第4話

 水晶球を触って死んで、復活したら再び水晶球を触る。そんな事を500回ほど繰り返した。いや、正確には513らしい。研究員が言っていた。

 突然実験は中止になった。


 どうやら俺の死体の置き場が無くなったらしい。ゲームなら俺の死体は消えるところだが、ここは現実。死体は処理しない限り残り続ける。


 俺の体重が60Kgぐらいだとして。それが約500体。じつに30000Kg=30tの死体があるわけだ。かなり処理に困るんじゃないか?


 という質量保存の法則どうなってんだろ。アインシュタインが泣いてるぞ。いや質量保存の法則を考えたのは違う人だっけ?

 まあ魔法なんてものがある世界で、元の世界の物理を当てはめる方がおかしな話か。


 ちなみにその513回の間に魔力は少しだけ成長したらしい。とはいっても6歳児並が10歳児並に変わった程度らしいが。


 というか体への改造とか怪我は復活する時に治るが、魔力は増えるんだな。オルグは体に起きた変化を修正して復活する、みたいな事言っていたが、それなら魔力は増えないはずでは?

 ……いや、そもそもそれだと記憶が引き継がれるのもおかしいか。俺が考えるに、死ぬ直前の俺の、あらゆる負の状態を治して復活する、みたいな感じか? うーん、よくわからん。


