第10話

 なんだか今日は今朝から慌ただしい。今朝の魔力訓練も異様に急かされたし。なんだか担当の研究員達も浮き足立っているようだった。


 なんかお偉いさんでも来るのかな? まあ俺には関係ない話か。


 そう思っていたのだが……


「リンネよ、久方ぶりだな。訓練は順調か?」

「オルグ。確かに凄い久しぶりだ。訓練は順調だけど」


 食堂で昼食をとっていると、最近見なかった筋肉ダルマが話しかけてきた。オルグは勝手に俺の前に座ると飯を食べ始めた。正面にはち切れんばかりのむさ男を眺めながらだと味が落ちるからやめて欲しい。


「最近見なかったよな。何やってたんだ?」

「うむ。とある超大規模魔法の準備に忙しくてな。今日はようやくそれが一段落した所だ」

「ほーん」


 超大規模魔法……そういえばコイツはただの筋肉ダルマではなく、偉い魔法使いだったな。普段筋トレしている所しか見なかったから忘れていた。


「超大規模魔法ってどんな?」

「ふむ。それは機密だから本来は言えないのだが、リンネならいいだろう」

「?」

「飯が終わったら着いてくるといい。後輩を迎えに行くぞ」


 こうはい……? それってまさか。


 〇


 足元に輝く幾何学的な魔法陣。周囲に置かれた水晶球が光を乱反射し、幻想的な雰囲気を醸し出している。巨大で複雑なそれは全体像を把握することもままならない。書かれている指示も知らない単語や使用法ばかりで、理解不能だ。

 魔法陣の周囲では多くの研究員が最終調整のためか慌ただしく駆け回っている。忙しそうだが、彼らはどこか満足げだ。おそらく自分達の行っているプロジェクトがどれだけ重要かを知っているが故の充実感に満たされているからだろう。

 ってか魔法陣の周りに置かれているの、もしかして俺が毎朝魔力を吸い取らせてた水晶球じゃね。なんで毎朝毎朝絶対にやめずにやらせてんのかと思ったら人の事充電池替わりにしてたのか。今度事故ったフリして砕いてやろうか。


「ふっふっふ、感慨深いな、リンネよ」

「そうかぁ?」


 ここは俺が召喚された場所だ。俺にとってはまだ見ぬ新天地の入口であり、忌々しき牢獄への入口でもある。

 今日、ここで俺に次ぐ二人目のモルモットの召喚が行われるのだ。


「にしてもなんで二人目を召喚するんだ? 俺じゃ不満か?」

「そういうわけではない。むしろリンネ、お前は成功と言ってよい。だからこそ二人目を呼ぶのだ」

「はぁ?」

「いかに強力な戦士とはいえ、1人で出来ることには限界がある。だがそれが2人なら? 10人なら? 小隊なら、中隊なら、大隊規模なら! 出来ることは無数にある。いずれは世界最強の戦士集団を作れるだろう」


 オルグの言う事は理解できた。数の力は偉大だ。たとえ一体一体は弱くとも、群れることで力を発揮するのが人間だ。それが殺されても生き返る不死の軍団ともなれば、相対する敵からすれば悪夢だろう。

 だか理解できないことがひとつある。


「そんなに強くなってどうすんだよ。国盗りでもするつもりか?」

「国? そんなモノに興味はない。リンネよお前も男なら一度は考えた事がないか? 『世界で最強の男になりたい』と」

「お生憎様、俺は平和を愛する小市民なもので」

「俺は目指した。肉体、魔法、魔力、技術、薬学……ありとあらゆる努力を積み重ねた。だが努力すればするほど、それは俺の手には掴み取れないモノだと分かってしまったのだ」

「だからその夢を俺達に引き継がせよう……ってか?」

「そういう事だ」


 自分の叶えられなかった夢を息子に叶えさせようとする親みたいだな。俺はお前のお人形じゃねぇっての。


「そんなのは自分の子どもにでもやらせて、俺らみたいな無関係の奴らを巻き込まないで欲しいんだが?」

「生憎と我が娘には戦闘の才能が無くてな」


 俺もたいして無いと思うんだが。

 復活の力がそれを補ってあまりあるってか。


「さあ、そろそろ時間だ。始まるぞ」


 魔法陣の周囲に整列した研究員達が祈るように魔法陣に魔力を流していく。魔法陣はその輝きを一層強め、素人目にも何か物凄い魔法が行使されていることがわかった。

 そして呪文の詠唱が始まる。


 俺はそれを壁際によりかかりながら眺めていた。


 一番最初の被害者としては俺は止めるべきなんだろう。だが俺にはそれが出来るだけの力がない。おそらく俺ではここの研究員の誰にも勝てないだろう。力ない者が何を言ったとしても、それは月夜に提灯を掲げるが如く。


 それに、少し打算的だが脱出のための仲間ができるというのもある。さっきオルグが語ったように、数の力というのは大きい。

 1人では難しくても、2人ならいろいろとやりようが増える。

 そういうワケで俺は二人目の召喚に特に大きく反対したりはしなかったんだが……


 …………なんか詠唱やたらと長いな。


 そもそも魔法に必要なのは魔力と魔法陣であって、呪文の詠唱は必要ないという話だったろ。なのになんでこんなに長い詠唱をする?

