チューリップ -穴-

「ヤバイ。最悪…………」


真夜中の2時。人気のない山の中で私は一人で穴を掘っていた。

それのなにがヤバイってそれはもう最初から全部そうなんだけど、

今ヤバイと思うのはこれはとても朝までには終わらないだろうなってこと。

正直、穴掘りを舐めていたと認めざるを得ない。

人一人分の穴。誰かを埋める為の穴を掘るなんてインドアな私にはできっこなかった。


「あぁ、もうっ。……無理すぎ」


まだほとんど新品のスコップを放り投げて土の上に座り込む。

ポケットから煙草の箱を取り出して、残り3本の内の1本を咥えて火をつけた。

一度ゆっくりと吸い込み、それから大きく煙を吐き出した。

そしてもう一度ゆっくりと吸い込み、そうしながらこの1日のことを思い返した。


 ・


あるオタク系のショップの向かい。

ずっとシャッターが下りたままの以前はトレーディングカードを扱っていたお店。

……の、脇にある100円自販機の前で私は”彼女“と待ち合わせ、出会った。


彼女の名前は「マキ」。本名は知らない。知ってるのはハンドルネームだけ。

半年くらい前から関りがあって、いわゆるネット上でのオタ友というやつだった。

だいたいは私が推してるキャラとかカプについての話ばっかだったわけだけど……、

いやまさか、彼女が本当に女の子だったとは思わなかった。


リアルで会いたいとか言い出すもんだから、どうぜ脂ぎった年のおっさんかと。

そういうことは往々にしてあるし、私はそれでもいいもんだから会ってみたんだけど、

けど実際に来たのは可愛い女の子だった。多分、JC。女子中学生。高校生には見えない。


やばい!と思ったね。超やばい。彼女の思惑がどうあれ、JCなんて爆弾みたいなものだよ。

社会に対して真っ当な立場を持たない私みたいな不適合者が近くにいていいものじゃない。

もし、ここでお巡りさんにでも声をかけられたら釈明の余地なく私は犯罪者だ。


とはいえ、彼女を無碍にもあしらえない。女子中学生なんてほぼナイーブさでできてる。

こんなところに現れる奴はそうだと断言できる。

そう、中学二年生だった私も”こう“だった。

自分が生きてるつまらない世界の外に向かえるなら、それはなんでもよかった。

無軌道で不用心で浅はかさ極まる。けど、それが中学二年生だし女子中学生だったんだ。


――ということで、その過程を大幅にスキップすると、私は彼女と一緒にいることにした。

それは何もかも予定通りだ。中年のおっさん相手だと思ったのがそうじゃなかっただけで。

マクドナルドで食事をし、カラオケに2時間くらい入って、オタショップを巡った。

ここで成年同士で気もあえば飲みがあったり、もう一度カラオケもありえたけど、

如何せん彼女は未成年なので、じゃあ”今回は“って言おうとしたんだ。

けど、そう、わかってたよ。彼女は”ずっとこのまま一緒にいたい“って言ったんだ。


 ・


その、2時間後くらいには、私は脂ぎった中年のおっさんを殺していた。

嘘。殺したおっさんに申し訳ないので訂正すると、清潔感のある善良そうな人だった。

なんでそんなことになったのかって言われると深い理由があるんだけど、

まず彼女――マキが家出をすると言った。私にその面倒を見てほしいとも。

けど彼女――マキは家出をするにあたってお金がないと言う。私も金持ちじゃない。

なら彼女――援助交際でそれを賄えないかと言い出した。そして今に至る。


別に最初から男を騙して殺してお金を得ようだなんて思ってなかった。

ただ、騙してお金を盗んで逃げようと思っただけなんだ。

当然だけど、”そういうこと“をそのままするつもりなんてなかった。(未経験だし)

こう、漫画とかで見たみたく相手を先にお風呂に入れてその隙にというつもりだった。

けど、現実にはそう上手くいかなくて相手がお風呂なんかいいって言うもんだから、

そう、こっちはしどろもどろのわやくちゃ。


先にマキちゃんが手を出して私が思いっきり突き飛ばしたらそのおじさんは死にました。


ちなみにおっさんの財布には4万円と3千円しか入ってなかった。

私はホ別5万で募集したんだけど、最初から値切るか踏み倒すつもりだったてわけ?

