! 拠点に帰ったら教えてくれ! 言い値で買うぜ」

「いいぞ。たった今できたばかりの新鮮な魔法だ。品質は保障する」


 劣勢だった戦況が瞬く間に盛り返していく。

 リーチ、火力、ともに申し分ない。そして俺は魔力だけは人並み外れている。視界内のゴブリンはほとんど狩り尽くした。


「はぁ……はぁ……ひとまずこんな所か」


 だがこちらもかなりの被害が出た。詳しい所は分からないが、分かるだけでも生き残ったのは半数ぐらいか? 生き残った傭兵も満身創痍だ。

傭兵達も決して弱くはなかった。しかしゴブリン達の罠、奇襲、作戦が俺達の一歩先を行っていただけだ。


「全員撤退しよう! 一度拠点に戻って体勢を立て直すんだ!」


 皆異論は無いようで、急いで拠点に向かっていく。だが数人、パーティメンバーの遺体にすがり付いて泣き崩れる者もいる。

 彼らの気持ちも分かるが、死体を回収する暇はない。いつ、次のゴブリン達がやってくるか分からないのだ。俺は彼らを連れていくためにその背に声を


「ゴブリンヒーローだ! ヒーローが出たぞ!」


 その声に顔を上げる。視線の先に異様な存在感を放つゴブリンが立っていた。いや、本当にあれはゴブリンか?

 それは肌が緑色なこと以外、ほとんど人と変わらないように見えた。身の丈170センチほどの体躯。普通ならハゲ上がっているその頭には銀色の髪がたなびき、端正な横顔は人間基準で見ても美しい。その身は強固な金属鎧に覆われ、マントをたなびかせながら仲間の亡骸を眺める様はまるで絵画のようだ。


「……」

「やべ」


 その視線がこちらを捉える。正面から見て初めて気づいたが、その顔には斜めに傷跡が走っていた。それすらもワイルドな魅力がある。そうどこか他人事のように見ていたら、その視線が離れていても分かるほどの憎悪に染まった。


 当然か。たった今仲間を惨殺したのだから。


「おいあんた! 泣いてる暇ないぞ! とっとと逃げろ!」


 いつまでも泣いている傭兵を横に蹴飛ばし刀を構える。その直後、ヒーローの大剣が刀と火花を散らした。


 びしり、一撃で刀にヒビが走る。


「マジかよ」


 このままだと刀ごとぶった切られる。そう察した俺は大剣を受け流して距離をとり、刀を捨てた。


「雷のにいちゃん! 大丈夫か! 今助けに」

「俺の事はいい! 後から追いつく! お前らはさっさと逃げろ!」

「そんな事……」


 その傭兵の言葉はヒーローが轟音とともに振り下ろした大剣にかき消される。大地が爆ぜ、弾丸のように土砂が飛ぶ。


「早く行け!」

「くっ……! 死ぬなよ!」

「はっ、問題ねぇ。こんな奴ぶっ倒してやる!」


 ヒーローは他の傭兵には目もくれず俺に向かってくる。何か狂気や執念のようなモノを感じる。どうも俺の事は逃がしてくれそうにない。


「『雷電』!」


 紫電一閃。雷の槍がヒーローを貫く。

 俺の自慢の魔法だ。いかにヒーローといえどこれで……あれ?


「効いて……ない?」


 ヒーローは鬱陶しそうに目を細めると大剣を振り回した。唸りをあげて迫る大剣を慌てて避ける。


「くそっ、なんで効かねぇんだよ! 電気だぞ! 金属鎧だって着てるのに!」


 むしろ見た目的には革鎧のゴブリンよりよっぽど電気が効きそうな見た目をしているのに。ボス格の魔物は体の作りからして違うのだろうか。


「くそ! 上等だよ! やってやろうじゃねぇか!たしかゴブリンヒーローって支配種(ロード)の一つだったよな! という事はお前を倒せばこの騒ぎも治まるってわけだ!」


 距離をとって刀を精製して構える。

 ヒーローは何も答えない。当然だ。言葉が通じるわけがない。俺達の間に言葉のやり取りは必要ない。必要なのは、殺すか殺されるか、命のやり取りだけ。

 俺達はどちらからともなく距離を詰めて互いの獲物を振るった。

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