第6話
目を覚ますとそこに見慣れた天井はない。
突き抜けるような青空と爽やかな風が俺を目覚めを優しく促してくれる。
「さむっ」
……なんて事はなく。刺すような朝日と冷たい風に俺は身をすくめた。目覚めは最悪だ。それに何より
「朝っぱらから筋肉ダルマかよ。ついてねぇな」
「おお。起きたかリンネよ」
目の前でパンイチでスクワットをするむさ苦しい男に顔を顰めた。目が腐りそうだ。
「で、今日もあの水晶球の奴やるのか?」
タオルで体を拭くオルグに嫌々ながらも聞くと、首を横に振った。
「まだお前の死体の処理に手間取っていてな。とりあえず今日は別の訓練を行う」
「別? 何やるんだ? 筋トレは嫌だぞ」
「ふむ。当たらずも遠からず、といった所だ。……そんなに嫌そうな顔をするな」
オルグは黒板のようなものを取り出すと、何かを書き出した。
かつん、と教師のように文字を書くとコチラを振り返る。
「今日やるのはこれだ」
「先生、読めません」
「……お前、文字が読めなかったのか」
異世界の不思議パワーで言葉が通じるだけでも御の字ではあるんだが、文字が読めないのは普通に面倒だ。それぐらいサービスしてくれてもよかったのに。
「ううむ。今から文字を教えるのは面倒だな。仕方ない、お前には体に直接覚え込ませる」
「えー。スパルタ反対」
俺のブーイングも何処吹く風でオルグは黒板を端に寄せる。まあ俺の意見が通らないというのはいつもの事だ。いい加減慣れた。
「今日教えるのは魔力による身体強化だ」
「おー」
すごい。いきなりファンタジーになった。
俺が今まで経験してきたファンタジー要素って火の玉と触れると死ぬ水晶球しか無かったし、俺がいる世界は本当に剣と魔法のファンタジーなのか疑っていたんだ。
「魔力と肉体は繋がっている、という話は以前したな?」
確か水晶球の訓練を始める時にそんな事を言っていた気がする。
「だから魔力を使う事で肉体を強化する事も可能だ。今から実演してみせる」
オルグが手を叩くと地面から石柱が生えてきた。
「すげぇぇえええ! 地面から石が生えてきた!」
「……そっちはどうでもいい。いいか、よく見ていろ」
オルグが石柱を殴る。
腹の底に響くような重い音と共に石柱に拳の跡がつき、放射状にヒビが入る。
「おぉ。これが魔力の力……」
「このように魔力を使わず筋肉だけで殴ってもヒビが入るだけだが」
「え」
オルグがもう一本石柱を生やした。
そして深呼吸を一つし、
「覇ッ!!!」
落雷の如き音と共に石柱が弾け飛ぶ。って破片あぶ
「と、このように魔力を使えばいとも容易く石を破壊することも可能であり……む? なぜ裸になっているのだ?」
「破片にぶつかって死んだせいだよ! もうちょい考えてやれや」
俺は自分の死体を下敷きにしながら毒づいた。
だが魔力による肉体の強化は凄まじい力だ。もともとオルグが筋肉ダルマというのもあるかもしれないが、人間の体でこのような芸当を可能にするとは。思えばシャグマも貧弱そうな見た目のワリに異様なほど力が強かった。あの細腕でも魔力で強化された肉体なら俺より強くなる。……という事はこの強化方法を覚えないと、脱走後の生活はおろか、脱走すらままならないかもしれないな。
俺は自分の死体から服を剥ぎ取って着ると立ち上がり、体を伸ばした。
「なんだか手慣れてきたな」
「うるせぇ。誰のせいだと思ってんだ。いいからやり方を教えろ」
「うむ。やる気なのはいい事だ」
オルグは満足そうに頷くともう一度黒板を引きずってきた。そして人体の模式図を書くと臍の辺りに印を付ける。
「魔力の使い方を知らないお前がまずするべきなのは、魔力を感じる事だ。人体ではこの辺りに魔力が集まる丹田と呼ばれる部位がある。まずはそれを探せ」
「丹田かぁ。むむむ」
目を閉じて臍の辺りに意識を向ける。だがもともと魔力のない世界で生きてきたのに、そんなものそう簡単に見つかるはずも無い。
「うーん。どれだ? なんかヒントとかない?」
「昨日の水晶球の訓練のとき、引っ張られるような感覚が無かったか? その引っ張られている場所が丹田だ」
「なるほど……」
確かに水晶球に触れた瞬間、内蔵がずるりと引きずりだされるような感覚があった。あのときの元になっている部分が丹田か。
「お、あった。これか」
「ほう、早いな」
「まあな。伊達に513回も死んでないぜ」
そりゃあんだけ味わえば覚えるってもんだ。
まさに死に覚えだ。
「次は丹田の魔力を全身の各器官に流す。そして各器官を強化するのだ。筋肉ならパワー。神経なら感覚。皮膚なら硬さというようにな」
「へー」
言われた通りに魔力を流そうとしてみる。とりあえず筋肉に意識を向けて……
「ふん! こんな感じか?」
「ほう、筋がいい。できたなら私と同じように石柱を殴ってみるといい」
「なるほど」
成功していれば石柱を破壊できる。
