第24話

 翌日、昨日の晴れ間が嘘のように灰色の雲が空を覆っている。雨季の空は湿っぽく、生温い。そんな中、俺とシャグマは再び傭兵ギルドに向かっていた。目的はもちろん傭兵ギルドに登録する事だ。


「今更だけどさ、傭兵って何する職業なん?」

「色々ですねぇ。魔物を倒して魔石を取ったり、盗賊を討伐したり、行商人の護衛をしたり。依頼主の依頼をこなして報酬を貰うんですよぉ。ギルドはその仲介役ですねぇ」


 早い話が何でも屋か。

 日雇い労働者みたいなものなら、俺たちみたいな根無し草には相性がいい。


 シャグマと話しつつ傭兵ギルドの扉をくぐる。

 今日の俺は傭兵らしくレザーアーマーを着ているが、シャグマは相変わらず普段着の上にローブを羽織っただけだ。ゴツイ鎧を着込んだイカつい傭兵達ばかりの中で若干浮いている。


「傭兵登録ってどこでするんだ?」

「さあ? とりあえず受付に行けばいいんじゃないですかぁ?」


 受付に目をやると、やたらと筋肉質な浅黒い肌のオッサンが葉巻を咥えていた。頬には大きな傷跡もあり、もうお前が傭兵やれよと言いたくなるほどの貫禄を醸し出している。

 こわ。できればもっと可愛らしい女の子の受付嬢が良かったが、今空いている受付はそこしかない。というか他の女の受付嬢の所は数人並んでいるのにオッサンの所だけ空いているのは、他の傭兵もちょっと怖がってるって事か。だが、だからといってわざわざ列に並ぶのも馬鹿らしい。俺は諦めてイカついオッサンの元に向かった。


「すいません」

「なんだい兄ちゃん。依頼か?」

「いえ。傭兵登録したいんですけど」

「あ?」


 オッサンはドスの効いた声を出すと、品定めをするような鋭い目でコチラを捉える。うーん、居心地がわるい。それに、なんという威圧感。まるで猛獣の前に立っているかのようだ。この感覚、戦闘態勢に入ったオルグとどこか似ている。俺もオルグを知らなかったら萎縮していたかもしれない。


 と、その目がシャグマに向かうと、カッと見開かれた。なんだ、何かやっちまったか?


「ってなんだ。シャグマの嬢ちゃんじゃねぇか」

「どうもぉ。お久しぶりでぇす」

「ヴィの奴は元気か?」

「所長の事ですか? 元気すぎるくらいですよぉ。この間も年甲斐もなく暴れて大変でしたねぇ」


 ひらひらと手を振るシャグマ。

 そのままにこやかに話し出す。

 あれ、知り合いなのか? ヴィって確かオルグの名前だったよな。それの関係か?


「知り合いなの?」

「ええ。この人は傭兵ギルド、カラムンド支部のギルド長ですよぉ」

「ギルド長!」

「ギルド長のウォルドヘイムだ。よろしくな」


 どうりで一受付としては貫禄がありすぎると思った。やっぱりただ者じゃなかったんだ。

 それと同時に周りの傭兵がやたら萎縮してる理由も理解できた。偉い人を相手にすると、なんとなく萎縮するものだ。


「でも、なんでそんな偉い人がこんな所に?」

「ああ。今日入ってた予定が急にキャンセルになって暇してたんでな。ま、ちょっとした暇つぶしだ」


 それって社長がお忍びで清掃員の仕事してるみたいなもんだよな。でもウォルドヘイムには隠す気がない。

 周りの傭兵みんな萎縮してるけどいいのか? むしろ業務の邪魔してない?


