最終話 神と預言者

 最高のピクニックから帰宅した、その日の夜。

 風呂からあがった明人はそのまま二階の自室に戻り、室内灯をつけた。


 コタツの上には、千星からプレゼントされた藁細工わらざいくの輪が飾られている。

 いつか闘争界で千星からもらったアクセサリーの、レプリカだ。


(コタツはいつまで出しておけるかな)


 そんなことを考えた。

 小さな個人用コタツとはいえ、出しておくと部屋が狭くなる。

 だが、コタツを片付けるとなると、出しっぱなしの来客用座布団も片付けなければならなくなる。ベルのために出した、来客用の座布団をだ。


 事情を知らない者には、だらしなく敷きっぱなしにした座布団にしか見えないだろう。

 だが明人にとっては、それはベルと縁があったことの証でもある。

 いずれは片付けなければならなくなるのだろうが、もうしばらく名残なごりを惜しんでいたかった。

 と、


「明人、入るよー?」


 と声がして、返事を待たずに明人の母が入ってきた。


「あったあった。座布団、使わないならちゃんと戻してね」


 そう言って、明人の母は思い出の座布団をひょいと取り上げ、出て行ってしまった。

 知らないのだから仕方しかたないとはいえ、無情なほどあっけなかった。


「…………」


 明人はなんとも言えない気分になった。

 思い出の品は当人にとってのみ特別で、他人にとっては何の変哲もないモノにすぎない。

 それはわかる。

 わかるが、それにしても、もうすこし気遣いがあっていいのではないだろうか。


(人生ってこんなものかな)


 持っていかれた座布団をしのび、ため息をついた。

 本当はスマートフォンのアプリの整理でもしようかと思っていたのだが、なんだか面倒くさくなってやめた。

 まだ早いが、電気を消して、ベッドに寝転がった。

 寝てしまってもいいと思って、掛け布団をかぶった。


(……ベルはどうしてるかな)


 真っ暗な部屋の中で、暗い天井を見つめつつ、そんなことを考えた。

 三界で別れて以来、彼が明人に会いに来たことは一度もない。

 彼は天の神だ。

 雨が降り、日の光が照らす、日々の自然の恵みのいったんを司るわけだから、毎日忙しいのかもしれない。


 ふうっ、と。

 大きく息を吐いて、目を閉じた。


 今日は皆とピクニックに行って、楽しい時間を夢中で過ごしたためだろうか。

 いつもなら起きている時間だというのに、うとうとと気持ち良くなってくるのを感じた。


 家の前の路地を走る原付バイクの音がよく聞こえた。

 暖かい布団の中で、おだやかにまどろんだ。


 ドンッ!


「おう゛っ!?」


 いきなり重量感がみぞおちに来た。

 内臓が思いきり響き、息が詰まった。


「なっ、なんだ!?」


 すぐに飛び起きた。


 なにかが腹に落ちてきたのはわかった。

 だがベッドに落ちてくるような場所に、そんな重いものは置いていないのだ。

 だからこんなことはありえない。

 誰かが飛び乗ってきたのでもなければ、だ。


 やはり、というべきか。

 目の前に、見覚えのあるシルエットが鎮座ちんざましましていた。


 リモコンで電気を点けると、


「ベル!?」


 はたして、ネコのぬいぐるみ姿をした神がそこにいた。


「うむ、私だ。久しぶりだな」


 悪びれずにベルは手を挙げてみせた。


「……うん、久しぶり。ベルも変わらないね。俺がクッションに見えるところまで」


「すまん。なつかしくてついな」


「普通になつかしがってよ」


 抗議した。

 会えてうれしいやら、寝込みドッキリを食らって腹立たしいやらで、いまいち素直に再会を喜べなかった。

 ともあれ、


「でも、どうしてまたここに。まさか俺、またヤバいことになったの」


 と聞いた。


 実のところ、ベルとまた会うことになるかもしれないとは思っていた。

 アナに指摘された千星と同じく、明人も三界を破壊した者たちのうちの一人だ。しかもベルの預言者である。業績が理由で、千星が平穏無事な生活を送れそうにないのだとしたら、明人にだって同じことが言えるのだ。

 だが、まさかこれほど早く再来するとは。


「ああ、いや。今回はお前に危険が迫っているわけではないのだ」


 すこし遠慮がちにそう言って、ベルは手を横に振った。


「どういうこと?」


「実は、まったく別件で上位世界絡みの問題が起きていてな。といっても今回は三界ほど悪辣あくらつなものではない。まあ、あんなものがそうそうあっても困るがな。だからそこは安心してもらっていいのだが、やはり巻きこまれてしまった人間が出ていてな……」


「大変だね。それでベルがまた一肌脱いで、人助け?」


「早い話がそういうことだ。神は超然としているべきなのだが、特別にな」


 とベルはうなずいた。


(やっぱりベルは特例が多いなあ)


 そう思いながらも、明人はなんだか嬉しくなった。

 ベルは今も、明人を助けてくれたときの神様のままなのだ。


「ところが、当の助けようとしている相手が問題でな。私の存在に気がついてくれないのだ。姿は見てもらえないし、声も届かないしで、手を差し伸べることもままならない。正直、頭を抱えている」


 そう言って、ベルは明人の顔をもうしわけなさそうに見上げた。


「そのようなわけで、預言者の助けが欲しいのだ。すまないが明人、頼らせてもらえないか」


「……」


 明人はきょとんとした。

 なぜきょとんとしたのか自分でも不思議だったが、すぐその理由に気がついた。


 三界に挑んでいたときは、いつも明人がベルを頼っていた。

 それが普通だったのだ。

 まさか、こうして自分がベルに頼られる日が来るとは。


「いいよ。もちろん」


 二つ返事で引き受けた。

 すぐ引き受けた理由は、自分でも説明しづらかった。

 恩を返すため。

 預言者として役に立たねばならないから。

 もちろん、それもあるだろう。だが単に、ベルが好きだから手伝いたかった。結局それが一番大きいのかもしれない。


「ありがとう。助かる」


 ベルがいつかのように手を差し出した。

 明人もその手を握った。

 ベルとこの部屋でこうして握手したのは、これが二度目だ。だが今回は、初めてのときのように握りつぶしてしまわなかった。


「またよろしく頼むぞ、明人――私の預言者よ」


「うん、よろしく」


 と明人も応えた。

 応えたことで、実感が湧いてきた。

 また何かが始まるのだ。


 明人は預言者としての務めをもうすべて終えたとばかり思っていた。

 だが本当は、始まったばかりなのかもしれない。



~ Fin ~

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6日後はデッドエンド ~世田高生は、死の運命を受け入れない~ とりくろ @trkr

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