第14話

 その日、シャグマの研究室にはいつもとは違う緊張感が漂っていた。何を考えているのか分からない顔で、淡々と紙に〇をつけていくシャグマ。俺はそれを、祈るように両手を組んで見守っていた。


 かたん、シャグマがペンを置く。

 俺は生唾を飲み、シャグマが言葉を発するのを待った。


「中級魔法使い試験、合格ですよぉ。おめでとうございまぁす」

「っしゃあ!!」


 ガッツポーズ。

 ようやく合格できた。これまでやってきたかいがあるというものだ。


「まあ俺にかかればこんなもんよ」

「3回落ちてましたけどねぇ」


 それは言わないお約束だろ。


「にしてもこれで俺も中級魔法使いか」

「いえ? 違いますよ?」

「あれ?」

「今のは模試ですよぅ。中級魔法使い試験で出されるレベルの問題を予想してぇ、ワタシが作った問題です。実際に試験を受けるには魔法使いギルドに行かないとですねぇ」

「なんだよ。喜んで損した」

「いえいえ。速度も正確さも及第点。これなら本番も余裕ですよぉ」


 確かにほとんど本番と同じ問題を解けるようになっているなら、問題ないか。それに本番で変に緊張せずにすみそうだし。

 そもそもこの試験も英検とか漢検みたいな証明書であって、許可証ではないらしいし。要するに試験に合格していなくても魔法は使えるから問題ない。


「さて、次は実技ですねぇ」

「あれ。試験ってもしかして実技もあるの?」

「そりゃあ有りますよぅ。と言っても筆記が出来れば簡単ですよぉ」


 考えてみれば当然か。いくら魔法陣を書けても魔法を打てない人を魔法使いと言っていいか疑問だしな。


「実技は何をするんだ?」

「筆記で書いた魔法陣を実際にいくつか使うだけですよぉ」


 なるほど。確かに簡単だ。

 でも


「……二度手間では?」

「何言ってるんです。もし間違った魔法陣を書いて暴発でもしたら怪我しちゃうじゃないですかぁ。ちゃんと筆記で安全が確認されてからじゃないと、怖くて使わせられませんよぉ」


 驚いた。この世界にもちゃんと安全性とかいう概念があったんだな。だが良く考えれば暴発を防ぐために魔法陣にはほぼ必ずセーフティを入れるよう指示されるし、魔法は便利だが危険なもの、というのは共通認識なのか。


「まあいいや。とりあえずとっとと実技やろうぜ」

「その前に、聞かなければいけないことが一つ」

「ん?」

「被検体さんは魔力で空中に文字を書くことはできますかぁ? こんな風に」


 シャグマが空中に指を走らすと、その後を追うように淡い光の線ができる。


「いや、できない。俺がやろうとすると……」


 俺は丹田と指先を繋げると、空中に魔力の線を引こうとした。しかしそれはブシュッと音がしそうな程に勢いよく飛び出ると、そのまま空中に霧散していく。


「下手くそですねぇ」

「伸び代があると言え」


 俺だって気にしてるんだ。俺もシャグマやオルグがやっているように空中に魔法陣を浮かべてスタイリッシュに魔法を打ちたい。だがこんな調子ではそれも叶わない。


 一応1人で練習もしたりしていたんだが、最近はシャグマとの戦闘訓練で魔力を使い果たしてしまうし、純粋に疲れすぎてすぐに寝てしまうからあまり出来ていない。


「でも一度魔法陣を手で書いてからなら、ちゃんと魔法も使えるから問題ないだろ?」


 以前発火の魔法を使った時のように、魔力の通りがいい特別なインクで魔法陣を書き、それに魔力を流すという方法だ。これなら魔力は散ることなく魔法陣を形成できる。


「試験自体はそれでもいいですけどぉ、それだと実戦で役に立たないんですよねぇ」

「実戦?」

「例えば前衛を務めてくれる誰かがいたら、前衛が時間を稼いでる間に魔法陣を書く、って事もできるわけですよぉ。でも実際にはそんな人はいませんよねぇ」

「じゃあその仲間を見つければ」

「街に行ったらそれでもいいかもしれないですけどぉ。問題なのはこの研究所から脱出する時、ですよぅ。ここから首都までどれくらい距離があるか知っていますかぁ? 道中には魔物も出ますし、野盗に襲われるかもしれない。悪いけどワタシはそこまで面倒は見れませんよぉ」


 確かに。

 俺の今の目標は研究所から脱出することだが、俺の人生はそれで終わりではない。脱出した後、街に行って生活しなければならない。


「要するに一人で戦える力が必要って事か」

「そぉいう事です。理想としては、剣と魔法を組み合わせた魔法剣士の動き、ですかねぇ」


 魔法剣士か。剣による接近戦をしながら、魔法で崩して隙を作り、必殺の一撃を叩き込む……カッコイイな!

