第5話

「ひひひ、どうぞぉ。粗茶ですがぁ」

「こりゃどうも」


 目の前に置かれた茶、というかコーヒーのようなモノに口をつける。どことなく薬品臭い。ちゃんと洗ってるのか? この部屋の惨状を見るに、あまり期待できない。


 シャグマに連れてこられた研究室は、シャグマのズボラそうな見た目通りの散らかり具合だった。足の踏み場もないほどに散乱した書類や、今にも倒れてきそうなほど積み上げられた本。どことなくホコリっぽい。


「もうちょい片付けらんないのか?」

「十分片付いてるじゃあないすかぁ」

「……そうは見えないが」

「部屋の主のワタシがちゃあんと把握できてればぁ、それで十分なんですよぅ」

「そういうもんか」


 まあ一理ある。

 シャグマは迷いない足取りで戸棚に向かうと七輪のようなモノを引っ張り出してきた。

 ……そのついでに周囲で崩落が起きた。やっぱりもう少し片付けたほうがいいと思う。


 シャグマは七輪(仮)を机に置くと指を鳴らして火をつけた。こういうのを見ると、やっぱり異世界なんだと言うことを感じさせられる。


「……もしかしてコレで料理すんのか? 汚くない?」

「被検体さんは神経質ですねぇ。どうせ腹壊しても死なないのにぃ」

「それとこれは話が別だ」

「仕方ないですねぇ。洗ってくるのでぇ、コレでも食べて待っててくださいねぇ」


 そう言ってシャグマが出したのは……なんだこれ。

 見た目は黒くてしわしわ。厚さはそこそこ。触ってみるとぶにぶにとした弾力がある。

 一言で言うとキモイ。


「何これ」

「湯煎したキノコですよぉ。見た目はアレですがぁ、意外とイけますよぅ?」


 シャグマはそのキノコをひとつ口に放り込むと、七輪(仮)を持って隣の部屋に行ってしまった。


 ……マジか。これが食文化の違い。

 昆虫食なんかよりよっぽどゲテモノだ。

 しかしシャグマが平然と食べていたところを見るに、毒ではないんだろう。


 ひとつ摘んでみる。

 ぶよぶよの見た目は、どこか人の脳を思わせる。

 ああ、くそ。初めて納豆を食べようとした人もこんな感情だったんだろうか。


 ええいままよ。どうせ食べても死にはしない。


「もぐ」


 …………


 咀嚼すると、キノコ独特の風味と旨みが広がる。松茸やシイタケに比べると弱いが、あの風味が苦手な人ならむしろ美味しくいけそうだ。食感は、どちらかというとキクラゲのようにプリプリとしている。


 一言で言って旨い。



「およよ。気に入ってくれたみたいですねぇ」


 二個目、三個目を食べているとシャグマが戻ってきた。


「ああ。これ普通に旨いな。見た目はアレだが」


 これで見た目がマツタケとかシイタケなら日本でも人気出るんじゃないか? 6個目のキノコを食べながら思う。


「そういえばこれなんて名前のキノコなんだ?」

「ひひひ、聞きたいんすかぁ?」

「? まあ、美味いし。店で売ってたら買いたしな」


 その為にはまずこの研究所を脱出する必要があるが。


「シャグマアミガサタケ」

「え?」

「だからぁ、シャグマアミガサタケ、ですよぅ。そのキノコ、ワタシが見つけたんですよぉ」


 そういうシャグマはどことなく誇らしげだ。だがなるほど。確かにそれはすごい。


「お前、こんなキモイキノコに自分の名前つけたのか……。すごいな、ある意味」

「失礼な被検体さんですねぇ。もっと素直に誉めてもいいのにぃ」


 シャグマはシャグマアミガサタケを食べながら唇を尖らせた。


「死ぬ前にぃ、一つぐらい自分の生きた証みたいなのを、残しておきたかったんですよぅ」

「まぁ、分かんなくもないよ。そういうの。俺も自分の名前のついた星とか虫とか、憧れた事あるし」


 自分の名前のついた物や生き物があれば、それだけで自分の名前はこの世界のどこかに永遠に残り続ける。そういう明確な生きた証みたいなのを残したいという気持ちも理解出来た。


