第23話

 シャグマと共に宿をとり、ベットに座って一息つく。部屋は二人用を一つ。その方が安いしな。

 さすがは王都と言うべきか、街中は人が多い。最近はずっと研究所にいたせいで、人混みに酔いそうだ。


「ほぉら、ぼおっとしないでくださいよぅ。今後の予定を決めますよぉ」

「おう」


 そういえば特に何も決めずに出てきたしな。シャグマの呪いがいつシャグマを殺すか分からないし、行動は早い方がいい。そうだな、シャグマの呪いを解くには……解くには……?


「シャグマの呪いを解くにはどうしたらいいんだ?」

「……まぁリンネさんには、そういう事期待してないですけどぉ」


 呆れたようなシャグマのジト目が痛い。せっかく俺が連れ出したのに、とうの俺が何もわかっていないのは申し訳ない。

 そもそも予定を決めようにも俺はこの世界についてあまりにも知らなすぎる。まずはそれを知ることからか。


「まぁいいですよぉ。この後はソーン大森林に向かいますよぅ」

「ソーン大森林って?」

「……まずは基礎教養からですねぇ」


 シャグマが机の上に紙を広げる。そしてそこに大きな丸を書く。


「何これ?」

「ワタシ達の住む大陸ですよぅ。ざっくりですけどぉ」


 地図か。かなり大雑把だが、それでもありがたい。研究所の授業でその辺も教えくれればよかったのに。

 シャグマはその丸の中にさらに4つの丸を書いていく。


「この大陸には四つの国があってぇ、それぞれ別の種族が治めているんですよぉ。東にあるのが人間のカラム王国。南にあるのがエルフのソーン大森林。西にあるのがドワーフのアルメント王国。北にあるのが獣人達の獣人連合国」


 シャグマが丸の中に文字を書き込んでいく。エルフ、ドワーフ、獣人……。この国に来てからまだ人間しか見ていないが、それぞれどこに住むかがしっかり分かれているのか。


「それぞれの国との交流はどうなっている?」

「人間とドワーフは積極的に交易が行われていますよぉ。ドワーフからは武器や装飾品、人間からは主に食糧等ですねぇ」


 武器や装飾品……創作物だとドワーフは鍛治が得意でチビで力持ち、みたいな印象だが、この世界でもそうなんだろうか。


「獣人は一部では交流が行われているようですがぁ、人間の中には獣人を差別する者も多くあまり盛んではないですねぇ」

「差別? なんで?」

「差別される事に明確な理由なんてないですよぉ。獣の特徴を持った相手を獣扱いしたいんじゃないですかぁ?」


 うーん。やっぱり世界は綺麗な事だけじゃないよな。元の世界では肌の色が違うだけでも迫害されていたんだ。体に獣の特徴があれば、いいまとという事か。人間はどこの世界でも変わらないな。