 まあそういう専門的な話はオルグ達に任せよう。



 さて、にしても急に暇になってしまった。

 どうやら死体の処理についてはオルグ達も考えていなかったようで、緊急の会議を開くらしい。

 俺は部屋に返されて、しばらく自由にしていいと言われている。


 まあ暇になったならやる事はひとつ。

 この研究所の探検(偵察)だ。

 この研究所の構造を把握しておけば、いつか脱走する時に役に立つだろう。


 俺はこっそり部屋の扉を開け


「あら~? リンネさん~どこか行かれるんですか~」

「う、カレンさん」


 図ったようなタイミングでカレンさんに出くわす。いや、実際タイミングを測っていたんじゃないだろうか。


「いや、少し暇になったので研究所でも見て回ろうかと」

「でしたら~私がご案内しますよ~」

「いやいやいや、カレンさん仕事中なのに悪いですよ。ここは俺一人で」

「いえいえ~私の仕事はお客様である~リンネさんをもてなすことですので~。それに~案内役がいた方が~分かりやすいでしょう~」

「い、いやぁ。あえて一人で行くことで男の冒険心を満たすというか?」

「ふふふ~何言ってるか~わかんないです~。それに研究所には~危ない場所も~たくさんあるんですから~」

「う、いや、でも」

「それとも~なにかやましい事とか~考えてるんですか~」

「えっ、いや、そんなワケないじゃないですかー。やだなぁもう」

「なら問題ないですね~。行きましょうか~」


 カレンさんはにこりと微笑み、先導して歩き出す。


 やっぱりこうなってしまった。でもまあ仕方ないか。カレンさん美人だし、デートだと思えば役得だ。

 俺はやれやれと首を竦めるとカレンさんが向かった方向とは逆の方向へと足を


「リンネさん~?」

「ひえっ」


 突然肩を捕まれ、思わず飛び上がる。

 ばかな。十分逃げ切れるくらいの距離があったはず。それをこの一瞬で。


「ふふふ~リンネさんってイタズラっ子なんですね~。なんだか~弟を思い出します~」

「あ、あははは。光栄だなー」


 お淑やかに微笑むカレンさん。だがその目が笑っていない事は、はっきりとわかった。


「そうだ~せっかくだから~手を繋いでいきましょうか~」

「え! いや、それはさすがに」

「繋いでいきます、よね~」

「は、はい」


 この人には逆らえない。

 それだけははっきりと理解出来た。


 〇


「コチラは書庫ですね~。貴重な本も沢山ありますよ~」

「へ、へぇー」


 何となくすれ違う人達の視線が痛い。

 まあそりゃそうだ。いい歳した大人2人がこんな研究所で手を繋いで歩いていたら浮きまくるのも当然だ。


「ここは談話室ですね~。よく研究員の方達が~集まって話してるんですよ~」

「へえー」


 中には広々とした空間があった。柔らかそうなソファや黒板のようなものもある。普段はここで研究について話し合ったりするのだろう。


 だが今は人の姿はなくガランとしている。

 おそらく緊急会議のせいだろう。


「さて次行きましょ~」

「はい。あのカレンさん、そろそろ手を離してくれると……」

「え~いいじゃないですか~。減るもんでもないですし~」

「いやそうですけど」


 カレンさんは手を離す様子はない。

 そのまま引っ張られるように連れていかれる。


 何度か逃げ出せる隙がないか伺っていたが、一切隙がない。まるで手錠を掛けられて連行されているかのような状況に、心の中でため息をつく。


 これ、監視だよなぁ。


 先日の時点で薄々勘づいていたが、今日確信になった。カレンさんの本当の役目。それは俺が逃げ出さないように監視する事だ。


「そうだ~。リンネさんは~行きたい場所とかありますか~」

「そうですね……」


 直球で聞くなら出口、とか裏口、とか言うんだが。そんな事言ったら脱走を企てているようにしか聞こえないだろう。

 かと言って婉曲に聞くにしても、どう聞いたもんか。


 そうして悩んでいる時だ。

 唐突に腹の音がなった。

 そういえば朝起きてからスグにあの狂気の実験に付き合わされたせいで、何も食べていない。


「ふふふ~お腹でお返事とは器用ですね~」

「いや、これは……!」

「恥ずかしがらなくていいんですよ~。それじゃあ次は~食堂にいきましょうか~」


 まあ確かにいい機会ではあるんだが、若干恥ずかしい。

 にしても食堂か。そんなのもあるのか。


 いや、待てよ。食堂?