「まあんなこたぁいいんだよ。お前ら登録に来たんだろ。お前、文字は書けるか?」

「あ、はい」

「んじゃあ、この紙に必要事項を書いてくれ。書けない所は空欄でいい」


 ウォルドヘイムに渡された紙の空欄を埋めていく。名前、出身、特技……まあ大した事はない。

 裏面には利用規約みたいなのも書いてあった。登録料、年会費、問題行為に対する罰則……読むのめんどくさいな。俺は利用規約は読み飛ばす派なんだよ。

何かあったらシャグマが何とかしてくれるか。


「嬢ちゃんも登録すんのか?」

「ええ。実は研究所辞めたんですよぉ。それで何かと金が要りましてぇ」

「へぇ。あの研究一辺倒だったお前がなあ」


 ウォルドヘイムは何かを察したように俺を見ると、ニヤリと俺を見た。

 ……何か下世話な想像をされている気がする。


「ふははは! 嬢ちゃんも男を知ったか。人生何が起こるか分からんな!」

「俺とシャグマはそういう関係じゃないですよ」

「照れんな照れんな! 俺は応援するぜ」


 くそ。ウザったい。この感じ、親戚のおじさんを思い出す。

 中年男性にこういうデリカシーが足りないのは異世界でも共通なのか。


「いや、マジで違いますから。なあシャグマ、お前も言ってやれ」

「そうですよぉ。確かに一度は体を交えた関係ですけどぉ、恋愛関係ではないですよぉ」

「シャグマ!?」


 何も援護になっていない。いや、むしろ悪化している。そして下手に事実なせいで否定もしにくい。


「なるほど。ずいぶんと爛れた関係だな」

「いや、あれはシャグマが薬を盛ったせいで」

「なかなかに刺激的な夜でしたよぉ。ケモノように荒々しく犯される。言葉もなく、ただ貪るような交合い。ひひひ、初体験があれだと色々歪んでしまいそうですねぇ」

「お前ちょっと黙ってろ」


 あの日の事を思い出しているのか、どこか艶めかしく身をくねらせるシャグマ。

 こっちが恥ずかしくなるのでやめてほしい。


「ハッハッハっ。まあ傭兵やるならそれぐらいサッパリしている方がいい。恋愛はパーティの不和の元だからな。それより登録書は書けたか?」


「ワタシは出来ましたよぉ」

「俺は後、この魔力量ってとこだけですけど」


 魔力量の欄には知らない単位が書いてある。

『マリー』? 人力以外にも単位があったのか。


「これどういう単位なんですか? 俺、人力以外知らないんだけど」

「それはマリー式と呼ばれる魔力測定法で測った時の魔力量だ。今から測るから手を出せ」


 言われるがまま手を出すと、そこに何やら腕時計のようなモノを巻かれる。


「これは手首を流れる魔力量から全身の魔力量を概算する方法だ。魔力を動かすと値がブレるから自然体でいてくれ」


 なるほど。まあ人力だとざっくりし過ぎだもんな。ちゃんと細かい数字で出す方法もあるか。


「ん?」


 ウォルドヘイムが腕時計のような測定器を見ながら首を傾げた。そして測定器を外すと別の測定器を取り付ける。そして再び首を傾げる。


 なんだなんだ。壊れてたのか?


 ウォルドヘイムはもう一つ測定器を取り出すと、今度は自分に取り付ける。そして満足そうに頷くと、それを外し俺につけた。


「おい兄ちゃん。あんた何か妙な事してないよな」

「え?」


 ウォルドヘイムの鷹のような目がこちらを睨みつける。なになに。俺何かしちゃったか?


