第13話
いつもの如く晴れ渡る空の下、いつもの訓練場に声が響く。
「108! 109! 110!」
木刀を振り下ろす。上段に構え、もう一度振り下ろす。そしてまた上段に構え、繰り返し。
同じ動きをただひたすらに。
「224! 225! 22、6!」
「体幹がブレてますよぉ。もっと体の軸をイメージしてぇ」
「227! 228!」
シャグマに言われて動きを修正する。
疲れると体が思うように動かなくなるが、それは魔力で無理やり誤魔化す。
「380! 381! 382!」
キツイ。キツイが、そういう事を考えていると余計に辛くなるから、そういうのは考えないようにする。
俺は機械だ。ただ正確に木刀を振り下ろす機械。無心で振り上げ、無心で振り下ろす。同じ動きを正確に繰り返す。
「459! 460! 461!」
そうしているうちに、なんだか楽しくなってくる。いや、楽しいとはまた違うかもしれない。自身の動きが研ぎ澄まされていく、快感? みたいな。体から無駄な動きを削ぎ、余計な力みを抜き、力を入れるべき場所に力を込める。
「503! 504! 505!」
一種のランナーズハイかもしれない。
俺は決して運動の得意な方じゃなかったが、魔力で筋肉を強化すれば動けるようにはなる。子供の頃は休み時間に喜び勇んで外に遊びに行く奴らの気が知れなかったが、今ならわかる。
体を思うように動かせるっていうのは気持ちがいいもんだ。
「676! 678! 679!」
「はいはぁい。集中ですよぉ」
おっと雑念が混じってしまったか。集中だ。集中。
ただ振り下ろす。それ以外いらない。
どんな状況でも、最高の一振を。
「……! ……! ……! ……!」
「被検体さん? おぉい 被検体さぁん?」
「……18! 1019! 1020……あれ?」
いつの間にやら今日のノルマである1000回を超えていたようだ。集中しすぎて気づかなかった。
集中が途切れると、一気に疲れが押し寄せてくる。俺は木刀を地面に刺すと、ごろんと寝転がった。
「お疲れ様ですよぉ」
「あぁ、マジで疲れたよ」
「でも成長しましたねぇ被検体さん。少し前はぁ、ほんの300回ぐらいで休憩させろだのもう無理だの、しまいには殺してくれと騒いでいたのにぃ」
「……確かに」
シャグマが訓練係になってから一月ぐらいか?
始めた頃に比べればだいぶマシになった気はする。練習の成果が確かな成果として結びつくのは嬉しいものだ。
こうした成果の積み重ねが、やがてオルグの言う『最強』になるのだろう。そう考えると、このままここで『最強』を目指すというのも……
「いやいや、それはないな」
『最強』などというものに終わりはない。たとえ俺がこの世界の何よりも強くなっても、オルグはその先を目指すだろう。結局俺はココに軟禁され続ける。そんなのはゴメンだ。
今はとりあえず、自身の成長を噛み締めよう。
ああ、爽やかな風が火照った体に染み渡る。どこまでも澄んだ空は突き抜けるように清々しい。
「そういえば、いつも晴れてんな」
「今は乾季ですからねぇ」
「乾季? 季節があるんだな」
「当然ですよぉ。あと2ヶ月もすれば雨季が来ますねぇ」
「へぇ」
そういえば、俺はこの世界の事を何も知らないな。俺が知っている事はこの研究室で起きる事だけ。
気候、風土、文化、生態系、生活様式……もうこの世界にきてかなり経つのに知らない事が多すぎる。
なんだかもったいないなぁ。
「ほら、被検体さん。そろそろ休憩時間は終わりですよぉ」
「わかったわかった。次は何だっけ」
「次はワタシと手合わせですねぇ」
「うげ」
手合わせ……正直苦手だ。
シャグマがだらりと木刀を構える。まるで力が入っておらず、パッと見は隙だらけで、手を抜いているようにも見えた。だがそこに一切の隙がない事を俺は知っている。
「ほいっ」
「くっ!」
