神戸茜音さん

 初めてヴァンパイアボディでよかったと思えた気がする。普通の人間だったら首ねじ切れてたかもしれない。結構フッ飛ばされたし。


「あんた一体何してたの! というかここどこ! なんでいきなり夜中になってるのよ! たしか……」

「ちょっ、ちょっと茜音! 落ち着いて」


 混乱して慌てる神戸さんを相楽さんが宥める。まあ、ゾンビに襲われたと思ったら真夜中でどことも知れないところで男に首筋を噛まれているのだ。混乱しない方がおかしい。

 まずい思いを押し殺して相楽さんの頼みを聞いた僕からすれば、たまったもんじゃないけど。


「はい、スーハースーハー。どう、落ち着いた?」

「ありがとう、都。それで、どういうことになったのか説明してくれる?」

「わかった。えっと、そこにいるのが浅葱君ね」

「浅葱譲です」

「知ってる、クラスメイトだったから」


 なら、その敵意を向けたような視線で僕を見るのはやめてくれませんか?


「それでなんだけど。茜音、最後に何があったか覚えてる?」

「最後、最後って言うと……あ!? ゾンビに襲われた!? 授業受けてたらゾンビが襲ってきて、そうだ都は大丈夫だったの!? はぐれちゃったから心配してたの!」

「うん……、私は一応大丈夫だよ」

「ならよかった……」


 ほっと安心したように神戸さんが胸をなでおろす。


「でも、あたしは確かゾンビになってたはず……」


 ペタペタと自分の体を触る。うん、青白いけどゾンビじゃないよ。


「茜音、落ち着いて聞いてね。茜音は、ゾンビになった後、ヴァンパイアになったの」

「……ヴァンパイア?」

「うん、そうだよ」

「え、ちょっと待って待って。頭の中整理させて」


 頭を抑える。いや、整理も何も簡潔にしか説明してないんだけど。


「つまり、あたしはさっきまでゾンビでさまよってたの?」

「そう。だけど、ヴァンパイアで上書きされたから理性を取り戻したっていうこと。そうだよね、浅葱君?」

「現状では、そう考えるのが一番いいと思う」


 できれば僕は僕に敵意を向けてる人と会話したくないです、はい。というか親友なんだったら説明までやってほしい。結構体張ったんだから。


「それで都が……、ありがとう」

「ううん、お礼なら浅葱君に言ってあげて。私は浅葱君のおかげでゾンビから戻れたし、茜音を戻すのにも協力してくれたから」

「えっと、さっきはごめん。変態なんて言って叩いてごめんね」

「あ、ああ。別にいいですよ。この体頑強だし」


 首元を抑えながら神戸さんが言う。さっき僕が何をしていたか気づいたみたいだった。


「あ、うん。それはそうとして、あたしと都の体に何か変なことしてない? してたらただじゃ置かないから」

「し、してないって! ヴァンパイアにしたことくらいしか特にしてない!」

「それなら、よかったけど変なことはしないでね」


 じろっと睨みつけられる。そんなことしないって。



 *****



 それから、相楽さんは神戸さんに現状の説明をしていった。これまでに何があったかとか、ヴァンパイアウイルスについてとか。あるいは、現状僕らが弥月先輩の家にお世話になっていて、そこには匿われた一般人がいることや、相楽さんが弥月先輩を信用してないことまで。

 ……特に、ヴァンパイアウイルスは親から子に対して命令することができる可能性が高いというのを聞いた途端茜音さんの視線の温度が急激に下がった。怖い。


「そういうわけだから、私は信用してないの」

「話を聞く限りだと、都の判断は間違ってないんじゃないかな。あたしも、伏せられた情報が多すぎるし。ただ、浅葱が時井先輩に通じてるとは思わなかったのか?」

「あっ……」


 その言葉に相楽さんが口を押さえる。今更だけど。そして、実際僕は相楽さんと弥月先輩が対立するようなことがあったら弥月先輩の肩を持つけど。


「これから気を付けます……」

「というわけで、これから警戒するけどよろしく」

「あ、よろしくです」

「後あたしと都に変なことしたら速攻ぶん殴るから」

「しないってば……」


 危機管理能力が高すぎるとでも言うべきか……、素直なところは美点なんだけどね。


「それよりも、ちょっといい? 浅葱君も」

「どうかしたの?」

「ちょっと、気になることがあったの」


 そう言って、相楽さんは口をつぐんだ。どこから説明したらいいかわからないとでも言うように。


「浅葱君には昼間、ゾンビたちがどこか一か所に集まってるみたいだって話はしたよね?」

「うん、それは聞いたよ」

「それがどうしても気になって、夜の間に調べに行ってたの。その最中に茜音を見つけたんだけど……」


 そんなことを話しながら相楽さんは地図アプリを起動する。そして、とある一点にピンを立てた。


「実際に、ゾンビたちが集まってた。道を埋め尽くすくらいにたくさん」

「本当なのか!?」


 神戸さんが驚いたかのように言う。そのピンはとあるターミナル駅を指していた。かなり大きい駅で、何万人と収容できるだろう。そこからあふれていたのだとしたら、最低でも数十万、多ければ1千万を超えるかもしれない。

 本当だとしたら、間違いなくヤバい。僕らはゾンビにはならないけれど、バラバラにされたら死ぬかもしれないのだから。


「本当だよ。私が見てる間にもどんどんゾンビたちが集まってた。茜音もそこにいたから見つけられたんだしね」

「……最強の、軍隊」

「そう」


 弥月先輩が言ったことが頭をよぎる。悪夢でしかないよな。神戸さんも何を言っているのか理解しているようで顔を青ざめている。


「しかも、パッと見ただけだけど歩哨みたいに見回ってるように動くゾンビもいたの。ゾンビを操ってるみたいに」

「最悪っ……!」

「そういうわけで、警戒しないといけない。それに協力してほしいの」

「わかった。僕も協力するよ」


 弥月先輩には……、言った方がいいかもしれないな。相楽さんは弥月先輩のこと疑ってるみたいだけど、僕からしたらマッドサイエンティストなだけだから。それに頭もいいし知恵を借りたい。まあ、狭い家の中でギスギスするのは避けたいけどさ。


「私からの話はこんなところ。茜音は何かある?」


 ふるふると神戸さんが首をする。


「こんな世界になっちゃってみんな混乱してると思うけどよろしくね。頼れる人って言ったら茜音と浅葱君くらいしかいないし」

「でも、なんにせよ神戸さんが見つかってよかったよ。これからよろしく」

「あたしも……、さっきはごめん。あとよろしく」


 バツが悪そうに茜音さんが言う。まあ、信頼しろとは言えないか。警戒しなきゃいけない相手と協力しなきゃいけない。その違和感を隠せるほど大人じゃない。


「それじゃあ、とりあえず拠点に入ろっか? 高島さんには私から説明するからさ」

「了解」


 相楽さんが神戸さんを連れて塀の中へ。僕もそれに続いた。



 *****



「あと、ちょっといい?」

「どうかした?」


 神戸さんを新しい部屋に案内した後、2人きりになった相楽さんから声を掛けられる。


「私の血を吸ってみて欲しいの。ひょっとしたら牙が伸びるかもしれないからさ」

「あ、でも……」


 女の子の首筋に牙を突き立てるのは……、


「お願い。今のままじゃ、怪我しても血を吸えないから」

「わ、わかった」


 渋々、相楽さんの首筋に噛みつく。とっても、甘い味がした。ゾンビの血なんかとは比べ物にならない。

 あと、牙もちょっと伸びた。


「ありがとう、ね」


 相楽さんが妖艶に笑った。

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