「いや、何もしてないですけど」

「嘘つけ。だったらなんだこの数値は」


 測定器を覗き込む。そこには『983マリー』と書いてある。

 これだけ見せられても基準が分からんから何とも言えん。


「よく分かんないけど、これは人力で言うとどれくらい?」

「100マリーが約1人力だ。人力で言えば約10人力。明らかに異常な数値だ」

「あー」


 そういえば俺は魔力量だけは無駄に高いんだっけ。あまり実感する事がないから忘れていた。


「それ合ってますよ」

「そんなワケがあるか! こんな数値、それこそ英雄と呼ばれるような奴らでも」

「ギルド長さぁん」


 声を荒げるウォルドヘイムに、シャグマが俺の登録書の一部を指さす。


「これ、分かります?」

「はぁ? 『出身:魔法研究所』。……まさか」

「ひひひ、ご想像にお任せしますよぉ」


 ウォルドヘイムはため息をつくと、測定器を外し、俺の登録書に『983』と書き込んだ。


「ヴィめ、とんでもないモンを作ったな。……一応聞いておくが、研究所から逃げてきた訳じゃないよな?」

「大丈夫です。ちゃんとオルグから許可はもらってます」

「ならいい。色々と気になる事はあるが、聞かないでおいてやる。少し待ってろ。会員証を作ってくる」


 ウォルドヘイムは席を立つと、後ろに引っ込んだ。あれだけで納得してくれたのだろうか。


「オルグとウォルドヘイムってどういう関係なん?」

「昔一緒に傭兵してたらしいですよぉ。詳しくは知らないですけどぉ」


 昔馴染みという事か。確かにお互いあの筋肉だ。気が合いそう。

 というか傭兵からギルド長になったのか。ああ見えて頭いいんだろうか。


「待たせたな。ほら、会員証だ」

「どうも」

「再発行の時には金かかるからな。無くすんじゃねーぞ」


 木製の札を受け取る。

 これで俺も就職か。どちらかと言うと派遣のサイトに登録したって感じだが。まあ金が稼げればなんでもいい。


「仕事がしたかったら依頼板に貼ってある依頼書を持ってきな。こっちで受付したら契約成立だ」


 ウォルドヘイムが指さした方を見ると、巨大な掲示板に何枚かの紙が貼られ、その前で数人の傭兵がたむろしている。


「なるほど。分かりました。ありがとうございます」

「おう、頑張れよ」


 ウォルドヘイムに頭を下げて依頼板に向かう。

 さて、どんな依頼があるのやら。


『ゴブリンの討伐

 報酬:15000ギル、追加報酬あり

 概要:ゴブリンに家畜が拐われました。ゴブリンの討伐と、可能であれば家畜の回収をお願いします』


『足跡の調査、討伐

 報酬: 10000ギル~

 概要:ゴブリンのモノと思われる足跡が村の付近で見つかりました。詳しい調査と討伐をお願いします』


『ゴブリンの討伐

 報酬:13000ギル

 概要:行商の道の途中でゴブリンの集団が発見されたらしいです。先に行って討伐をしてください』


「ゴブリンばっかじゃねぇか」

「ホントですねぇ」


 どの依頼を見てもゴブリンゴブリンゴブリンゴブリン。貼られている依頼の8割以上がゴブリンに関するモノだ。


「なんなん? この辺にはゴブリンしか魔物はいないのか?」

「いやぁ。そんなハズはないんですけどぉ。うぅん、どれも報酬がしょっぱいですねぇ」


 シャグマも困惑した様子だ。首を傾げながらも依頼をこなす為に適当なゴブリン討伐依頼を手にしようとした時だ。

 背後から声が掛けられる。


「あれ。シャグマさんにリンネさん。奇遇ですね」

「あぁ。昨日の傭兵さん」

「シィさんだっけ。おはよう」


 亜麻色の髪の傭兵、シィだ。

 昨日散々泣き腫らした目元は、まだ少し赤いが、その顔に昨日のような憂いはない。


「昨日はご迷惑をお掛けしました」

「いえいえ、元気になってもらえた様で良かったです」


 誤解に嘘を重ねて無理矢理誤魔化しただけだが、何とかなったみたいだ。俺としても俺の死のせいで一人の女性が精神を病むのは心が痛むし、立ち直ってくれてよかった。