「……でもその口ぶり、シャグマは違うんだよな?」

「ワタシなんて獣どころか魔物の特徴を持ってるんですよぉ? ワタシからしたら全部誤差ですよぅ」

「そういうもんか」


 まあなんにせよ差別しないのはいい事だ。この世界の獣人を実際に見た事はないが、絶対可愛いよな。ケモミミ、ケモしっぽ、もふもふしたい。


「最後にエルフのソーン大森林ですがぁ、こちらは全くと言っていいほど交流がないですねぇ。エルフは排他的ですからぁ」


俺の中のエルフのイメージは、耳が長くて美形、体型はスレンダーで自然を大切にするみたいな感じだ。この世界でもそうだったらいいけどなぁ。


「なるほど。だいたいわかった。じゃあなんでソーン大森林に向かうんだ?」

「消去法ですよぉ。ワタシの祖先はいままでカラム王国で研究をしてきましたぁ。しかし、それでも治療法は見つからない。なら他の国に探しに行くしかない」


 何世代もこの国で治療法を探してきたのに見つからなかった。だが他の国にはもうあるかもしれない、という事か。


「ドワーフは鍛治と戦闘の脳筋種族。獣人の連合国は寒いから嫌。そんなワケでソーン大森林にしたんですよぉ」

「……いやちょっと待て。ドワーフはまだ分かるが、獣人の方はなんだそれ」

「ワタシ寒いの苦手なんですよねぇ。獣人連合国は毎日のように雪降ってるらしいですよぉ。はぁ、やだやだ」


 想像するだけでも寒いのか、両手で腕を擦るシャグマ。


「いやだからって……。お前の命がかかってるんだぞ?」

「まあ流石にそれだけではないですよぉ。エルフは長命ですからねぇ。何かワタシ達の知らない未知の手法を持ってるかもしれないじゃないですかぁ」


 うーん、確かにそうか。

 まあエルフの国で何も見つからなければ獣人の国に向かえば良いだけか。


「よし、わかった。それじゃあ俺は何をすればいい?」

「そうですねぇ。旅に必要なモノの買い出し、装備品の購入、そんな所ですかねぇ」

「じゃあ行ってくる。……の前にこの世界の貨幣ってどうなってる?」

「……面倒だからワタシも行きますよぅ」


 〇


 まず見るべきは装備だ。武器は魔法で作れるとはいえ、あんな急場凌ぎの石刀では心もとない。マトモな武器が欲しい所だ。

 それに防具も必要だ。俺は死んでも復活するが、死ぬ度に復活地点まで戻るのは面倒だし、素っ裸になるのも問題がある。できれば死なずに進みたい。


 そう思っていたんだが……


「刀が……ない」


 王都の武器屋を見て回っても刀が置いていない。

 もちろん大剣や片手剣など、他の種類の剣はしっかりある。だが俺がシャグマとの訓練で使ってきたのは細身で片刃、僅かに反りの入った刀だ。


「刀は東方の島国の武器ですからねぇ。需要も少ないですしぃ、置いてないんですねぇ。ワタシは自分で作っちゃうんで知らなかったですよぉ」


 他人事のように言う。

 俺からしたら死活問題だぞ。壊れないかヒヤヒヤするし、いつまでもあんなダサい石刀で戦いたくない。


「ん? 東方の島国? なんだそれ」

「そういえば言ってなかったですねぇ。さっきの説明では省いたんですけどぉ、カラム王国の東に小さな島国があるんですよぉ」


 へぇ。なんだか日本みたいだな。東にあって、島国。しかも刀があると。何かの偶然か?


「ちなみになんて言う国なんだ?」

「ニフォンですよぉ」

「…………は?」


 二フォン? いや、なんか訛っているが、ニホン、だよな。これも偶然? いやさすがにおかしいだろ。


「その、二フォンってどういう国なんだ? 何時からある? 作った奴は? 文化は? 行き方は?」

「およよ。急にグイグイ来ますねぇ。なんでもむかぁしに召喚された勇者様が作った国らしいですよぉ。それ以上はそんなに知らないですねぇ」

「そうか……」


 勇者、おそらくそいつが俺と同じ日本の出身だったのだろう。自分の作った国に日本と名付けるとは、相当なホームシックだったに違いない。その勇者は日本に帰れたのか、それともこの世界に骨を埋めたのか。気になる所だが昔の話ともなると、もはや真偽も怪しくなってくるな。

 ……でも行ってみたいな。もしかしたらそこに俺の帰る方法のヒントがあるかもしれない。


「なあ提案なんだが、目的地を二フォンに変えるというのは」

「ダメですねぇ」


 即答かよ。


「なんでだ? せめて理由を教えてくれ」

「そもそもアミガサの家は二フォンの出身なんですよぉ」

「……マジか」


 確かに何だか名前に対して苗字(ファミリーネーム)が和風だなと思っていたが。


「ワタシの祖先は二フォンで土蜘蛛を殺して呪いを受けたんですよぉ。その後二フォンの地で呪いを解く方法を探したけど見つからなかった。だからこうして大陸を渡ってきたんですよぉ」

「なるほど」


 シャグマが刀を使うのもその名残か。

 にしても気になるなぁ。二フォンという国についても、元日本人の勇者についても。いずれ調べたいが、今はその時ではないか。


「まあそれは置いておいて、だよ。武器どうしよう」

「そうですねぇ、ひとまずワタシの『刀生成』の魔法陣を書き出して魔導書(スクロール)にしたものを渡しておくのでぇ、それを使ってください」

「わかった」


 魔導書(スクロール)とは中級魔法使い以上が作ったオリジナルの魔法を紙に書き出したモノだ。コレを売る事で中級魔法使いはある程度稼げるらしい。だが魔導書(スクロール)は使えば劣化するし、不慮の事故で壊れたりすれば使えなくなる。できれば暗記しておきたい。


 魔法で作った武器は鍛治で作ったモノより品質では劣るらしいが、どうせ使い捨てるモノだ。問題は無い。


 〇


 宿に帰り荷物を置く。基本的にそこまで重くないが、防具が嵩張って邪魔だった。

 防具はなるべく動きを妨げないように急所を守るレザーアーマーにした。俺の戦闘の師匠はシャグマだから、必然的に俺の戦い方も似たようなモノになってくる。すなわちヒットアンドアウェイとカウンターだ。

 とはいえ、俺はとてもじゃないがシャグマのように綺麗に避けることなどできない。だから最低限の防具はつける。

 ちなみにシャグマは防具は買わないらしい。対した度胸と技術だ。


「さて」


 俺は買ってきたモノの中から一枚の紙を取り出した。


「およ。手紙ですかぁ?」

「ああ。オルグが近況報告ぐらいしろとさ」


 ちょうどお洒落な便箋があったので買ってみたのだ。正直大して書く内容はないが、快く送り出してくれた恩もある。せっかくだから送ってやろう。


「あれ、そういえば宛先とか住所とかどうすればいいんだ? てか手紙ってどう出すの?」


 たぶんあの研究所に向けて出せばいいんだろうが、研究所の住所がわからない。それに向こうから送られて来る場合、こちらに住所がない上に旅をする関係上、俺は受け取れないぞ。

 くそ、スマホさえあればメールで一発なのに。手紙って面倒だな。


「宛先はワタシが書けますけどぉ。そうですねぇ……それじゃあ明日、傭兵ギルドに登録に行きましょうかぁ」

「え? なんで傭兵ギルド?」

「ギルドに登録すれば、変わりに手紙を受け取ってくれるんですよぉ。傭兵ギルドって大抵の街にありますから、旅をしてても大丈夫ですよぉ」


 へえ。便利だなぁ。


「でもそんな受け取り係みたいな使い方して大丈夫なのか?」

「もちろん少しは傭兵の仕事もしますよぉ。実は旅をするには少しお金が心もとなかったのでぇ、丁度いいですよぅ」


 そうだったのか。面倒だから財布はシャグマに任せていたが、そういう事ならもっと早く言ってくれれば良かったのに。どうせ俺は呪いの解呪には役に立たない。ならせめてこういう所で役に立たないとな。

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