「ひひひ。そうそう、このシャグマアミガサタケにはぁ、すぅごい特徴があるんすよぉ。なんだかわかりますぅ?」

「なんだろ。薬になるとか?」

「んぅ。いいセンいってるぅ。正解はぁ、毒がある、でしたぁ」

「ぶっ!!」


 思わず咀嚼していたキノコを吹き出す。俺の口から噴出したキノコ達は、シャグマが生み出した炎の壁に阻まれて燃え尽きた。


「ひひひ、いぃ反応ですよぉ。安心してくださぁい。ちゃあんと毒抜きしてありますからねぇ」

「はぁはぁ。そう言う事は先に言え」


 ここの連中は躊躇なく俺を殺しにかかる奴ばかりだ。何食わぬ顔で毒キノコを食わせてきてもおかしくない。

 だが落ち着いて考えてみれば、シャグマ自身もこのキノコを食べていた。なら毒抜きしてあるというのは本当なのだろう。



「じゃあ、そろそろメインディッシュといきましょうかぁ」


 シャグマがいくつかの容器から何かを取り出し、机の上に1つずつ並べていく。それはキノコだったり、何かの木の実だったり。特に統一性のない食材だ。


「それは?」

「これからぁ被検体さんに食べてもらうモノですよぉ」

「へぇ。美味しいの?」

「さぁ? 何を美味しいと感じるかはぁ、人によるものですしぃ?」

「そりゃそうだが……なんか美味しそうに見えないなぁ」


 シャグマが取り出した食材は、どれもお世辞にも美味しそうには見えなかった。赤と黄色の警戒色の木の実、妙にカラフルなキノコ、謎の虫……などなど。

 一言で言うなら毒々しい。

 まさかとは思うが……


「なぁシャグマ、これには毒とか入ってないよな」

「入ってますよぉ」

「だよな。さすがに毒入りのもの出したりは……なんて?」

「だからぁ、毒入りですよぉ。正真正銘、食べたらぽっくりいける超劇物ですぅ」


 なるほど、なるほど。


「すまん急用を思い出したから帰るわ」

「おっとぉ、逃がさないすよぅ」

「うぉお! やめろ、離せ! くそ、見かけによらず力強いなこいつ! 誰が好き好んでそんな物食うってんだ!」

「実験に協力してくれるって言ったじゃあないですかぁ」

「はぁ? 実験?」


 確かにカレンさんから逃げるために、そんな事を言った。


「まさかその実験って」

「毒物を食べた時の中毒症状の記録、及び死体の解剖ですよぅ」


 やばい。想像以上にブラックな実験だった。


「ふざけんな! そんな非人道的な人体実験が許されると思ってんのか! 」

「そんな事言わずにぃ、人助けだと思ってぇ」

「だったらまず俺の命を助けろ!」


 あの水晶球で急性魔力欠乏症を起こして死ぬのは全く苦しくないから何度でもやれた。だが毒で死ぬのはそれとはわけが違う。少しずつ体の機能を壊されてジワジワと死ぬ。そんなのはゴメンだ。


