「雨宿り」

崩れ落ちそうな姿のままずっとそうしている、骨組みとまとわりつく瓦礫の建物。

外に吹き荒ぶ赤錆交じりの風を避けるように二人の少女がその隙間に姿を潜めている。

その中で黄色い夕日を明かりに少女と少女は黙々と作業に没頭していた。


片方はパチ、パチと小気味よい音を立てながら銃弾を一発ずつ弾倉に詰めなおしている。

肩にかかる艶のある紅い髪。意思の強そうな黒い目。結んだままの口。

クリーム色のサマーセーターに赤を基調したチェックのスカート。

その上にタクティカルベストを着て、更にワンサイズ大きい暗色のコートを羽織っていた。


片方は武器から外した丸鋸から丁寧に”カス“を払ってワックスで綺麗に磨きなおしている。

ピンクとブルーのメッシュが混じる波がかった金髪をボリュームのあるツインテールに結んでいて、

ぱっちりと強調した瞳を瞬かせ、ぷっくりした唇にはラメ入りのリップを引いていた。

白地に青のラインが走ったチアのコスを着て、膝上まで覆うガード付きのローラーブレードを履いている。


しばらく。

弾倉の整理を終えると、紅い髪の少女は弾の入ったものとそうでない弾倉をそれぞれ定位置に戻した。

比較して幼く見えるツインテールの少女も作業を終え、丸鋸を己の武器に嵌めなおす。

二人は小さく伸びをして、外で吹き荒れる風の音に耳をすまし、心の中だけで溜息をついた。

デバイスを取り出し、信号を発していること、通信が可能ではないことを確認して戻す。


風に混じる大粒の錆が当たる音が瓦礫を通じて聞こえてくるのはいつか聞いた雨音のようでもあった。


少女と少女はその音を聞きながらただじっとしている。

幸い、食事や睡眠が必須の身体ではない。また食事を摂らなければ排泄することもない。

ただ暇なだけだ。

いついかなる脅威が迫りくるか、天候的に不利な状態でしかし暇な時間を過ごさなくてはならない。



 ■



「あのさ」


ツインテールのほうが声を出した。紅い髪のほうは顔をあげるだけだ。


「…………あんた達、その、進展してるの?」


紅い髪は問いを受け取ると少しだけ間を置いて、返事をする。


「それって、具体的には?」


ツインテールは苦虫を嚙み潰したような顔をすると、少し語気を荒げた。


「それって言う必要あるかなぁ。つまり、もう”寝た“のかってことよ」


紅い髪はやっぱりなと思って、それから正直に答えた。


「怜南さんとはまだそういう関係じゃないよ。

 任務が一緒だったらお風呂を一緒することはあるけど、君みたく僕はえっちじゃないし」


紅い髪は表情を変えずに言う。翻ってツインテールの表情はころころ変わった。


「だれがっ、その、えっちだとかふしだらだとか……っ!

 ていうか”まだ“ってなによ。それってつまりいずれは”する“ってことでしょ?」


紅い髪は応える。


「怜南さんに迫られたら断れないかも……」


言葉とは裏腹に、浮かない顔をする紅い髪にツインテールは首を傾げた。


「…………もしかしてあんた、怜南と喧嘩してる?」


紅い髪は首を振る。そしてゆっくりと背を壁に預けた。


「別に。けど――」


錆の雨音を思い出すくらい沈黙が続いて、それから。


「――人を好きでい続けるのも難しいなって」


それを聞いてツインテールはなんとも言えない気分になった。それは、”そう“だからだ。



 ■



「この世界に”生まれ変わって“、強く老いない姿をもらって、それでまだ4年だけど……」


思っていたより飽きが来るのが早かった。

そう言いそうになったのを、こんなに簡単に慣れるなんてと紅い髪は言い直した。


「……ま、そういう時期は周期的に来るわよ。誰だって」


ツインテールはもう16年目だった。目覚めた時から変わらぬ姿で16年。

危険はあるが危機はなく、ゲームではあるがクリアはないという日常をそれだけ繰り返している。

それでもまだまだ”ドーム“の中じゃあ若年だが。


「怜南さんのことは好き。最初に会った時よりも何倍も。

 今もこの後、怜南さんの前に出たらこんな気持ちはどこかに吹き飛ぶと思うよ。

 でも、怜南さんがいない時に感じるのは寂しさじゃなくて、……疲れなんだ」


だからこそ”少女“達は新しい刺激に飢えている。

数年から十数年に一度の間隔で現れる新しい”少女“なんか、それこそというものだ。

ツインテールは紅い髪を横から怜南を浚っていった泥棒猫だと憎んでいるようなふりはしているが、

しかしそれ以上に紅い髪のことを憎からず思っていたし、一緒にいると心が浮き立った。

とっくに自覚しているが、どうアプローチしても振り向かない怜南への恋心などとうに消えていたのだ。


「贅沢な悩みよね。あんたってば今は選べる立場にいるわけなのにさ……」


ツインテールは紅い髪を眩しそうな眼差しで見つめる。

そのままお前も怜南への恋心を失ってしまえばいいと思った。そうすれば、もしかすれば。


「――僕のことが好きなの?」


もしかすれば?


「はっ? 何言って、私は怜南お姉さま一筋だって初めて会った時から言ってるわよね!?」


今、どんな可能性を考えたというのだろう。


「僕が”選べる“ってそういう意味なんじゃないの? 怜南さんかさ、君かさ?」


これはまた”ごっこ“でしかない恋愛のふりなのか、そしてやはりただ慰めを求めているだけなのか。


「そっ、そんなわけないでしょ! 一番若いからって自惚れてると、ぶっ殺すわよ!?」


本物の恋なんてないことは知っている。


「そういえばさっき機獣と戦ってる時に僕のこと殺そうとしたよね?」


永遠はどんな恋をも一瞬で過去のことにしてしまうから。


「あれはものの弾みよ!」


永遠の自分は恋を置き去りにしてしまう。


「この前は40メートルの高さから突き落とされたんだけど?」


だから、恋を永遠にするには――。


「あんたがボケっとしてて狙われてるからじゃんっ!?」


殺すか死ぬか、なんて。




……それはそれはあまりにも馬鹿げた感傷だ。



 ■



「――うん、うん。それでさ。

 今ビーコンを出して雨宿りしてるんだけど、……え? 迎えに来てくれるの?

 遠くない? 怜南さんも任務帰りだよね。いいの? だったら待ってるけど――」


錆の雨はぎゃあぎゃあと喚き合っていればいつの間にかに過ぎ去り、通信も回復していた。


「えっ、本当ぅ? ……ううん、違う。すごく嬉しい! じゃあ、今日は僕がさ――」


デバイスを片手にその場でくるくる回ってる紅い髪を見て、

やっぱまじで殺してやろうかとツインテールは思った。


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