第3話

「あのー。これは何なんでしょうか?」


 目を覚ましたらベットに拘束されていた。四肢と腰は錠のような物で縛られ動けない。正直嫌な予感しかしない。


「心配するな。ただの改造実験だ」

「心配する要素しかねぇよ」


 数人に研究者を引き連れたオルグが神妙な面持ちで告げる。


「ふざけんな! 親からもらった大事な体に何するつもりだ」

「今回は体に直接魔法陣を刻むことで、身体能力、及び魔力を強化する。」


 聞いちゃいねぇ。しかし暴れても拘束は緩む素振りすらない。抵抗しても無駄か。

 結局俺はこの異世界に拉致されたモルモットなのだ。


「クソが、もう勝手にしろ」

「そうさせてもらう。では執刀開始」


 オルグの指示のもと、研究員が針のような道具を持った。魔法陣を刻む……って言ったか? つまり、刺青みたいなもんか。


「って痛たたたた!」

「暴れないでください。手元が狂います」

「だったらもう少し優しく痛い痛い!」


 腕に鋭利な針が刺さっていく。何度も、何度も繰り返し。しかもそれが注射針のように鋭くないからタチが悪い。まるでシャーペンでグリグリと抉られているような痛みが続く。


「『麻痺(パラライズ)』」


「え……あ……」


 途端に体が動かなくなる。体に力が入らない。

 なんだ? 何が起きたんだ?


「ふむ。初めからこうすれば良かったな」

「お……ぐ、 ……め……」(オルグ、てめぇ)


 オルグが何かしたのか? まさか魔法?


 体を動かす事ができない。だと言うのに、痛みは鮮明に突き刺さる。まるで拷問だ。



 〇



「施術終了」


 その拷問は時間にして数時間ほどだっただろうか。だが俺からしたら一生続くのではないかと思うほどの苦痛だった。


「お前ら……マジで死ね」

「そうカリカリするな。ほら、ご褒美の砂糖菓子だ」


 俺は犬か。だがくれるというなら遠慮なくもらう。

 砂糖菓子といっても、ただ黒糖を球状にしただけのものだ。日本で散々いいモノを食ってきて舌が肥えている俺からしたら物足りないが、荒んだ心に染み渡る。


「はぁ。それで、この魔法陣? はなんなんだ」


 右腕に彫られた幾何学的な魔法陣。なんかちょっと厨二的なカッコ良さがあるが、こんなんじゃ元の世界に帰っても銭湯入れないな。


「まあ、待て。説明の前に試して置かなければいけない事がある」

「はあ? なにを」


 ぽん、とオルグが俺の頭の上に手を置く。いったい何を


 ごきん






「は?」


 首から妙な音が響いたと思ったら、ベットの上に寝ていた。体を起こすと、オルグが顔が前後逆になった俺の死体を抱えている。

 そうか。今の一瞬で殺されて復活したのか


「いや何してくれますのん?」

「これも実験のためだ」

「お前、実験のためって言えば何でも許されると思ってない?」


 唐突に殺される人の気持ちとか考えたことあるか? 復活するっていっても怖いんだぞ。


「ってあれ? 刺青が、消えてる?」


 右腕に彫られていた魔法陣が跡形もなく消えている。痛みも腫れもなくなり、元通りのすべすべの肌だ。


「ふぅむ。やはりそうなったか」

「おい。やはりってどういう事だよ」

「今回はお前の復活の力の実験なのだ。どうやらお前は復活する時、自身の体に起きた変化を修正し、復活するようだ」


 なるほど。

 要するに、あれか。


「俺は数時間もの間、何の意味もなく針で腕を刺され続けた、と。そういう事か?」

「いや、そうではない。『改造実験は無駄である』という実験結果がとれたのだ」

「とれたのだ、じゃねぇよ! ふざけんな! 謝れよ! 俺に無駄な時間を過ごさせて申し訳ないです! ってさぁ!」


 怒りのままにオルグに殴りかかるが、いとも容易く手首を掴まれて拘束されてしまう。くそ、この筋肉ダルマが。ビクともしやがらねぇ。


「ふむ。リンネの精神状態が不安定だ。今日の所は実験は中止しよう」

「クソが! 離しやがれ! この、 筋肉ダルマ! ハゲ! お前のかーちゃん出ベソ!」


 喚き暴れる俺を、まるで赤子の手をひねるように拘束すると、俺は部屋へと送り返された。

 クソ、くそ、くそ!

 こんな所、いつか絶対に脱走してやる!


 〇


「うむ。今日も元気そうだな、リンネよ」

「……本当にそう見えるならアンタは病気だよ」


 目を覚ますとそこにはガチムチ大男の笑顔があった。なんだ? まだ悪夢の続きか?