「お二人も傭兵だったんですね」

「ええ。と言っても今日なったばかりの新人ですけどねぇ」

「えっ! シャグマさん、あの強さで新人!?」

「ひひひ、昔いろいろやってましてぇ。その時の名残という奴ですよぉ」


 シィがキラキラとした尊敬の目でシャグマを見ている。そしてその目は俺にも向けられた。


「もしかしてリンネさんも……?」

「ふっ」


 俺は会員証を取り出すと魔力量の部分的をシィに見せつけた。


「魔力量……983!? え、これ、本当なんですか?」

「ああ。本当さ。なんならそこにいるギルド長に聞いてきてもいい」

「わぁ~」


 輝く瞳が俺を見つめる。

 美人に尊敬の眼差しで見つめられるというのは……悪い気がしないな!

 実際には魔力の扱い方が下手すぎてそこまで強くはないんだが、シィにはそんな事まではわからない。


「あ、あの。お二人は今何を?」

「依頼を探していた所。だけどこの辺りにはゴブリンの依頼しかなくて少し困惑してたんだよね」

「美味しい依頼は早い者勝ちですからね。この時間だと『残飯』ばかりですよ」

「ざんぱん?」

「あ、人気がなくて売れ残った依頼のことです。誰にも取られなくていつまでも残り続けるからそう呼ばれるんです」


『残飯』か。せっかく依頼出した人も依頼を取られなければ困るだろうが、傭兵も金を稼がなきゃいけないし、仕事は選ぶ。ゲームと違って美味しい依頼がいつまでも残ってるはずがないか。


「ただそれだけじゃなくて、最近はゴブリンの依頼自体も増えている気がします。近々、騎士団が森に討伐隊を派遣する予定って噂も聞きました」

「へぇ」


 そういえばシィが襲われている時も、シャグマは『こんな所にゴブリンが出るなんて珍しい』みたいな事言ってたな。

 大量発生でもしたんかな。

 あの醜い小人がひしめいている様子を想像してしまった。かなり気持ち悪い。


「あの、実はお二人に相談があるんですが」

「ん?」


 シィはしばらくモジモジとしていたが、意を決したように顔を上げた。


「あたしを、お二人の仲間にしてください!」

「……ええー」


 どうしよう。正直あまりよろしくない。

 理由は一重に金だ。俺たちは旅の資金を稼ぎたいのに、仲間が増えると取り分が減ってしまう。ただでさえこちらには呪いという時間制限があるんだ。なるべく早く金を貯めたい。


 それに昨日の戦いを見る限り、シィは戦力的にもあまり期待できない。そもそも戦闘はシャグマ1人で事足りている。……あれ、その理屈で言うと俺も要らなくね。


「その、申し訳ないけど、仲間は間に合っているから」

「お願いします! 荷物持ちでもなんでもやります。報酬も要りません。どうか、どうか、なにとぞお願いします!」

「そんな事言われても……」


 シャグマの方を伺う。シャグマも困惑気味だ。


「お願いします。あたしは、あたしを守って亡くなったリネンさんの為にも、強くなって有名にならなくちゃいけないんです。だから、どうか!」


 うっ。それを言われるとコチラが痛い。

 元はと言えば俺が油断して死んだせいなんだ。俺に非があると言えなくもない。


「まぁいいんじゃないですかぁ? 報酬も要らないらしいですしぃ、一人ぐらいこの辺りの地理に明るい人が欲しかった所ですしねぇ。ワタシ達が王都を出るまでの間、お試しで入れば」

「っ! 本当ですか! あ、ありがとうございます!」


 パッと顔が華やぐ。よっぽど嬉しいのか、シャグマの手を握ってブンブンと振っている。


「……いいのか?」

「報酬が要らないなら特に断る理由もないですしねぇ」


 確かにそうか。

 俺としても綺麗な人が仲間になれば、華が出来て嬉しいけど。


「ま、お荷物の一人や二人、ワタシが抱えて見せますよぉ」

「ならいいんだけど。……あれ、その荷物の中に俺入ってない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る