 うーん。まぁ専門家であるここの研究員がやっているから必要な事ではあると思うんだが、どうにと気にかかるな。


 詠唱が進むに連れてだんだんと魔法陣の光が強くなっていく。もう既に目を開けているのも辛い程だ。やがて光は臨界点に達すると一際強い光を放った。


 気づけば詠唱は止まっていた。魔法陣の光も収まり、淡い燐光が部屋を照らしている。

 どうやら召喚は終わったようだ。

 さて召喚されたのはどんな奴だろうか。できればかわいい女の子だと俺のやる気も上がるんだが……あれ?


「誰もいないな」


 魔法陣の中央には誰もいない。もしかしてまだ召喚が終わってないのかと思ったが、他の研究員の動揺具合からして違うのだろう。

 俺はオルグに近寄り、その肩を叩いた。


「おいオルグ。これってもしかして」

「……ああ。召喚は、失敗だ」


 その声にはいつものオルグのような覇気はなく。俺はそれ以上声をかけることができなかった。


 〇


 翌日、座学の時間にシャグマの研究室に呼ばれた俺はシャグマに昨日の事を話していた。


「へぇ、召喚は失敗したんですねぇ。そりゃぁ、残念でしたねぇ」

「なんか他人事だな」

「そりゃそうですよぉ。ワタシは最強には興味ないですしぃ。まぁサンプルになったかもしれない人が減ったことについては、すこぉしばかり残念ですけどぉ」


 俺としても被害者が増えなかったのは喜ばしいことだ。脱走仲間が増えなかったのは若干残念だが、それは以前と変わらない。


「にしてもなんで失敗したんだろうな。前回、ってか俺の時は成功したんだろ」

「さぁて? ワタシは召喚術は専門外ですからなんとも。ただあの召喚術は古代の秘術を引っ張ってきただけですからぁ、魔法陣にブラックボックスが多くて解明出来てないことも多いんですよねぇ」

「え。お前らそんな原理も分かってないモノで俺を召喚したのか?」


 知らない間に泥舟に乗せられて太平洋渡らせられた、みたいな。いや泥舟というよりピラミッドから発掘された方舟か? よくそんなんで俺の事呼ぼうとか思ったな。


「ひひひ、案外そんなモンですよぅ。魔法陣に指令を書き込むのに使う魔法文字、あれだってブラックボックスのひとつなんですよぉ」

「え、そうなの」

「えぇ。魔法陣の中にこの魔法文字を書き込むとこういう効果が出る、わかっているのはそれだけで、どうしてそれが発動するのかはわかっていないんですよぅ」

「へー」

「そういう原理を専門に研究する学問もあるんですよぉ。魔法原理学、とか言いましたか。ワタシは特に興味はないですけどねぇ。魔法は使えればそれでいいですよぉ」


 まあ、確かに。

 俺もスマホはよく使ったものだが、スマホの構造には興味はない。それと一緒か。


「ふぅ、準備できましたよぉ」


 気がつくと何やら目の前に大きな機械のような物が設置されていた。いや、この世界に機械はないし、機械ではないんだろう。魔道具とか?


「そういえばさっきから何かごそごそ準備してたけど、今日は何するんだ?」

「ひひひ、今日はぁ。ようやく実験をしていきますよぉ」

「え、実験って……」

「はぁい。毒物の中毒症状検査ですよぉ」


 ……とうとう来たか。

 シャグマに協力すると言った以上、いつかやる事になるとは分かっていたが、それでも気は進まない。それは単純に毒で苦しむのが嫌だ、というだけでない。シャグマの命を犠牲にする覚悟が出来ていないのだ。

