図書室にて -冷蔵庫-
”――どうして人は冷蔵庫に人を入れるのだろう?“
・
「入れたりはしない」
それが私――悠木莉菜の回答だった。この話題はたった1秒で終わった。
「にべもないね。
けど、そんなことはないんだよ。人は冷蔵庫に人を入れるものさ」
話題の主――天野叶佳が食い下がる。
今となってはなんて媚びてるんだと思わせるその厭らしい笑み。
外国の人形のそれもとびきり上等なものの様な顔に彼女はそれを浮かべる。
私はその顔に見つめられることが不快でたまらなく顔を背けた。
「話にも聞いたことがない」
冷蔵庫は食べ物を冷やして保管する為のものだ。
きっと生まれた理由もそうで、そう機能し、それは今も変わらないはずだ。
その中に冷蔵庫に人を入れる。入れておくなんて瞬間が存在したわけがない。
「君は意外と浅学だね」
ともすれば侮蔑のニュアンスを含む声だった。
こみ上げる不快感に口を押えた。心臓が警報ベルのように鳴り出すのを感じる。
君は意外とこんなことも知らないんだね。なんて、何度も私が口にした言葉だ。
「それで、実際はどうなの? 知識をひけらかしたいならすれば?」
天野叶佳は私の見てないところでその小さな肩をすくめただろう。
そして音を立てずに小さく息を吐き、唇を歪めるのだ。
見てなくともそれくらいのことはわかる。
「確かに、現実の事例としては冷蔵庫に人を入れることは少ない。
けど、どうしてか物語の中ではそれは少なくないんだ」
どういう心理か冷蔵庫に閉じこもる。冷蔵庫から人が出てくる。
冷蔵庫の中にある人は死体だったりするし、それは大抵解体されている。
また冷蔵庫が人を喰う、そのまま冷蔵庫という題名の映画があるし、
逆に冷蔵庫の中にいたからこそ命を救われたという物語もある。
言い出せばきりがなく、冷蔵庫がどこかへのの入り口であったり、
その中に小人の家族が住んでいるなんてこともあったりするのだ。
では、どうして冷蔵庫なのか。そしてどこかそれにはおぞましい印象がある。
「それを、どうして人は冷蔵庫に人を入れるのかと言うのね」
そう言ってみても、フィクションだからこそそれはよりそうなのだろう。
冷蔵庫に人を入れるなんて場面。どうしてそうするのかと問いたくなる。
冷蔵庫にまつわる怪奇。物語に求められる冷蔵庫の役割。とても謎だ。
「その心理はどこから来ているのか、私は君と語らいたいよ」
赤い陽が地平線で溶け始め、空が夜色一色に塗りなおされるまでの間。
四半刻にも満たない中で語ることがよりにもよって冷蔵庫?
あまりの馬鹿馬鹿しさが逆に救いだった。
「冷蔵庫は多分、ほとんどの家庭において最も頑丈な”箱“よ」
冷蔵庫の物語は大抵はそのまま箱の物語と置き換えることができるだろう。
ならば話は簡単だ。箱の物語なら古今東西いくらでも引き出してこれる。
そして、現代において最も身近な”箱“が冷蔵庫なのだ。証明終了。
「いい着眼点だ。しかし冷蔵庫の物語には猟奇に属するものが多い」
そして彼女は語った。現実の話としての冷蔵庫が人を喰った話。
ゴミ捨て場、またはそうではない空き地に投棄された古い冷蔵庫。
きゃっきゃとそこで遊ぶ子供たち。箱に興味を持ち、入ってしまえば――。
「確かに、そういう事故の話なら聞いたことがあるわね……。
けど実際の話として本当に人は冷蔵庫に閉じ込められるの?」
彼女は答える。むしろだからこそ冷蔵庫の開閉は今のように改善されたのだと。
それ以前は冷蔵庫の扉は掛け金で閉じられていた。
容易く鍵がかかってしまい。それでいて内側からは絶対に開かない。
「ちなみに死因は窒息死だ。同じ様な事故は洗濯機でも起こるね」
どれほどの子供が冷蔵庫に”喰われて“死んだか。
それは主に米国での話だが、彼女が出した数字を聞いて私は絶句した。
もうそんなに子供が死んでるというなら冷蔵庫は恐怖の対象に違いない。
「そう、なるほど。それがまたひとつの、しかも強い要因というわけなのね」
時に恐怖という感情はこの世界に怪異を生み出すなんて話がある。
それが眉唾であるとしても恐怖の物語は生み出すのだ。
人喰い冷蔵庫というは比喩ではあるが、しかし紛れもない現実でもあったのだ。
「加えて、冷蔵庫の登場で人が生肉を保存できるようになったというのもある」
なんにでもそれらしい理屈や理由はあるのだと変に感心させられる。
今まで気にしたこともないのに、告げられたその事実はかなりグロテスクだ。
実際に昔の人は今の人以上にそれを感じていたのかもしれない。
「けど、結局のとここの話題はなんなのよ。
私のことを怖がらせようと思っていたのだとしたら、お生憎様だけど?」
冷蔵庫には思いもしない意外な側面があった。けど、だからなんだというのか。
それはとても昔の話のことで、現代においては危惧する必要もないことだ。
また、私は冷蔵庫が人を襲うなんて品のない映画は決して観たりしない。
「ううん、ただふと思っただけさ。
もし、この部屋に小さくとも冷蔵庫があれば――」
・
”君のことをいつでも自由に取り出せたのにねって♪“
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