 オルグを押しのけ身を起こすと、そこは先日散々走らされた運動場だった。死んだ名残である血痕がいまだ生々しく残っている。


「で? なんで俺はココにいんの? こんな所で野宿した覚えがないんだが」


 昨日は確か、実験とは名ばかりの虐待の後、部屋に閉じ込められていたはずだ。


「それは当然、我々が連れてきたからだ」

「それはわかってるわ。俺が聞きたいのは何のために連れてきたかだよ」

「なんだそっちか。それはな、効率のためだ」

「効率?」

「どうせ今日の実験でも何度も死ぬだろう? だがその度にお前の部屋まで迎えに行くのは手間だ。そこでその手間を省くために復活地点をココに変えようと」


 なるほど。合理的だ。

 確かに俺の部屋からこの運動場まで結構遠いんだよな。


「っじゃねぇよ! 何度も死ぬ実験って何!? アンタらは俺に何をしようとしてんの!?」

「まあ、落ち着け。今日のは今までの実験と違い、それほど大変ではない」


 どうどうとオルグが宥めてくるが信じられるワケがない。というか今までの実験がキツい自覚はあったんだな。


「で、結局何すんだよ」

「それを話す前に、先日の性能テストの結果からだ」


 オルグは何やら報告書のようなものを取り出し、コチラに渡してきた。


「ほうほう、なるほど」


 読めねぇ。

 そういえばココは異世界。つまり外国だ。文字なんて読めるはずもない。

 あれ? そういえば今まで気にしてなかったが、なんで言葉が通じるんだ? 異世界の不思議パワーか?


「見てもらえば分かると思うが、魔力は6歳児相当、体力は13歳相当だ」

「へー、この世界の子供って強いんだなぁ」

「お前が弱いのだ」


 だよね。

 俺もそう思う。でも運動しない現代人なんてこんなもんだろう。


「よって、技術訓練の実施は延期し、しばらくは基礎能力訓練を行う事にする」

「え、それってつまり、昨日みたいにまた延々と走らされるのか?」


 蘇る先日の悪夢、あれだけは絶対にいやだ。

 だがオルグは首を横に振った。


「いや、まずは貧弱すぎる魔力を鍛える。魔力と肉体は繋がっている。魔力を鍛えれば、肉体も多少はマシになるだろう」

「なるほど、魔力を、ねぇ。それってどうやるん? 瞑想とか?」


 そもそも魔力ってなんなんだろう。エネルギーみたいなものなのか、それとも筋肉みたいなものなのか。


「魔力を鍛えるのは簡単だ。筋肉と同じで使えば使うほど強くなる。よって普通の者は限界まで魔力を使い切ることで、自身の魔力を鍛えるのだ」

「へー」


 魔力を使う、か。

 脳裏に過ぎるのは昨日の水晶球に触れた時のこと。魔力を根こそぎ抜き取られた俺は全身の穴という穴から血を吹き出して死んでいた。


「それって危なくないか?」

「無論。加減を間違えれば死に直結する危険な修行だ。まあ死に瀕するほど魔力を使わなくとも魔力は少しずつ鍛えられていくから問題は無い」

「なーんだ。よかった」

「だがお前には死んでもらう」

「なにゆえ!?」


 話の流れ的に俺が死ぬ必要なくないか?

 いくら復活するからといって、俺だって死ぬのは怖いんだぞ。

 憤慨する俺の肩に、どこか優しげな目をしたオルグが手を置く。


「それはお前のためだ」

「は?」

「昨日、お前は急性魔力欠乏症で死んでいたが、普通の魔力欠乏症は死ぬほど辛い」

「……」

「魔力欠乏症の症状は高熱、頭痛、内出血、関節痛、血尿、血便、嘔吐、鬱……その他肉体、精神へのダメージ多数。一方で急性魔力欠乏症は苦しみを失う暇もなくまず失神するから苦しみがない。……どちらが辛いかはわかるな?」


 いや、そうは言ってもなぁ。

 なんかそう簡単に死を選ぶというのはちょっと……。


 なおも逡巡する俺を見て、オルグはひとつため息をつくと


「まあお前が悩む気持ちも少しはわかる気がしなくもない」

「いやそこは100%理解して欲しい」

「だから最後の決定はお前に委ねる」


 オルグは俺の目の前に2つの水晶球を置くと、それぞれに魔法陣の書かれた紙を貼り付けた。


「左が昨日と同じ、最大強度の『魔力吸収』。右が最低強度の『魔力吸収』だ」


 なるほど、左の水晶球を使えば復活を使ったインチキ魔力トレーニング。右を使えば復活を使わない普通の魔力トレーニングができる、と。


 そんなの考えるまでもない。俺は極力死にたくないんだ。

 俺は右の水晶球にふ






 気づくとギラギラと輝く太陽を見上げていた。この世界でも空は青いし太陽はひとつなんだな。

 ってそうじゃない。


 身を起こすとそこは運動場だった。

 相変わらず暑苦しそうなローブを着た研究者集団が目につくが、何より目につくのは水晶球を触ったまま血の海に沈む死体だろう。


「おい、オルグ。てめぇ騙しやがったな」

「いや、騙してなどいない」

「ふざけんな! だったらなんで俺が死んでんだよ!」

「それはお前の魔力が少なすぎるせいだ。いやまさか最低強度の『魔力吸収』でも死ぬとは。計算違いだ」


 このやろう。いけしゃあしゃあと。

 絶対わかっててやっただろ。


「ともかく、これでわかっただろう。お前にある選択肢は左の球で死ぬか右の玉で死ぬかだけだ」

「後ろの出口から帰るというのは」

「却下だ」


 見れば後ろの出口を塞ぐように研究員が立っている。いや研究員か? ローブこそ着ているが、オルグ並にムキムキだ。なんでこの世界の研究員はみんなあんなに強そうなんだ。


「くそったれ」


 どちらにしろ、俺には選択肢がない。

 ホントにクソみたいな研究所だここは。

 いつか絶対に逃げてやる。


 俺は足元に転がる水晶球を苛立ち混じりに蹴飛ば……





 太陽が眩しい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る