第25話
『ゴブリンの討伐
報酬:15000ギル、追加報酬あり
概要:ゴブリンに家畜が拐われました。ゴブリンの討伐と、可能であれば家畜の回収をお願いします』
シィを連れて依頼主の元に向かう。シィはやたら張り切っているのか、後ろから刺すような視線を感じる。
正直俺は大して強くないから、あまり期待されても困る。ただ美人に期待されると張り切ってしまうのが男というものだ。
「ここが依頼主が家畜を攫われたっていう厩舎か」
集落から外れた場所にある厩舎。
……何を飼っているのか分からんが、凄まじい獣臭さだ。なんでこんな外れた場所にあんのかと思ったが、こりゃそうなるわ。
依頼主からは好きに入って調査していいと言われているので、鼻を抑えながら中に入る。
「カロロロロロ……」
「うわ」
中に入ると目に入るのは、マヌケな顔の四足歩行動物だ。ずんぐりとした体にくすんだ灰色毛皮。特徴的なのは頭頂部に生えた一本角……その跡。本来なら立派な角が生えていたのだろうが、それは根元からポッキリと折れている。
「これ何?」
「バンドロという魔物の一種ですねぇ。肉や乳がまあまあ美味しいんですよぉ。野生種は凶暴なんですけどぉ、こうして角を折ると大人しくなるんですよぉ」
「へぇ~」
そう聞くと去勢された猫みたいだな。
恐る恐る撫でると、スリスリとそのマヌケな顔を擦り付けてくる。かわいいな。獣臭いけど。
「ゲエップ」
「おえ、くっさ! おいコイツゲップしやがくっさ!」
生ぬるい呼気に顔を覆われる。
酸っぱいような、生臭いような、青臭いような。総じて臭い。
やっぱり可愛くないわ。
「あの……」
シィが何やら可哀想なモノを見る目をしている。
まずい、シィの中で俺の株が下がる音が聞こえる。
「でも妙ですねぇ。野生では凶暴なバンドロの臭いをゴブリンは怖がるはずなんですけどぉ」
「そうなんか。ってかシャグマは何してるんだ?」
「ゴブリンの侵入経路を見ているんですよぉ」
シャグマが厩舎の奥で何かを見ている。
そちらに行くと、厩舎の壁が破壊されて外の森が見えていた。その先には何かが引きずられたような跡と小さな足跡が地面に残っている。
「なるほど、ここからゴブリンが」
「えぇ。ここ二日ほど雨が降ってないのは幸運ですねぇ。足跡が残ってますよぉ」
「では、行きましょう!」
元気な声に振り向くと、シィが剣と盾を構えている。おい荷物持ちはどうした。
「いやいいよ。ゴブリン狩りは俺とシャグマでやるから」
「なんならワタシ一人で十分ですしねぇ」
「いえ、あたしも微力ながらお力添えを」
どうしよう。マジでいらない。
それよりも野宿をする事になった時用の食料とかをしっかり守って欲しい。だが、こんだけやる気に満ちていると、そういう事言うのもはばかられる。
俺はシャグマと目を合わせると、どちらからともなくため息をついた。
「まあ仕方ないですねぇ」
「構えるのはいいけど、前には出ないようにな。シィは荷物を守るのを第一に考えてくれ」
「はい!」
元気よく返事しながら前に出ようとするシィの肩をつかんで後ろに戻す。なんだか先行き不安だ。
〇
結局堂々と前に出て、森の中をずんずんと歩いていくシィの後ろを歩きながら、シャグマと声を潜めて話し合う。
(なあ、どう思うよ)
(どう、とは?)
(シィの事だよ。なんかやたらと前に出たがるだろ)
戦闘狂なのかと思うほど前に出たがる。何度言っても自然と俺たちの前に出たがるから、もう諦めた。
どうせ相手にするのはゴブリンだ。シャグマがいれば何とかなる。
(なかなか病的なモノを感じますねぇ。リンネさんが煽ったせいなんじゃないですかぁ?)