「くぅ。被検体さんのウソツキぃ。でももう遅いですよぅ」

「はあ? なに……が……」


 急に体に力が入らなくなり、思わず膝を着いた。視界がぐるぐると回り、なぜか意識が遠のく。


「ひひひ。お茶に混ぜた睡眠薬、よぉうやく効いてきましたねぇ」

「すい……みん、やく……?」

「被検体さんにはぁ、ぜぇったい協力してもらいますからねぇ。こぉんな理想的な被検体、もう二度と見つからないでしょうしぃ」


 ああ、くそ。

 扉に向けて手を伸ばすが、届くハズもなく。

 俺の意識は深い闇の中へと……




 強い刺激臭が鼻を突く。


「んぎぃ!!!」

「はぁい。おはようございますぅ」


 あまりの刺激に転がり回ろうとするが、イスに拘束されているせいでそれも叶わない。痛すぎて涙が出てきた。

 恨みがましく下手人であるシャグマを睨みつければ、謎の薬品が入った瓶に栓をして厳重にしまっているところだった。


「てめぇ。ふざけんなよ、まじで」

「いやだなぁ。ただの気付け薬ですよぅ。そんなに怒んなくてもぉ」

「そっちじゃねぇ! いやそれもあるけど! 俺が一番怒ってんのはそっちじゃねぇ!」


 こんな睡眠薬まで使って、そんなに人体実験がしたいのか。このマッドサイエンティストは。

 だが俺のそんな怒りを込めた恫喝も、シャグマは何処吹く風だ。


「何のことやらぁ。そもそもぉ、初めに実験に協力するって言ったのは被検体さんの方じゃあないですかぁ? それを反故にしようとしたのは被検体さんですよぉ?」

「そ、それはそうだが。人の命を使った実験なんて、道徳に反するだろ。心は痛まないのか!」

「ワタシ達だって普通の人相手にこんな実験しませんよぅ。被検体さんの『復活』の力があるからこそ、お願いしてるんですよぉ?」


 シャグマは何やら実験の準備らしきものをしながら、憂いを帯びた瞳で俺を見た。


「でもそうですねぇ。それまで何の変哲もない人生を歩んでいた被検体さんがぁ、突然ここに召喚されてぇ、こぉして被検体さんとして生きるはめになるのは、すこぉしだけ同情に値しますぅ」

「だったら俺を」

「──解放、されたいですよねぇ」


 俺の言葉を先回りするように言われ、言葉に詰まる。

 シャグマはあの引き攣るような笑みを見せると、拘束され動けない俺の顎をするりと撫でた。


「だったらぁ、ワタシの実験に協力してください。ワタシの目的が達成できたらぁ、被検体さんの解放に協力してあげますよぉ」

「……信用できるか。そんな事」


 俺は、自分で言うのは何だが超重要人物だ。この世に二人といない特異体質。そんな奴が脱走したとなれば、徹底的な犯人探しが行われるだろう。


 そんなリスクを背負っても、この女が俺の脱走を手伝ってくれるとは思えない。


「そもそもお前の目的ってなんだよ。ここの連中の目的は『最強の戦士を作る』じゃないのか」

「それはぁ、この研究所と所長の掲げる目的ですよぉ。そのために色んな分野からぁ、たぁくさんの研究者が集められましたぁ。ワタシの場合はぁ、薬学の視点から『最強の戦士を作る』ために。でもぉ、それぞれの研究員には、それぞれ目的があるんですよぅ」

「……なるほど」


 ここの研究所も一枚岩というわけじゃないのか。


「じゃあ、お前の目的は?」

「ひひひ、聞きたいんすかぁ?」

「いや別に。どうせロクなもんじゃないだろ」

「そんなに知りたいなら教えてあげますよぅ」

「いや、だから」


 シャグマはそっと俺の耳元に口を寄せると、囁くように


「────」


「は?」

「どうですぅ? 素敵な目的でしょう?」


 にっこりと微笑むシャグマ。目的が達成された時の事を、夢見る少女のように語る。そんなシャグマに俺は


「ふざけんな!! そんな事に俺を付き合わせんな!」

「およよ。どうしたんすかぁ? お気に召さなかったんすかぁ?」

「ったり前だ! キチガイ女が! そんな実験、ぜってぇ協力しねぇぞ!」

「ざぁんねん。交渉決裂ですねぇ」


 シャグマは残念そうにため息をつくと、拘束を外し出した。唐突に自由の身になり、思わず困惑する。


「なんのつもりだよ」

「そりゃあもちろん、被検体さんをお部屋に戻すんですよぉ」

「……てっきり何が何でも実験に協力させてくると思ったんだが。オルグみたいに」

「ひひひ、そうしたいのは山々ですけどぉ。ワタシの実験は被検体さんの協力が必要不可欠ですしぃ」


 そう言って困ったようにはにかむシャグマ。

 困ってんのはコッチの方だってのに。


 〇


 部屋に戻されベッドに寝転がりながら今日の事を考える。脳裏に過ぎるのは、目的とやらを語るシャグマの言葉だ。


『──死にたいんですよぉ。できるだけ惨たらしく、苦しみながら』


「チッ」


 人の事を何度も殺そうとしておいて、やろうとしてるのは自殺だと? ふざけやがって。自殺志願は1人でやってろってんだ。


「胸糞わりぃ」


 やめだ。どうせもう関わりあいにならない奴の事を考えてもしょうがない。

 明日もどうせ朝早くに叩き起こされて実験に付き合わされるんだ。とっとと寝て今日の事は忘れよう。

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