雨宿り

佐々木実桜

青い傘

ホームルームが終わると真っ直ぐ家に帰る私が、雨の日にだけ必ず寄る場所がある。


東屋のある、和を感じる公園。


桜の季節こそ人は増えるが普段は人っ子一人いない、静かな場所。


そこで十分だけ、人を待つ。


私がこの場所に寄るようになったきっかけの人を。



私には、はっきり言えば友達が少ない。


居ない訳では無いがみんな何かしらの部活動に入っており、私は基本的に一人で帰っている。


天気予報が外れて雨が降ってきた日のことだった。


ちょうど置き傘を持って帰ってしまった次の日。


傘を持っていなかった私は学校の近くで東屋のあったこの公園まで駆け抜け、雨宿りをすることにした。


「はぁ、いつ止むんだろう。」


私は風邪をひきやすい体質で、調子に乗って傘無しで駅まで駆けようものなら翌日は熱を出して休んでしまうだろう。


通り雨であってくれと祈るばかり。


水たまりを踏む音がして振り向くと、傘を差した男の子が居た。


「あの、雨宿りですか?」


同じではない、少し離れた所にある高校の制服。


「はぁ、まあ。」


コミュニケーション能力にはあまり自信が無い私の返答はきっと愛想のないものだっただろう。


「僕、折り畳み傘持ってるのでお貸しします。」


東屋に入ってきたことで傘で見えなかったその子の顔が見えた。着物が似合いそうな黒髪の男の子。


「でも、知らない人から借りるなんて。」


小学生のようなことを言ってしまった。


「近くの高校の方ですよね、僕、高校は遠いんですけど、ここら辺に住んでるんです」


そう言いながら彼は鞄から青い折り畳み傘を取り出した。


「近くても返せるかは…」


知らない異性に連絡先を教えるのも躊躇われる。


「別に返さなくていいんですけど、まあそう言っても納得しないですよね。」


「あ、じゃあ、また返しに来てくれませんか?」


「え?」


「ここに。雨の降る日に、放課後、十分だけここで待ってください。僕が傘を貰いに行くので」


正直納得は出来ないが、彼はそれだけ言って傘を置いてそそくさと去ってしまった。


東屋に残されたのは私と青い傘だけ。


「……ありがたく使わせてもらうか。」


その日から、真面目な私は律儀に『雨の降る日の放課後、十分間だけ』ここで待っている。


一度はずっと待ってみようかと思ったが面倒になって帰ってしまった。


雨の日を七回越え、今日でもう八回目。


待つこと八分、あと二分で私はここを去る。


「ん〜、普通に連絡先聞いといた方が楽だったかなあ」


「それじゃあ、意味がないじゃないですか」


独り言に返答があって振り返るとあの日と同じ傘を差した、あの男の子が立っていた。


「こんにちは」


「あ、はい、こんにちは」


「それで、意味がないって?」


「傘を押し付けて、連絡先をきいて、それじゃ君は僕に興味を持ってはくれないし、ロマンチックじゃない。」


「ロマンチック…?」


「あ、いや、あの、」


何を言い出すかと思えば、私が傘を借りた相手はなかなかに変な子だったようだ。


「一目惚れ、したんです、あの時。」


「え?」


「綺麗な人だなって思って、でも僕、初対面で人に好かれるような外見してないし、少しでも記憶に残れたり、あわよくばまた会えたらって、」


どこの少女漫画だ。


私に傘を押し付けた時の強引さはどこへやら、なよなよとした態度で男の子は言った。


その様子に私は、どこか放っておけなさを感じたようだ。


「記憶には残りましたよ、傘を押し付けてまた返しにこいって言ってさっさと帰っちゃうんだもの。」


「うっ…」


「それに、知りたくなりました。どんな人なんだろうって。」


「…?」


「一目惚れなんて初めてされたから貴方の思うような人かは分かりませんが、少し話をしませんか?」


「え?」


「私のことを話すので、貴方のことを教えてください。そうですね、じゃあ、雨が止むまで。」


「…っはい!!」


感激したような彼を東屋の中に招き入れて、二人並んで腰掛けた。


雨はまだ、止みそうにない。

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雨宿り 佐々木実桜 @mioh_0123

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