力の抜けた声と共に、予備動作なく木刀が振られる。だというのに剣は重い。木刀を握る手が痺れている。
「くそっ」
痺れた手に魔力を流し込み、無理矢理動かす。しかし力任せに振るった剣は、シャグマが少し木刀を添えて力の向きを変えるだけで、明後日の方へ。
「また腕だけで振ってますよぉ。体幹を意識しないとぉ」
「あだっ」
がら空きの胴をうち据えられる。
体の芯に響く痛みだ。呼吸をする度にじんじんと痛む。
「ほらほらぁ、休まない」
「くそっ、ちょっとは手加減してくれ、よ!」
「してますよぉ、これでも」
全力の横薙ぎを、片手で防がれる。
切り上げも、袈裟斬りも、突きも、フェイントも何もかも涼し気な顔でいなされていく。
「はぁ……はぁ……」
何も、通じない。
実力差がありすぎるんだ。
何をしても無駄なんじゃないかとすら思えてくる。
だから嫌なんだ。シャグマとの手合わせは。
せっかく自分が強くなったような気がしても、そんなのは全部思い違いだと突きつけてくる。圧倒的な無力感。
「くそったれ!」
「あまぁい」
「がはっ」
ヤケクソ気味に突っ込んだ俺は、カウンターのように置かれた突きにより地面を転がった。
「こひゅ……はっ……はっ……」
息が、できない。
肺の空気が押し出され、肺が痛む。
何やっても通じない。それどころか手痛い反撃をくらう。あんなに訓練しても、結局意味なんて……
「そんな剣を教えた覚えはないですよぉ。練習どおりにやってくださぁい」
「練習、どおり……?」
練習って言ってもやってることなんて素振りくらいで……いや、そうか。
俺は木刀を杖代わりに立ち上がると中段に構えた。そのままじりじりと、静かに距離を詰める。
相変わらず打たれた胴は痛むし、呼吸は辛いし、体は疲労でずしりと重い。それでも構えは崩さない。そういう風に訓練してきたんだから。
「ふぅん」
俺の構えが変わったのを見て、シャグマも構えを変える。極端に脱力した中段の構え。だがそれは手抜きや、隙ではない。シャグマ流の理想的な構えなのだ。
お互いにゆっくりと距離を詰める。
やがてお互いの木刀が触れそうな距離まで。
「……こないんですかぁ?」
「行くさ」
どちらかが一歩踏み込めば、即座に間合いだ。
相変わらずシャグマに隙はない。だが俺のやる事は変わらない。
「はっ!!」
踏み込みと共に木刀を振り下ろす。何万回と繰り返した動きだ。もはや意識するまでもない。
全身の筋肉、魔力が連動して、ひとつの結果を導き出す。
その時、ピン、と何かが繋がった。
(なんだ、これ)
世界がゆっくりと動く。振り上げた木刀が振り下ろされる、その軌道が明確にわかった。
それだけでは無い。シャグマの動きもわかる。シャグマは俺の木刀に木刀を添えて受け流そうとしている。このままでは、また手痛いカウンターをくらうだろう。
どうする。いったん引くか? 今の状態なら、攻撃を中止して仕切り直せそうな気がする。
……いや、違うな。
俺が練習してきたのは、ただ振り上げ、振り下ろす事。
このままシャグマの脳天へ、木刀を叩き込む!
かち合った木刀が、流されることなく真っ直ぐ進む。シャグマも違和感に気づいたのだろう。ぴくりと視線を上に向けるが、もう遅い。このまま真っ直ぐ
「あれ?」
気づくと木刀は空を切り、その切っ先は地面にめり込んでいる。おかしいな。今確かにシャグマに当たる所だったはず……
「いやぁ、今のは危なかったですよぉ」
「あだ」
背後から蹴り飛ばされ、膝をつく。後ろを振り返れば木刀を肩に担いだシャグマが飄々と立っていた。
「いつの間に後ろに」
「ひひひ、速さが違うんですよぉ。速さが」
目の前で消えて背後に立つほどの速さとはいったい。いやそんな事より
「なあシャグマ。今なんか目の前が突然ゆっくりになったんだが、なんだあれ」
「およよ。やっぱりできてたんですねぇ。それが感覚強化した世界ですよぉ」
あれが感覚強化?
