第12話

「きっつ」


 俺は生まれたての子鹿のように全身を震わせながら机に突っ伏した。全身が疲労で悲鳴をあげている。このまま部屋に帰って今すぐ寝たい。


「おやおやぁ? だらしないですねぇ」

「誰のせいだと思ってんだよ」


 俺はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるシャグマに毒づいた。俺がこんな状態になってるのは、朝の魔力訓練が戦闘訓練になったこと、そして指導係がシャグマに変わったせいだ。


 シャグマの訓練は、ひたすら基本に忠実だ。素振り、型、筋トレ。そういう単調で辛い訓練の繰り返し。

 しかも殺されないから体に疲労が溜まっていく。何度も殺してくれと懇願したが、シャグマは絶対に殺してくれなかった。


「ほら、起きてくださいよぅ。授業を始めますよぉ。居眠りしたらお仕置ですからねぇ」

「くそっ、覚えとけよお前」


 〇


 つかれた。

 あのやろう。俺が居眠りする度に気付け薬嗅がせやがって。なんどぶん殴ってやろうかと思った事か。とはいえ、俺が殴りかかっても余裕で反撃されそうだが。

 くそ、鼻も頭もジンジンする。


 なにはともあれ飯の時間だ。腹が減っては戦はできぬ。俺は大して美味くもない飯を食べに食堂へ来た。


「ん?」


 なんだか食堂がザワついている。何かあったのだろうか。だが今は疲れているため、あまり気にする余裕はない。俺は飯を受け取ると席につき、味気ないスープをすすった。


「んん!」


 口に運んだ瞬間広がるキノコの風味。それに濃厚な肉の旨味。なんだこれ。今までの味気ないスープとは格が違う。明らかに美味くなっている。


 耳をすませば、周りも同様の反応をしている。なるほど、食堂に入った時のざわつきはこれが原因か。


 この味の変化は調理法が変わったとか、そういうのではないな。明らかに味が違う。何か新しい食材を仕入れたのだろうか。

 まあ理由は分からないがありがたい。食事が美味ければやる気も上がる。俺はスープをスプーンですくい


「ア………ア………」


 具材についた顔のような模様と目があった。


 〇


「おいシャグマ!」

「なんですかぁ騒々しい。静かにしてくださいよぅ」


 俺は荒々しくシャグマの実験室の扉を開けると、シャグマに詰め寄った。


「なんで食堂の定食に人面キノコが入ってるんだ!」

「人面キノコじゃなくてマンドラゴラモドキですよぉ。入ってるのはワタシが食材として提供したからですねぇ」


 シャグマは何やら作業をしながら、こちらも見ずに答える。


「お前なあ!」

「何を怒ってるのかわかんないですけど、静かにしてくださいよぉ。もうあのキノコは無毒って証明されたでしょう? 何か問題でも?」

「それは……そうなんだが」


 人に毒見をさせるような食材を、こんなにもすぐに多くの人に提供しようと思えるその神経がわからない。たくさん食べたらダメとか、症状が出るまで時間がかかるとかの可能性もあるだろうに。


「俺が言いたいのはもっと慎重にだな」

「どうでもいいですけどぉ、とにかく静かにしててくださいよぉ。今はこの子達の世話で忙しいんですよぅ」

「……そういえば、さっきから何をしているんだ?」


 シャグマは何やら大きな箱の前で作業をしている。世話? 動物とか飼ってたのか?