(そうなんかなぁ?)
だとしたら申し訳ないが、それだけじゃない気がするんだよなぁ。色々とシィには気になる事もあるし、なにか別の理由がある気がする。
このままだとそのうち何か問題が起こる気がする。この後も俺たちの荷物持ちをするなら、一度話をした方がいいかもしれない。
「なあ、シィ……どうした? 立ち止まって」
声を掛けようとした時だ。気づくとシィは立ち止まって、鼻をひくつかせている。
「シャグマさん、リンネさん。なんかこの辺り獣臭くないですか?」
「え?……言われて見れば」
微かに漂ってくる獣臭さ。この臭い、さっきも嗅いだ。バンドロの厩舎に漂っていた、あの臭いだ。
「あっちから!」
「あ! おい、勝手に行くなって!」
走り出そうとしたシィの肩を掴む。
こんな所で先走られたらたまったもんじゃない。
「いいか、お前の、役目は、荷物持ち。わかる?」
「でも、あたしはお二人のお荷物になりたくないんです!」
「なってるよ! 今まさに! お前は荷物持ってくれてれば充分役に立つの!」
「うう……」
シィは雨に濡れた子犬のようにしょんぼりしている。くっ、美人がそういう顔するだけで、こっちが悪い事してるみたいに思えてしまう。いや、だがこれは大事な事だ。
「なあ、シャグマからも言ってやれ。………あれ、シャグマ?」
後ろを振り返るとシャグマの姿は忽然と消えていた。それと同時に木立の奥から聞こえてくる耳障りな悲鳴と戦闘音。
「あいつ先行きやがった。仕方ない追「行きます!」ちょ、だから先行くなって!」
木の根に足を取られそうになりながら音の先に向かう。その先には洞窟があり、その入口で二匹のゴブリンが首をはね飛ばされて死んでいる。
濃い血の匂いで獣臭さが塗りつぶされているが、この奥にシャグマとゴブリンがいるのは間違いない。
「今行きます!」
「もう終わりましたよぉ」
踏み込もうとした瞬間、奥から気だるげな顔をしたシャグマが出てくる。その隣には厩舎から盗まれたと思われるバンドロもいる。
「さすがシャグマってくっさ!」
シャグマに駆け寄り労おうとした瞬間、強烈な匂いに鼻がもげそうになる。ゴブリンの血の匂いとも、バンドロの獣臭さとも違う、生理的な嫌悪を感じる生臭さ。だが何となく嗅いだこともある。なんだこれは。
「ちょっ、何なんだよ、この臭オゥェ」
「リンネさぁん。どうしてゴブリンが家畜を殺さずに生かしたまま盗むか、分かりますかぁ?」
「え? なんだよ突然。わかんないけど」
そういえば何でだろう。
食べるためなら分かるんだけど、わざわざ生かしているのか。
「もしかしてゴブリンも畜産を覚えたのか?」
「いえ。ゴブリンにそこまでの知能はないですよぉ」
「じゃあ何でだよ」
「答えは性欲を満たすためですよぉ」
は?
