集まるゾンビたち

 翌日、僕は弥月先輩と近くにある大学へと向かった。製薬会社の研究所を探すよりも大学の中を荒らしまわった方が楽だしね。どう考えても不法侵入と遺失物横領だと思うけど。

 相楽さんとは途中まで一緒になって大学の近くの商業施設で別れた。これなら何かあっても応援に行けるからね。携帯は基地局が死んでるから使えないけど、弥月先輩の家にあったトランシーバーは使えるからね。


「譲」

「はい」


 これは必要。しかも振らないように気を付けないといけないっと。

 棚を見ながらいると言われたもの、必要そうなものを選んで台車に乗せていく。

 あ、これはどうだったっけ。


「弥月先輩」

「それはいらない」


 元の棚に戻しておく。1回に持ち出せる量が少ない以上、抗体のしかも初期の初期に使うような試薬を選んでもっていかないといけない。パワーが上がったとはいえ、持てる量が上がったわけじゃないし、台車に乗る量なら一定だもんね。


「譲」

「はい」


 ガラス切りを取り出して鍵のかかったキャビネットのガラスを取り除く。鍵がどこにあるかわからない以上そうするしかないもんね。青酸カリとか普通に使えたらやばいし。


「弥月先輩、これ」

「あちゃー、完全にダメになってるね。これはダメ、か」

「どうしますか?」


 先輩が頷く。代用品を探すしかない、か。


「ん、譲」

「分かりました」


 先輩からトランシーバーを受け取る。お、相楽さんから連絡が来たみたいだ。


『相楽さん? 浅葱です、どうぞ』

『あれ、時井先輩だったんじゃ? どうぞ』

『今手が離せないから変わりました。どうぞ』

『よくあれだけでわかったね? どうぞ』

『いや、普通じゃない? どうぞ』

『普通わからないから! 以心伝心も過ぎるよ!』


 そうかなあ。実験の時はあんな感じだし結構やりやすいんだけど。

 あ、いつの間にか僕が喋る番になってる。


『それで、用事は何だったんですか? どうぞ』

『ああうん。私の方は台車一杯になるまで物資積んだから帰ろうと思うんだけど、そっちはどうかなって。もし終わってたなら合流しない? どうぞ』

『ちょっと聞いてみますね』


 通話口を握って叫ぶ。


「先輩、そっちはどうですか?」

「うーん、2台あるうちの1台ちょっとが埋まったくらい。相楽さんからはなんて?」

「こっちは終わったから一緒にどうかって」

「じゃあ譲先に行っててくれる? ほら」


 メモをピラピラさせる。下の方がほとんど全部埋まっていた。上の方は単純で手に入りやすいやつばっかりだから楽だろう。


「分かりました、そうします」


 まあ、元々相楽さんの方も手伝うつもりだったし。


『弥月先輩はもう少し用事があるみたいです。僕の方は終わったのでそっち行きますね。それじゃあどこで合流しましょう? どうぞ』

『じゃあ今向かってるから大学の正門で。どうぞ』

『わかりました。じゃあ今から向かいます』


 トランシーバーのスイッチを切って、近くのテーブルに置いた。


「それじゃあ、これ持って先に帰ってますね」

「うん。私もすぐ追いかける」


 台車を押して保管室を後にした。



 *****



「どう、そっちは?」

「うん、結構大量。多すぎて詰め込めないくらい。でも台車軽いんだから不思議な感じだよね」

「こっちはそこまで重くないけど、やっぱり積み切れなかったよ」


 帰り道、ゾンビとすれちがいつつ、人けの消えた大通りを台車を押していく。


「ところで、時井先輩はいない? 一人きり?」

「そうだけど、なんで?」

「時井先輩には聞かせたくない話だから」

「へ?」


 トーンを低くして相楽さんが言う。え、どういうこと?


「私、あの人を信用できないから」

「信用できないって……」

「時井先輩、絶対何かを隠してる。いろいろと不審なところあるし」


 まあ、それを言うなら僕もいろいろ隠してるわけですが。


「えっと、どういうところ?」

「具体的に言うなら、詳しすぎるところ」

「詳しすぎるって、どういう意味?」

「ゾンビウイルスの生体に詳しすぎる。ヴァンパイアウイルスに詳しいのは100歩譲っていいとしても、発生してから時間が経ってないのにそこまで情報がそろうものなの?」

「うぐっ」


 た、確かに不自然だったよね。まああの人頭がいいのは一方向だけだから。


「他にも気になることはあるよ。例えば、どうして彼女だけが抗体を持っているのか、とかね。あらかじめ用意してたにしても、ゾンビウイルスがばらまかれた後で作ったにしても不自然過ぎる。ヴァンパイアウイルスを持ってるっていうのならまだ分かったのに」

「……まあ、そうかもね」

「そして、一番不審なのが、ゾンビの数」

「……数?」


 それは、全く聞いてないんだけど。


「うん。数が明らかに少なすぎる」

「そんなに、少ないの?」

「少ないよ。首都圏の人口が3700万。東京都の人口密度で考えると、約160㎡に1人。実際にはもう少し少ないと考えても300㎡に1人。ゾンビはあちこちを徘徊してるし不規則に動き回る。なら、持っといてもいいはず」

「それは、相楽さんの気のせいとかじゃなくて? 僕は妥当なくらいだと思ってたんだけど」

「ううん。ビュフォンの針問題って知ってる? 説明は省略するけど、こういうのって直観よりもよっぽど確率は高くなる。感覚通りならおかしいの。それに、頭のいい時井先輩が気づかないわけがない」


 いや、いくらなんでも頭がいいからというのは雑過ぎないかなあ? 理系とはいえあの人数学はボンクラだった気がするんだけど。


「それに、気づいてる? さっきからゾンビたちとすれ違うばっかりで1人も追い越したりしてない。ゾンビが一方向に流れてる」

「嘘……!?」


 慌てて振り返る。本当だ。この大通りを歩いているのは十人に満たない数。だけど、全員が同じ方向を向いている。


「そこから導かれることは一つ。どこかにゾンビが集まってる。もしくは誰かが集めてる。どちらにしても作為的なものを感じない?」

「確かに、何か不自然だよね」

「それよりも怖いのは、ヴァンパイアウイルスの時に言ってたこと。もし誰かがゾンビを操れるなら……」

「……最強の軍隊を作ることができる!?」


 ヤバイ。それはめちゃくちゃヤバイ。弥月先輩はそんなことする人じゃないって信じてるけど、もしそうだとしたら物量で太刀打ちできない。あ、いや眷属化すればどうにかなる、かな?


「もちろん、それが時井先輩だって保証はない。それに、完全に信用してないわけじゃなくて、今のところ私たちに危害を加えるつもりがないというのはわかってる。だけど、彼女には何かある。覚えておいて」

「わ、わかった」


 真剣な表情で相楽さんが言う。僕はただ頷くことしか出来なかった。

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