「見ますかぁ?」

「見るけど……ってうわ」

「はい、しーー、ですよぉ」


 思わず叫び声をあげそうになる俺の口を、シャグマが抑える。箱の中にあったのは無数の人面キノコ──マンドラゴラモドキだ。


「今マンドラゴラモドキの養殖をしてるんですよぉ。ひひひ、今のところ大成功ですねぇ」

「……きもすぎる」

「騒ぐとキノコ達が起きて騒ぎ出すんで静かにしてくださいよぉ」


 マンドラゴラモドキは眠ったようにその目を閉じている。無数の人面キノコが眠る様子は、地雷原さながらだ。

 あまりにショッキングすぎる光景に思わず後ずさる。


「本来ならマンドラゴラモドキは生物が近づくとマンドラゴラの叫び声に似た声を出して騒ぐんですけどぉ、どうやら眠りの魔法を使う事でそれを防ぐ事ができるみたいなんですよぉ」

「そいつら本当にキノコか? 実は動物なんじゃないか?」


 キノコのくせに眠るのか。

 まあキノコは植物よりも動物寄りの存在と聞いた事もあるしな。いや、そもそも異世界の動植物を日本と同じ感覚で考えるのが間違っているのか。


「でも、なんでそんなキモいキノコを養殖してるんだ?」


 マンドラゴラモドキが完全に無毒とするなら、シャグマの目的である土蜘蛛を殺す毒の作成には関係ない。


「一言で言えば金のためですねぇ」

「なんか俗世的だな。お前はそういうの興味無いと思ってたけど」

「そんな事ないですよぉ。金が無いと研究ができない。研究ができないと毒が作れない。目的の達成の為には回り道も必要ってことですねぇ」


 確かにそうか。研究のための予算は無から湧いてくるものではない。ここが研究所という組織である以上、予算に限りはある。


「つまり予算を回してもらうために、分かりやすい成果を作った……って事か?」

「そぉいう事です。まあ他にも目的はあったりなかったりするんですけどぉ……それは今はどうでもいいですねぇ」

「?」


 シャグマはマンドラゴラモドキの入った箱を慎重に片付けると、コチラに向き直った。

 なぜか笑顔だ。少し嫌な予感がする。


「それよりもぉ、いいタイミングで来てくれましたねぇ。ちょうどマンドラゴラモドキの世話が終わったら呼ぶつもりだったんですよぉ」

「……何の用だよ」

「もぉ少しコッチに来てください」


 言われた通りに近づくとシャグマの目の前に魔法陣が現れ


「『睡眠(スリープ)』」






「んぐぉ!」

「はぁい、おはようございまぁす」


 今日散々嗅がされた気付け薬の刺激臭。ジンジンと痛む鼻を抑えながら、自分が寝かされていた事に気づいた。


 部屋には見覚えがない。研究室と違い片付いており、俺が寝ていたのはベットのような場所だ。ただ、目の前に以前も使った撮影用の大きな魔道具がある。これがあるということは……


「どうぞぉ。今日の中毒検査の時間ですよぉ」

「……やっぱりか」


 目の前に置かれた木の実。直径は1cm程だが、見た目はブドウに似ている。だがシャグマが出してきたものだ。マトモなものじゃないのは間違いない。


「なあ、これって」

「安心してくださいよぉ。間違いないなく超がつく劇物ですよぅ」

「何も安心できる要素がないんだが」


 恐る恐る木の実を摘んでみる。とても人を殺せるようには見えない。ブドウと一緒に出されたらうっかり食べてしまってもおかしくない。


「ちなみに、モルモットでの実験ではどんな症状が出たとかは」

「被検体さんには変な先入観とか持たずにぃ、素直な感想が欲しいので教えてあげませぇん」

「……さいですか」


 でも変に教えられる方が怖かったかもしれないから、むしろ知らない方がいいか。

 でもどちらにしろ怖いものは怖い。


 死んでも復活するとはいえ、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。なるべくなら死にたくない。もう何度も死んで死になれた今でも、もしかしたら次はないんじゃないか、という思いはある。それでもコレは俺にしかできない事だし、俺の脱走に協力するというシャグマとの交換条件でもある。


