第16話

「ワタシとセックスしてください」

「……………………………………………は?」


 シャグマの研究室に呼び出された俺は、放たれた言葉に思考を停止させた。


「なんて?」

「ワタシとセックスしてください」


 俺の聞き間違いかと聞き直してみたが、帰ってきたのは一言一句同じ言葉。


「あーその、セックスというのは、何かの隠語だったりするのか?」

「そうですよぉ。あ、もしかして被検体さん知らなかったんですかぁ」


 なんだ。びっくりした。

 だよな、さすがにシャグマが俺と子作りなんてしようとするはずが


「セックスというのは子作りを意味する言葉です」

「まんまじゃねぇか!」


 何も隠れていなかった。

 はっぱ隊と同じくらい隠れていない。


「もしかして性交渉と言った方がよかったですかぁ?」

「性交渉でも生殖でも交尾でも腰ぶつけごっこでも変わんねぇよ!」


 なんだコイツ。いったい何が目的なんだ。

 昨日までそんな素振りいったい無かったというのに。


「ま、まさか。お前俺の事がす、好きなのか?」

「そんなわけないですよぉ。思い上がりも甚だしいですねぇ。鏡を見てから言ってください」

「……お前には言われたくないけどな」


 左目に刻み込まれた深いクマ。右目を覆う包帯。手入れを放棄されたボサボサの赤髪。体付きも起伏に乏しく、女性的な魅力は皆無に等しい。正直パッと見は病人にしか見えない。

 いや、中世のヨーロッパでは病弱そうな事が美人の条件だったらしいし、案外シャグマはモテるのか?


 って今はそんな事はどうでもいいんだ。


「じゃあ何が目的なんだよ」

「決まってるじゃないですかぁ。被検体さんの体ですよぉ」

「ひぃ!」


 ゆらりと手を伸ばしてきたシャグマに身を竦める。

 こ、コイツ。この間は恩返しがどうのと殊勝な事を言ったと思ったら、本音はそれなのか。俺の事を性的搾取しようと、虎視眈々と機会を伺っていたのか。


「つべこべ言わずに協力してくださいよぉ。これも実験のためなんですからぁ」

「お前、俺が実験って言ったら何でもすると思うなよ」


 そもそもだ。俺がシャグマとのセックスを拒む一番の理由は


「俺は覚えてるんだぞ! お前の『土蜘蛛の呪い』はセックスで移るんだろ!」

「そうですけどぉ。それが何か?」

「はぁ!? 何かってお前……!」

「それが目的でセックスしようとしてるんですよぉ」

「……………………………………………は?」


 〇


 落ち着いてシャグマの話を聞いてみて、ようやくシャグマの言いたい事がわかった。


 シャグマは土蜘蛛を殺しうる毒薬を完成させたらしい。しかしその実験をするには『土蜘蛛の呪い』にかかった者が必要だ。そこで俺がシャグマとセックスし、『土蜘蛛の呪い』をうけた状態でその毒薬を飲むことで、毒薬が本当に土蜘蛛を殺せるか実験する。


「なるほどな。初めからそう言ってくれればいいのに」

「まあ確かにちょっと説明不足でしたねぇ。毒薬が完成して浮かれてましたよぉ」


 俺はシャグマの出したお茶を飲みながら頷いた。

 まったく、いきなりあんな事を言われたら誰でもああなる。


 シャグマのやりたい事は理解できた。

 だがだからと言って、じゃあセックスしようぜ! とはならない。


 なんというか、シャグマは異性として見れないのだ。見た目が好みではない、というのもあるが、問題はそれだけではない。

 シャグマは俺の剣の師匠であり、魔法の先生でもある。この異世界に来てから、なんやかんや一番お世話になっている。一言で言えば恩人だ。そんな相手にチンコおったてて突っ込むなんて考えられん。


「……なんか別の方法ないの?」

「その場合、ワタシはどこの馬の骨とも知らぬ人と交わってから、その人に毒薬を飲ませる事になるんですけどぉ?」

「それは……ダメだな。色々と」


 適当な人と交わるとか危ないし、交わって殺すとか物凄い猟奇的だし、そもそも人殺しだし、色々と問題だらけだ。

 その点、俺なら死ぬけど復活するし、知らない仲ではないし、了承も取りやすい、と。


 いや、でも……


「シャグマはさ、もしこの実験が成功したら……自分で飲むんだよな」

「そうですよぉ。その前に、被検体さんを脱出させてからですけどねぇ」


 つまりここが最後の分岐点だ。

 俺がこの実験に協力しなければ、シャグマはまだ死なずにいられる。『土蜘蛛の呪い』がシャグマを殺しきるまでは。


「俺は……シャグマには死んで欲しくない」

「……被検体さん?」


 何を今更、と思うかもしれない。だがこれが本音だ。シャグマと時間を共にすればするほど、その思いは強くなる。


「なあ、他の方法を探さないか? もしかしたら、シャグマは死なずに土蜘蛛だけ殺せる方法があるかもしれないだろ? 今すぐは無理でも、もう少し時間をかければ」


 醜い感情論だというのは分かっている。まるで駄々をこねる子供だ。だがそれでも言わずにはいられない。


「被検体さん。言ったでしょう? ワタシには時間がないんですよぅ」

「でも! もし俺の時に成功しても、シャグマの時には失敗するかもしれない! 絶対に成功する保証なんてない! だったら何か別の方法を!」

「探してる暇なんてないですよぅ。被検体さんに分かりますかぁ? いつ土蜘蛛に自我を侵食されるか分からない恐怖が。次の瞬間には大事な何かを傷つけてしまうかもしれない焦燥が」

「で、でも……」

「それに、もう遅いんですよぅ」


「えっ……うっ!」


 どくん、と心臓が脈打つ。意志とは別に股間が隆起し、呼吸が荒くなる。

 なんだ? 何が起きた?

 なんだか異様に……ムラムラする。


「ひひひ。ワタシ特製の媚薬入りのお茶はどうでしたかぁ? 念の為に用意しておいて良かったですよぉ」


 シャグマは立ち上がると、1枚ずつゆっくりと衣類を脱ぎ捨てていく。ただそれだけなのに、異常に興奮する。なだらかなその身体を艶めかしいとすら思う。

 やがて下着姿になったシャグマは、混乱し固まる俺にしなだれかかった。


「さあ、被検体さん。地獄のようなワタシの人生に、最後に艶やかな華を咲かせてください」


 まずい。このままでは、本当にシャグマを襲ってしまう。かくなる上は……


「くっ」

「きゃっ」


 俺は最後の理性を振り絞ってシャグマを突き飛ばす。そして空中に魔力で魔法陣を描いた。


「『じば』」「させませんよぉ」


 しかしその魔法陣は、完成しきる前に霧散してしまった。俺が失敗したのではない。シャグマから飛ばされた魔力の弾が、俺の魔法陣を破壊したのだ。


「びっくりしましたよぉ。まさか空中に魔法陣を描くのできるようになってたんですねぇ」

「くっ」

「ここで死なれたら、せっかく飲ませた媚薬もパァですしぃ。危ない危ない」


 ダメだ。もう理性が持たない。

 一刻も早く、目の前の雌に、己の情欲をぶつけたくてたまらない。その柔肌にむしゃぶりつきたい。思う存分、快楽を貪りたい!


「悩む必要ないですよぉ。ワタシは、全部受け入れてますから」


 そう儚げに微笑むシャグマは、あまりにも魅力的だった。

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