なるほどシャグマやオルグはあの状態で戦ってたわけか。そりゃ俺が勝てないワケだ。あの状態なら俺の動きを見てから動ける。とんだ後出しジャンケン状態だ。
それにあのスローな状態なら、筋肉強化を強めた動きにも対応できるだろう。という事は俺も今の感覚強化と筋肉強化を極めればシャグマみたいに目の前で消えるような動きもできるんだろうか。
「でもなんで突然できるようになったんだ?」
「ひひひ、練習の成果ですよぉ。被検体さんは筋肉の強化か感覚の強化のどちらかしか出来なかったんですよねぇ」
「ああ」
魔力で強化しようとすると、どれかひとつに意識を集中しすぎて、それ以外を強化出来なかった。
「だったら筋肉強化を無意識でも行えるようになればいいんですよぉ。そうすれば感覚も強化する余裕が出るでしょう?」
「なるほど」
そのためのあの素振り。気が狂った量だと思っていたが、あれは俺が無意識でも筋肉強化をできるようにするためだったのか。
ただ意味もなく量をこなさせていたわけじゃなかったんだ。
「今回できるようになったならぁ、後はそれをいつでもできるようにするだけですねぇ」
「そうだな。結局、また練習か」
せっかく異世界に来たんだから、もっとお手軽に強くなりたかったけど、現実は厳しいな。
でもこういうのも、悪くない。
俺は心地良い疲労感に浸りながら、寝転がり
「ほらサボろうとしなぁい。もう一戦いきますよぉ」
「……ちょっとは休ませてくれよ」
流れ的に休めそうだったのに。
いくら魔力である程度は誤魔化せるとはいえ、疲労は溜まるし魔力にも限界はある。
「限界超えてからが本番なんですよぉ」
「お前って見かけによらず体育会系だよな」
〇
「今日はこんな所ですかねぇ」
赤い夕日が沈む頃、シャグマは木刀を地面に突き刺しながら呟いた。俺はそれを地面に突っ伏しながら聞いている。
シャグマに打たれた場所は鈍痛を訴えているし、全身は疲労で鉛のように重い。魔力もほとんど使い果たし、軽い魔力欠乏症の症状が出てきている。
「お前……なんでそんなに……ピンピンしてるんだよ」
「ひひひ、才能の違いって奴ですかねぇ? これでも地元じゃ神童って呼ばれてたんですよぅ」
つい最近鍛え始めた俺とは違い、シャグマは子供の頃から鍛えてるって事か。やっぱりこういうのはやってきた年月がモノをいうんだな。
俺はゆっくりと体を起こしながら頭を抑えた。
「くそ、頭いてえ」
「およよ、魔力欠乏症ですかぁ?」
「ああ。魔力量は結構鍛えてたと思ったんだけどまだ足りないのか。ちなみにシャグマはどれくらいあるんだ?」
「ワタシはだいたい3人力と4人力の間ぐらいですかねぇ」
「え、それだけ?」
6人力ある俺はこうして魔力欠乏症でぶっ倒れていたのに、俺の3分の2ぐらいのシャグマは平気な顔をしている。納得いかない。
「これでも多い方なんですよぉ? 被検体さんは魔力の使い方の効率が下手すぎるんですよぅ。まあ今まで魔力のない世界で暮らしていたならしょうがない話かもしれないですけどぉ」
「へぇ」
効率でそんなに変わるんだな。これも練習して効率的な魔力運用を覚えるしかないか。
……にしても魔力量は4人力でも多い方なのか。そういえば1人力で平均的な魔法使いの魔力量なんだっけ。平均の4倍なんだからそりゃ多いか。
そして平均の6倍である俺はかなり多いという事になる。今は魔力の使い方が下手すぎてあまりいかせてないが、これは俺の大きな武器になりうるよな。
「ああ、そうだ」
シャグマが何かを思いついたのか、ポンと手を叩いた。
「分かりやすく目標でも立てましょうかぁ」
「目標?」
「ええ。被検体さんは雨季が来るまでにワタシから一本取ってください」
「マジで?」
雨季……確か後2ヶ月ぐらいって話だったよな。それまでにシャグマから一本取る? こんなにボコボコにされてるのに?
「さすがに無理がないか、それは」
「無理なんてないですよぅ。人間、死ぬ気になれば案外何とかなるもんですよぉ」
俺は死ぬ気どころか実際に死んでるけどな。
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