 ええい、無心だ。無心。無心でレビューをするのだ。


「あむ」


 噛んだ瞬間、口の中で酸味が弾ける。

 同時にしゅわしゅわとした感覚。まるで炭酸ジュースのような爽快感が突き抜ける。


「うま……」


 感動だ。デザートや甘味というものをこの世界に来てからほとんど食べていないが、この世界の果実はこんなにレベルが高いのか。

 毒がある、というのが信じられないぐらいだ。


「なあ、これもう一個食べていいか? 」

「いいですよぉ。一個と言わず、有るだけどうぞぉ」


 ぷしゅ、しゅわり

 ぷしゅ、しゅわしゅわ


 ひとつ、またひとつと口に運んでいく。味だけでなく、弾ける感覚がアクセントとなって飽きさせない。すごい、こんな果実があるなんて。思わず夢中になって食べきってしまった。


「すげぇおいしかった。今の本当に毒があるのか? 実はマンドラゴラモドキみたいに無毒だったり」

「さぁ? 人間には無毒な可能性もありますねぇ。何はともあれ、何か自覚症状が出た時にはすぐに言ってくださいねぇ」

「りょうか……い……」


 あれ、なんだ?

 口が回らない。なんだか妙に力が抜ける、よう、な?


「あ……ひけ………さん? ………か………たかぁ」


 女がなにか……いってい? ききとれ、な?

 あれ? おれ、なにを






「ん?」


 目を覚ますと見慣れない天井が目に入った。

 だが見覚えはある。さっきまで実験をしていた、シャグマの実験室だ。


「裸……ってことは死んだのか」


 何がどうなったのやら。ブドウみたいな果実を食べた所までは覚えている。そこから急に頭が回らなくなって……

 ダメだ。思い出せない。

 その時、扉を開けてシャグマが顔を出した。


「おやぁ。復活したんですねぇ」

「シャグマ。いったい何が起きたんだ?」

「そうですねぇ。説明するより見た方が早いですねぇ」


 ちょいちょいと手招きされてそちらに向かう。

 場所は廊下だ。そこに蠢く緑色の何かがいた。動けないように拘束されているが、それでも何とか逃れようと暴れている。


「なんなん、これ」

「これは被検体さんの成れの果て、ですねぇ」

「え」


 よく見るとその緑色の怪物は人型をしている。その緑色の正体は人の体の周囲を埋め尽くすほどの蔦だ。


「ぐおあああ」

「ひっ」


 呻き声をあげながらひっくり返った怪物の顔を見て戦慄する。正気を失い、蔦に侵食されているが、それは間違いなく俺の顔だ。

 自分の顔をした怪物が暴れ回っている姿に、全身に怖気が走る。


「な、な、なんなんだよ、あれ。お前、俺に何食べさせたんだよ」

「被検体さんに食べさせたのはグリーン・シェイプシフターという魔物の木の実ですよぉ。寄生性の魔物でぇ、普段は普通の植物のフリをしてぇ、木の実を食べさせる事で仲間を増やすんですねぇ。あんな風に」

「うえぇ」


 シャグマは何やら手元の紙に書き込みながらじっくりと観察している。だが俺はあまり見たくない。自分の顔をした怪物が暴れているのは、なかなか精神に来るものがある。


「被検体さんも変化の過程を詳細に記しといてくださいよぉ。忘れないうちに」

「……わかった」


 あまり見ていたくないからその場を離れ、シャグマの実験室で紙にその時の感覚を書き込んでいく。

 復活しているから体に悪影響は残っていないはずだが、気分が悪い。それだけショッキングな光景だったと言うことだ。


「寄生性の魔物……か」


 シャグマの仇敵である土蜘蛛も寄生性の魔物という話だったな。今回は土蜘蛛に対する対抗策を探すために似たような生態である寄生性の魔物を調べている、という事だろうか。

 本格的にシャグマの実験が始まったんだ。恐らくここから土蜘蛛を殺すための毒を探すことになる。それを見つけられれば、その時は……。


「考えて、おかないとな」


 俺はどうすればいいんだろうか。

 果たして俺の脱走には、シャグマの命を使うほどの価値があるのか?

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