 もしかしたら、もしかするかもしれない。


 〇



「こちらが食堂ですよ~ここで働いてる方は~基本的にここで食事をするんですよ~」

「おー」


 食堂は思ったより広かった。

 長机がいくつかあり、壁際にはカウンター席のようなものもある。

 昼時を過ぎているせいかあまり人はいないが、ピーク時には結構な人が来るんじゃないだろうか。


「あれ、注文ってどうするんですか?」


 周囲を見渡すがメニューのようなものはない。当然ながら食券機もない。


「食堂では注文は出来ないんですよ~。日毎に決まったメニューがあって~それを受け取りに行くんですよ~」


 カレンさんは俺を引っ張ってカウンターのような場所に向かう。そこには暇そうに欠伸をするメイドが一人。


「すいませ~ん。定食1つくださいな~」

「はいよ」


 無愛想に出された料理をカレンさんが受け取る。どうやらいくつか出来合いの物を用意しておき、それをやってきた客に出すという方式らしい。

 確かに時短にはなるが、当たり前だが料理は冷めきっている。こんな時間に来た俺も悪いが。


 俺は料理を受け取る間にカウンターから不審がられない程度に厨房を覗き込んだ。

 厨房という事はほぼ間違いなく勝手口があるはずだ。少なくとも日本ではあった。

 もしかしたら脱出の手がかりになるかもしれない。


 俺から見える位置には勝手口らしきものは見当たらない、か。そりゃそんな目立つ場所にはないよな。まあそれはいい。今はとりあえず飯だ。


「さあリンネさん~どうぞ~」


 俺とカレンさんは適当な席に隣合って座ると食事を


「ってあれカレンさんの分は?」

「私はもう食べましたから~リンネさんが食べるのを見てますね~」

「そうっすか」


 それはそれで微妙に居心地悪いが。まあ無理に食べさせることは出来ないし仕方ない。


 料理はパンとスープと何かの肉だ。

 以前にも食べた事のあるものだ。その時はカレンさんが部屋に持ってきたんだったか。

 味は可もなく不可もなく。特別美味くもないが、悪い所も見当たらない。案外、何度も食べる食事は、こういう当たり障りの無いものがいいのかもしれない。


 俺は心の中でいただきますをしてパンに手を


「あの、カレンさん」

「ん~?」

「手を離していただけないでしょうか」


 俺は未だに掴まれたままの左手を揺らした。その手は未だにガッチリと掴まれ、離される気配はない。


「え~いいじゃないですか~利き手でもないですし~」

「そういう問題じゃ……ってなんで俺の利き手知ってるんですか?」

「まあまあ~」


 くそっこの人、どんだけ俺が逃げること警戒してんだよ。単純に食いづらい。

 なにか、なにかないか。この人を引き離す方法は。


 俺は周囲を見渡し……


「あ、あれっ! カレンさん!せっかくだから、あの二人席にしましょう」

「はい~リンネさんがそれがいいなら~」


 それは壁際に置かれた二人席だ。小さな机を挟むように椅子が置いてある。対面に座る事になれば流石にカレンさんも手を離すだろう。


 そのままこの拘束状態を有耶無耶にして……


「あの、なんで隣に座るんですか」

「え~? 正面に座ったら~手繋ぎにくいじゃないですか~」

「だったら手離せばいいんじゃないですかねぇ?」


 状況は悪化した。

 カレンさんは対面にあったイスをわざわざ持ってきて横に座ってきた。

 手繋ぎ状態は変わらず、むしろ壁とカレンさんに挟まれ位置的にも拘束されている感じがする。


 くそ、どうする。どうすればカレンさんから逃げられるんだ。


 と、その時食堂の入り口がにわかにざわつき出した。見ればローブを着た研究員達が集団でやって来ている。


「あら~会議が終わったみたいですね~」


 なるほど、緊急会議のせいで飯を食べ損ねた人達か。今後も出続けるであろう肉塊(俺の死体)の処分の方法がもう決まったのか。やっぱり魔法とか使うんかな。


 と、そんな事を考えながらぼーっとその集団を見つつ、食べづらい飯を食べていた時だ。その中に見知った顔を見つけた。


 右目に包帯を巻いた赤髪の女。シャグマ・アミガサ。これだ、これしかない!


「おーい! シャグマ! こっち! こっち来てくれ」


 シャグマは胡乱げな瞳でコチラを見る。しばらく露骨に嫌そうな顔をした後、億劫そうな足取りで近づいてきた。


 シャグマはカレンさんと手を繋ぎながら飯を食べている俺を見て


「なんですぅ被検体さん。こぉんな真昼間からイチャついてぇ、自慢なら帰りますよぅ」

「ばっ、違ぇよ! 変な事言うな!」

「なんでもいぃんですけどぉ。お腹減ってるんでぇ手短にどうぞぉ」


 シャグマは呑気に欠伸などかましている。

 落ち着け。コイツは救世主になりうる相手だ。


「お前この間実験に協力して欲しいって言ってたよな。今ちょうど暇だから協力してやるよ」

「……およよ。どぉういう風の吹き回しですかねぇ」

「おいおい俺達の仲だろ! 手伝うのに理由なんているかよ! で、どうなんだよ返事は」

「まぁ手伝ってくれるんならぁ、文句はないんすけどぉ」

「よし!」


 俺はキョトンとしているカレンさんに向き直り


「というわけでカレンさん! 俺はシャグマと一緒に行くので手を離して貰えますか!?」

「え~でも~それなら私もついて行きた」

「いやいやシャグマの実験は危険ですから! なぁ! 実験は危険だよなぁ!」

「まぁ被検体さんがぁ4,5人死ぬくらいにはぁ」


 え、マジで


「そうですか~そんなに危険なら~私は仕事に戻りますね~」

「え」

「シャグマさんも一緒にいるなら~リンネさんも変な所に入り込んだりしないでしょうし~」

「あっ、ちょっ」


 あんなにも固く繋がれていた左手は呆気なく解かれた。そのままカレンさんは一礼すると、俺が止める間もなく行ってしまった。


 ま、まあいい。これで俺は自由の身だ。後は隙を見てシャグマと別れればいい。


「とりあえずシャグマ、飯貰ってこいよ。俺はここで待ってるから」

「いやぁ、いいですぅ。それよりぃ、実験室行きましょお」

「え」

「せっかく被検体さんが協力してくれるっていうのにぃ、飯なんて食べてる暇ないですよぅ。さぁ行きましょぉ」


 シャグマは無理矢理俺を引き起こすと、ぐいぐいと引っ張ってくる。こいつ、細身のくせに力強いな。


「ちょ、ちょっと待て。まだ食べ途中なんだ。少し待ってくれ」

「ワタシがガマンしようとしてるのにぃ。被検体さんはワガママですねぇ。そんなに慌てて食べなくてもぉ、ワタシの実験室でたらふく食べさせてあげますよぅ」

「え? なんかあるのか」

「ひひひ、それはもぉ、たぁくさんの海の幸山の幸がねぇ。ひひひひっ」


 へぇ。

 まぁちょうどここの単調な味付けにも飽きてきた所だ。行ってみるのも悪くないか。なに、実験が始まりそうになったら逃げればいい。

 シャグマの不気味な笑いが少し気になるが、コイツは普段からこんな感じな気がする。


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