シャグマが連れてきたバンドロをよく見れば、その全身にカピカピに乾いた白濁の跡が残っている。場所によってはいまだ生乾きで、強烈な臭気を放っていた。
「え、いやいや、まじ?」
「マジですよぅ。ゴブリンはどんな生物が相手でも孕ませられるという特徴がありますからねぇ」
マジかよ。この世界のゴブリンやべぇ。
穴があれば何でもいいんだな。
「って事はこのバンドロもゴブリン孕んでんの?」
「可能性はありますねぇ。まあその辺の処遇は依頼主に聞くことにしましょう。ワタシは雇い主にこのバンドロを届けてくるのでぇ、魔石の採取と死体の処理お願いしますねぇ」
「魔石……採取?」
「ああ、教えて無かったですねぇ。まあそれについては傭兵さんに教えて貰ってくださぁい」
シャグマは手を振ると、そのまま行ってしまった。正直ゴブリンに犯されたバンドロの臭いがキツすぎたから行ってくれるのはありがたい。
「で、シィ。魔石の採取ってなに?」
「魔石は魔物のお腹の中にある石のことです。魔力の塊で、傭兵ギルドに持っていくと買い取ってくれますよ」
シィは洞窟の入口で死んでいるゴブリンの傍に屈むと、その腹にナイフを突っ立てた。何度か探るように突き立てた後、小石のようなモノをつまみ上げた。
「ゴブリンの場合は臍の辺りにありますよ」
「シィ……お前よく平気な顔して出来るな」
「?」
一応俺もグロ耐性は多少はある方だと思っていたが、ここまでグロいのはちょっと無理だ。鉄臭さとも違う、ゴブリン特有の血の匂い。ヒクヒクと蠢く内臓。よく平気な顔で解剖なんてできるもんだ。
「気持ち悪くない?」
「何度もやってきたことですから」
「あ、そう……」
そのままシィは涼しい顔をしたまま、別のゴブリンを捌きに行った。彼女にしてみれば、これは特別な事でも何でもないことなんだろうが、俺にとってはなかなか勇気のいる事だ。
くそぅ、だが仕事だ。これをやらなければ金が手に入らない。シィが何度もやってきたという事は、俺が傭兵として活動するにはコレに慣れておく必要がある。
「ええい、ままよ」
俺はその緑の腹にナイフを突き立てた。
〇
ギルドに依頼の達成を伝えた俺たちは報酬を受け取ると、ギルドに併設された酒場の一角に陣取った。
「まずは初仕事達成お疲れ様」
「おつかれぇ」
「お疲れ様です」
「さて、仕事が終わった後にする事と言ったら1つだよな」
「はい! 宴会……」
「反省会だ」
虚をつかれた顔をしているシィを指さす。
「なあシィ。俺たちはお前が荷物持ちをやるって言うから付いてくるのを許したんだ。どうしてあんなに先走るような事をしたんだ?」
「うぅ……。あたしは『荷物持ちでも何でもやる』って言っただけで荷物持ちをやるとは言ってないです」
「おいおい。そんなトンチの効いた答えはいいんだよ。お前ゴブリンの集団に1人で突っ込んでも勝てないだろ。もっと後先考えて行動してくれないと困るぞ」
シィは目に見えてしょげている。そのしおらしさを戦闘でも出して欲しいが、なんかまた戦闘になったら先走りそうな気がする。
そういえば初めて会った時も1人でゴブリンの集団と戦っていたな。傭兵の仕事には慣れている様子だったのに、自分の力量は分かっていなかったのか?
「シィは傭兵やってどれくらいなんだ?」
「5年です。13の時からやってます」
という事は18歳か。日本だったら花のJKなのに、こんな肉体労働の過酷な世界に生きているなんて、そりゃ苦労もする。いや、今はそれはいい。
「その間、ずっと1人で?」
「いえ。少し前まではいたんですけど……最近追い出されてしまって」
「あ~」
「あたしが、あたしが弱いせいで。うっうぅ……」
地雷ふんだわ。
シィは目に見えて落ち込み、顔を覆って肩を震わせている。
だから初めて会った時、1人で戦っていたんだな。普段パーティで戦う分には余裕だった相手、それが数のアドバンテージを失えばどれほどの脅威になるか知らなかったんだ。そして危うく殺されかけた所に俺達が通りかかったと。
だが一つ言いたい事がある。
「なぁシィ。お前が追い出されたのは、お前が弱かったからじゃなくて、無駄に先走る性格のせいだと思うぞ」
「うわぁぁああん!」
「あーあ、リンネさん、女の子泣かしたぁ」
「しょうがないだろ。誰かが言ってやらなきゃ治らんだろうし」
シィの元仲間も言ったのだろうか。言った上で治ってないとするなら、なかなかに重症だ。
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