そう考えると私たちにも、正当防衛に対する一分の理が……まぁ、できないけど。


さておき、私たちはそのお金となぜかおっさんの死体もつれて逃げ出した。

今考えれば放っておけばよかったはずなのに、車があったから乗せなきゃと思ったんだ。

なんで車で来てんだよって、数時間前の自分につっこんでやりたいね。


 ・


それから、仕方がないから死体は山に埋めようってことになった。

振り返れば自首したほうがよかったと思うけど、人生滅茶苦茶になるのはいっしょだし、

今は行けるとこまで行こうみたいな感覚。正直テンションは上がってた。


山への行き方はカーナビに任せるとして、埋めるにはスコップが必要だ。

そんなもの車に常備してるわけもないので、まずは直近のホームセンターへ。

そこでまず大きめのスコップを二つ手に取った。(実際は1本しか使ってないけど)

それだけだとなんとなく不自然だと思ったので、チューリップの球根をいっぱい買った。

お家の庭にチューリップの花壇を作る。これはなかなか冴えた言い訳だよね♪

とか思ってたら、専用の土もいるよってチューリップの土も買わされた。

めちゃくちゃ重かった。


花壇を作るならブロックも買って行けばって言われたけど、それはまた今度って断った。


 ・


そして高速のサービスエリアで深夜になるまで待って最寄りの山へと向かった。

適当なところで車を止めて、死体を担いで奥まった所まで運ぼうとして、

あんまりにおっさんが重たいものだから、道路から数メートルで妥協した。


ちなみにマキちゃんはとっくに寝てた。

そして私は死体を埋める穴を掘り始めてすぐに放り投げている。


なんなんのだこれは。私しか動いてないぞ? 別にそこまでする理由もないのに。

ただの感傷だ。あの日、自分をどこかに浚う待ち人を見つけれなかった私への。

それだって人を殺して埋めるほどのものじゃないだろう。


「そんなに私って今の自分を投げ出したかったのかな……」


人生や自分がおもしろくなくなっていくのってさ。それは社会におもねるからじゃん。

わかってるんだよそんなこと。

だから、今の私もなにか切欠が必要だったのかな。


「でもなー……」


じゃあ人を殺したぜー、逃避行だぜー、ボニー&クライドだぜーとはいかんでしょ。

絶対無理無理、できっこやりきれっこない。今できることは、そうこれだけだ!


 ・


ということで私は、あの死体を自分で掘った穴に埋めてやった。

私だってなかなかやるもんだと思う。穴の深さについてはかなり妥協したけどね。


埋めた上からチューリップの土をかけてやった。それから球根を全部植えた。

援交しようとしたおっさんにしてはいい墓ができたと思う。


「さてと……」


いい感じの朝日が昇ってきている。眩しく、けど心地よくなにより温かい。

どこか希望すら感じさせて、徹夜のテンションと疲労にキまる感じだ。


さぁ家に帰ろう。家出少女も家に帰そう。

”神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し“だ。

どこにもない世界、辿りつけない空想の世界なんかに向かおうとしても仕方ない。

全てのは今の中にあり、今の続きでしかない。いつだって変えるのは今。


私の人生だってまだ捨てたものじゃない。

可能性だけならまだ無限にあるし、今日だってちょっと大それたことをした。

大人の階段をひとつ登ったとも言える。まだいくらで変われるんだ。


この後、また同じサービスエリアに戻って朝食をとった。すごくおいしかった。

それから四日後、アパートに警察が来て逮捕された。


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Candy pot V-7 @V-7

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