 まあカッコイイというのと、できるというのはまた別の話なんだが。


「今すぐやれ、とは言いませんけどぉ。できるように練習しといてくださいねぇ」

「なんかコツとかないんか?」

「うぅん。…………繰り返し挑戦する、とか?」

「ないのか」


 戦闘訓練の時も思ったが、こんな根暗そうな見た目をしておきながら、わりと愚直な方法しかシャグマは提案しない。こう見えて案外根は真面目なのかもしれないな。


 〇


 その日の訓練を終え、自室に戻った俺はベットに突っ伏しながら考えていた。いったいどうすれば魔力で線を引くことができるようになるだろうか。


 指を目の前に持ってきて、なけなしの魔力を出してみる。するとぼひゅっと勢いよく魔力の塊が飛び出した。そのまま魔力は空中に溶けるように消えていった。


 思わずため息をつく。


「おや~悩み事ですか~」

「カレンさん。まあ悩み事と言えば、そうですね」


 いつの間にやら部屋にいたカレンさんが、いつものほんわかした表情でこちらを見ている。

 確かに悩んでいるが、カレンさんに相談したところで何とかなるのか。いや、そういえば魔力での肉体強化をできるようになったのはカレンさんのおかげだったな。だったら今回も何か有益な事を教えてもらえるかもしれない。

 ……でもなあ、今は魔力が尽きかけているしなぁ。せっかく教えてもらってもあまり実践できない。何か魔力を回復させる方法があれば……いや、あるじゃないか。


「俺の事を殺してください」

「……相当深刻な悩みみたいですね~」


 そういうワケでもないんだけど。

 何かいらぬ誤解を与えてしまった気がする。


 〇


「なんだ~そういう事だったんですね~びっくりしました~」

「いや、すいません。誤解を招くような言い方をしてしまって」


 カレンさんにしっかりと事情を伝えた。

 確かにあれだとただの自殺志願者だ。気をつけなければ。


「う~ん。でもそういう事なら~あえて魔力は少ない状態でやった方が~上手くいくかもしれませんね~」

「え? どうしてですか?」

「リンネさんは~魔力の操作能力に対して~魔力が多すぎるんですよね~。湖の水を~木の板1枚でかき混ぜようとしてる~みたいな感じです~」

「……なるほど」


 言いたい事は何となくわかった。

 俺は魔力の操作方法を知らないうちに、魔力ばかり増やしたせいで、魔力の方に振り回されているのだ。だから魔力が少ない今のうちに魔力の操作方法を覚えた方がいい、と。


「だったら、オルグやシャグマも早く魔力の操作方法を教えくれればいいのに」

「彼らにしてみれば~魔力の操作方法なんていうのは~物心ついた頃にはできるものなんですよ~」

「あー、そういうのって逆に教えづらいですよね」


 自転車の乗り方とか、スキップの仕方とか、体に染み付いた動きというのは言語化しにくい。魔力の操作とはこの世界の人にとってはそういうものなのかもしれない。


「それに~普通の人はリンネさんと違って~こんな短期間に魔力が増えたりはしないんですよ~」


 確かに、数ヶ月前まで6歳児並と言われていた魔力が、今や平均の6倍だ。しかも増やそうと思えばまだまだ増える。

 普通の人は魔力を使い切って再び回復するのに早くとも2、3日かかるらしい。つまり1日100回魔力を使い切っていた俺は1日で2~300日分の訓練をしていた事になる。そりゃアホみたいに魔力も伸びるわな。


「分相応の魔力で~分相応の魔力操作能力で~少しずつ成長する~。リンネさんも一度~そこからやり直すべきですかね~」

「なるほど。分かりました」


 俺の分相応の魔力量……それって6歳児並か?

 それだとすぐに魔力欠乏症起こしそうで怖いんだよな。いや、それぐらい慎重にやれという事か。


 思えば俺は魔力の多さに胡座をかいていたのかもしれない。シャグマは俺より魔力が少ないが、俺との訓練で魔力が尽きている所は見た所がない。俺が魔力欠乏症1歩手前になっているにも関わらず、だ。

 俺はどれだけ魔力を無駄にしているのか。


 イメージしよう。今まで俺は丹田から魔力を送るのにガスバーナーをイメージしていた。それを変える。

 パイプを細く、細く、絞っていく。例えるならば電線のように。そしてその先を指先に繋げ……


「はあっ!」


 しかし何も起こらなかった。なんだ? 線が細すぎたか? ならもう少し太く……


「おわっ」


 どぴゅ、と魔力が飛び出す。ただでさえ少ない魔力が放出されてしまい、頭がふらつく。くそ、慎重に、慎重に。少しずつ太くしていけば……


 どぽぽ


「あっ……」

「あらあら~」


 致命的な量の魔力が漏れだし、意識が遠くなってベットに倒れ込む。どうやら魔力を操るにはまだまだ先が長そうだ


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