俺はオルグの拳の跡が残る石柱の前に立ち、深呼吸をひとつ、
「せいっ」
魔力に強化された拳が石柱に突き込まれる。
バキバキッという凄まじい粉砕音。
ふっ、どうやら完璧に砕け散ったようだな
…………俺の拳が。
「ぐぁあああ! 俺の、俺の腕がァ!!」
「大丈夫かリンネ! 今楽にしてやる!」
「あぁぁぁ、いてぇよぉ。 早くなお死」
助けを求め振り向いた瞬間、目の前に迫る巨大な拳。何か強い衝撃を受けたと思った次の瞬間には、俺は裸で空を仰ぎみていた。
「……楽にするってそういう」
「いちいち治すより、この方が早いだろう」
「そうなんだけどさ」
俺の返り血を浴びたオルグが、俺の死体から服を剥ぎ取り投げ渡す。血に塗れており気は進まないが、他に服が無いので到しかたない。
今後は訓練の時は替えの服を何着か用意させよう。
「ってか何なんだよ今の。岩壊すどころか俺の拳が壊れたんだが」
しかも岩は微動だにしていない。完全に殴り損だ。
「それはお前が皮膚や骨を強化していないからだ。魔力で強化された肉体の動きは、通常の人間の耐久力や感覚では追いつけない。全ての器官に満遍なく魔力を行き渡らせる事が重要なのだ」
「それを早く言ってくれ」
そういえば人間の筋肉は普段は100%の力を出さないようにセーフティを掛けていると聞いた事がある。100%の力を発揮するとその負荷に耐えかねて体の方が壊れてしまうからだとか。
100%ですらそれなのに、その限界を超えた力を出したらどうなるかは自明の理だ。
「うーん。満遍なく、満遍なく」
丹田の魔力が全身に行き渡るように意識する。意識はしているが……本当にできているのか分からない。そもそもさっき石柱を殴った時も筋肉にちゃんと魔力を流せていたのか分からないしな。石柱には何の変化もなかったわけだし。
「まあ一朝一夕でできる技能ではない。だがこれができれば魔法の扱いや戦闘技能の習熟も格段に効率よくなるはずだ」
「へぇ。魔法も。それはやる気が出るな」
せっかく異世界に来たんだから魔法使ってみたいよな。いっちょ頑張ってみるか。
〇
「それで~できるようには~なったのですか~?」
「いやぜんぜん」
俺は部屋で机に突っ伏しながらカレンさんに愚痴る。あんなに出来ないとは思わなかった。俺の覚えが悪いのか。いやそれだけじゃないと思う。
例えるならば、ある日突然翼が生えて『飛んでみろ』と言われるような。それまで全くなかった力を使うというのはそれぐらい難しい。
「カレンさんもできるんですか?」
「ええ~それなりには~」
そういえば昨日手を繋がれていた時、ビクともしなかったな。あれも魔力で強化していたせいなのか。
「なんかコツとかないですか?」
「う~ん。コツという程ではないですが~」
カレンさんは正面に座ると、右肘を机につけて差し出した。
「リンネさん。腕相撲って~知ってます~?」
「腕相撲、ですか? まあ知ってますけど」
俺も右腕を出してカレンさんと組む。だが肉体強化をしているカレンさんに勝てるとは思えない。
「じゃあ~そのままチカラを込めてください~」
「はぁ。じゃあいきますよ。ふんっっつぬううううう!!」
全力で押し倒しにかかる。だがカレンさんは顔色1つ変えない。まるで樹齢1000年の大木を相手にしているかのような幻覚に陥る。
「いいですよ~。そのまま今使っている筋肉に意識を向けて~その筋肉と丹田の間に一本の線があるのをイメージしてみましょ~」
「はぁ、はぁ、線?」
よく分からないが言われた通りにしてみる。
「それは魔力を運ぶ管です~。さあ~魔力を筋肉に流してみましょ~」
魔力を運ぶ管、そんな事言われてもイメージしずらい。
……いや、イメージしずらいのなら、イメージしやすいモノに置き換えればいいのか。そうだな、例えば……蛇口、いや、ガスバーナーかな?
丹田は元栓。イメージの管はホース。筋肉がバーナーだ。丹田の元栓を開くとホースの中をガス(魔力)が流れる。そしてバーナー(筋肉)に到着したガス(魔力)は、小さな火種に引火して大爆発を
ゴキン!
「あれ?」
気づくと勝負は着いていた。俺の腕はカレンさんの腕を押し倒している。驚いてカレンさんを見ると、カレンさんはいつもの穏やかな笑みでぱちぱちと拍手を送ってくれた。
「おめでとうございます~。よくできました~」
「あ、ありがとうございます! おお、すげえ。今のが肉体強化の力! あんなにビクともしなかったカレンさんを倒せた! あ、腕大丈夫ですか? さっき凄い音しましたけど」
「ええ~私は大丈夫ですよ~。どちらかというとリンネさんの方が~」
「え?」
カレンさんは困ったように微笑むと、そっと俺の右腕を指さした。そこには関節がひとつ増えた俺の腕があった。
いっけね、骨を強化するの忘れてた。
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