 しかしそれでもシャグマが俺の脱走に協力してくれる以上、俺も真面目に協力しないわけにはいかないだろう。覚悟を決めよう。


「よし、それじゃあ記念すべき第一回だ。俺は何を食べればいい?」

「これですよぉ」


 とん、と目の前に置かれるキノコ。キノコ、だよなぁ? なんか顔みたいのが見えるんだけど。シミュラクラ現象ってレベルじゃねぇぞ。


「えと、これ、食うの?」

「そうですよぉ」

「キシャー!」

「なんか鳴いてるし」


 放っといたら手足が生えて逃げ出しそうだ。

 絶対に体に悪そう。


「さあさあ、ガッツリいってくださいよぉ。自覚症状や感想があったらこっちの紙に書いてくださいねぇ。念の為撮影もしておきますけどぉ」

「それ撮影してたんか」


 やたらと大きな機械だと思ったら、この世界そんなのもあるんだな。

 と、感心してる場合じゃない。

 問題はこの人面キノコをどう食べるかだ。


 柄の部分を掴むと噛まれそうだったから、傘の部分を持ってみる。人面キノコは相変わらず警戒する猫のような声を上げているが、特に暴れる様子はない。なんだろうな、これ。


「なあこれ、火通してもいいか?」

「いいですけどぉ、その場合、後で生のも食べてもらいますよぉ。熱すると毒性が変わる場合もあるのでぇ」

「そうか……」


 こんなのを二度も食べるのは嫌だなぁ。

 ええい。どうせ死なないんだ。覚悟を決めろ。

 俺は意を決して傘にかじりついた


「ぎしゃーーーー!!!!!」


 キノコが断末魔のような叫び声を上げる。

 俺が食ってるのは本当にキノコなんだよなぁ?

 キノコ型の虫なんじゃないか?


「あれ、でも案外美味いな」


 調理していないせいか、若干の土臭さみたいのはあるが、キノコの旨味を感じる。弱いシイタケみたいな。そんな感じ。これに顔がついていなければ、普通にいける。


「ふむふむ、じゃあ柄の部分もいっちゃいましょぉ」

「柄か……でもなんか傘齧ったら静かになったな」


 キノコは死んだように静かになっている。いや、もしかしたら本当に死んだのかも。叫ばないならただのキノコだ。思い切って齧り付く。


「んん」


 じゅわり、と肉汁のような汁が溢れ出る。なんだか本当に肉を食べているみたいだ。そのまま噛めば噛むほど旨味が染み出す。思わず夢中になって食べきってしまった。


「うまかったな。ちゃんと調理すれば高値で売れるんじゃないか? 毒が無ければ」

「それはよかったですよぉ。じゃあしばらくは経過観察するので、何かあったら言ってくださいねぇ。たぶん何も無いと思いますけどぉ」

「あれ、そうなの? 毒は?」

「初回の今回はサービスですよぉ。モルモットには悪影響がなかったキノコを試させてあげますぅ。こんな気持ち悪いキノコ食べる人がいなくて、人に対する影響のデータが取れなくて困ってたんですよぉ」


 まあ確かに叫ぶキノコなんて、俺ならどんなに腹が減ってても手は出さないな。


「ちなみに今のってどういうキノコなん?」

「それを調べるために被検体さんに食べてもらったんじゃないですかぁ。一応名前ぐらいはありますよぉ。『マンドラゴラモドキ』ですぅ」

「え、マンドラゴラ?」


 マンドラゴラって言えば俺でも聞いたことがある。引き抜くと絶叫をあげ、その絶叫を聞くと死ぬと言われている植物だとか。この世界ではキノコなのか。


「マンドラゴラじゃなくてマンドラゴラモドキですよぅ。引き抜いても叫ぶだけで死にませんよぉ」

「へぇ。なんだろ。危険なマンドラゴラに擬態して身を守っている……みたいな?」

「まだ推測の域を出ませんがねぇ」


 キノコのクセに小癪だなぁ。


「というかさ、モルモットで安全かどうか確かめられるなら俺がわざわざ食べる必要なくない?」

「被検体さん、わかってないですねぇ。ワタシが知りたいのは安全かどうかじゃなくて、どんな毒性があるか、なんですよぉ」

「……つまり?」

「これを食べるとどんな症状があるのかぁ? その時にダメージを受けている場所はどこかぁ? 致死量はどれくらいかぁ? そういう事を調べるには実際に人が食べてその経過を観察するのが一番なんですよぉ」

「へぇそういうもんか」


 確かに人とモルモットは違う生物だ。人間には毛皮はないし、サイズも寿命もちがう。モルモットには安全でも、人間には危険なものもあるかもしれないし、その逆もありうる。


「被検体さん。世の中の毒物の中毒症状がどうやって調べられたか知ってますぅ?」

「え? なんかこう……成分を調べて? もしくは魔法で?」

「違いますよぉ。正解は勇気ある人身御供の犠牲によって、ですよぅ」

「……マジで?」

「マジですぅ。ある日突然人が死んだ。それだけじゃあ分からないけど、同じような症状で死ぬ人が増えた。その人達は共通してある食材を食べていた。そうしてやっとその食材に毒があるって分かるんですよぉ。ワタシ達は、そういう経験則の上に立って生きているんですぅ」

「なるほどな」


 どうもこの世界は魔法は発展していても、科学は発展していないように見える。そんな世界では成分分析とか出来るはずもない。仕方の無い話か。


「本来なら中毒症状の検査は幾人もの犠牲を要するんですよぉ。だからなかなか進まないしぃ、危険な毒の情報は暗殺者ギルドなんかの裏組織が独占してるせいでなかなか浸透しないんですよぅ」

「そうか、シャグマも苦労してんだな」


 毒の研究と聞いた時は、なんか危ない奴だと思ったもんだが、それはそれで苦労もあるんだな。

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