「私は優しくない」

 自分の部屋まで帰る途中、相楽さんの部屋の前を通る。それで、ちょっと思いついた。


 コンコン


「僕です、浅葱譲です。入ってもいいかな」

「……ごめん、今パス」


 そんな暗い声が帰ってくる。そんな相楽さんのことが、ふと気になった。

 ……普段は絶対そんなことないのにさ。


「そっか。しんどいか」


 相楽さんの部屋のドアを背もたれに腰かける。ちょっとあくびが出た。


「……僕はさ、元々他人に興味がなかったんだ」

「……」


 きっと、相楽さんの頭には??が浮かんでいることだろう。だって僕も何を話しているのかわからないから。


「そう、何といったらいいかな。他人なんてどうでもいいというか、どうなっても構わないというか、そんな感じ。いや、他の人の感情が理解できないとかそういうサイコパスな感じじゃなくて、それって結局他人事だよねって、そうしか思えなくてさ」


 ああ、と思い当たることがあった。


「テレビの先で大地震とか戦争とか起こったら大変だなって思うでしょ? でも大変だなってだけで、募金とかその程度しか行動しないじゃん。言うなればそんな感じ。誰かが道ばたで困ってても、遠いどこかで困ってても僕にとっては同じなんだ」


 そう、理由はよく覚えてないけど、昔から僕はそうだった。他人に興味が持てなくて、人付き合いが苦手。

 ちょっと考察してみるなら、テレビの先の事件と目先の事件、どちらも現実だと思ったのが始まりではないだろうか。どちらも現実なら、どうして目先の事件だけを助けられるというのだろう。けれど、幼い僕はあまりにも無力で、何もできない。なら、公平にどちらにも関わらなければいい。

 なんて、今思いついただけだ。だけど、


「でもそれがさ、不安だったんだよね。他人に興味が持てないってことは、きっと自分にも興味が持ててないんだろうなって。他人への優しさは自分への優しさでもある。だからいずれ僕は自分の身を滅ぼすんじゃないかって」


 ふふっと、小さな笑い声をあげる。


「ヴァンパイアってさ、血を吸わないと生きられないんだよね。ていうことは、いつでも血が吸えるように本能として社交的になってると思うんだ。擬態して騙していかないと討伐されちゃうから。だから、ちょっとだけ他人に興味が持てるようになった気がするんだ」

「それは……、よかったの?」

「うん、よかったんじゃないかな。元々の僕はクラスメイトの名前すら憶えてなかったわけだけど、今は相楽さんのこととかあと茜音さんのこともちょっと心配。まあでも、今でもそこまで興味がある方じゃないんだけどさ」


 実際、避難してきた人に興味はないしね。


「……そう、なんだ」

「うん。でも、だからこそ、相楽さんみたいな人がうらやましかったんだ。相楽さんみたいな、他人に優しくできる人が」

「っ!?」


 そう言うと、僕らの間にちょっと重苦しい空気が流れた。


「……私は、優しくなんかないよ」

「え!?」

「私は優しくない。ヒステリックに騒ぎ立ててるだけ。それくらいわかってるよ」

「え、いや、でも、そんなことないって」


 扉の向こうからため息を吐くような声がした。


「そんなことあるよ。後から冷静になって考えてみたら、時井先輩の方が正しいってわかる。私のしたことはどうにもなりませんって言ってるのをどうにかしてって横車を押してるようなものだから」

「それは……、そんなことはないんじゃないかな。弥月先輩はもともとマッドサイエンティストだし空気なんて読まないどころか、何それおいしいの、みたいな人だし」


 クスっと少しだけ笑うような声が聞こえた。だけどまた暗くなっていく。


「もともと、私はそうなんだ。分不相応な正義感をはき違えてるというか、勝手に被害者に寄り添ったつもりになってる。本当はそんなことないのに」

「えっ!?」


 驚いた。だって、僕にはいつも凛として正しい行動をとってるように見えたから。


「いつも、みんなをリーダーシップでまとめてたと思うんだけど。喧嘩があったら仲裁して、教師が理不尽なことしようとしたら正論で抵抗してさ」

「それは、茜音のおかげだよ」

「茜音さんの……?」

「うん」


 吶々と、相楽さんは茜音さんのことについて語りだす。


「茜音はさ、結構誤解されがちだけど優しい子なんだよ。そりゃ気は強い所があるし、言葉とかきついし苦手にしてる人も多いかもしれないけど。でも、自分が悪かったときはちゃんとごめんなさいって言うし、優しいし」


 ごめんなさい、誤解されがちも何も知らないんです。そんな無粋なこと言えないけど。


「それに、私を助けてくれたんだ」

「相楽さんを……」

「うん、小学校の時にさ。正義感を押し付けて別の子と喧嘩になっちゃって。その時に助けてくれたのが茜音だったんだ」

「そんなことが……」

「うん。後ね、私が何か言いかけたとき、頭の中を整理させてくれるのも茜音だよ。だから、感情的じゃなくて論理的に正しくあれる。今日は茜音がいなかったから感情的になっちゃった」

「そうだったんだね。全然知らなかった」

「私も、人に話したのはこれが最初だしね」


 すっと、消え入りそうだった。


「これが私の正体。本当は茜音抜きじゃ何もできないの。どう、ちょっと幻滅した?」

「そんなことはないって!」


 あっと口を抑える。


「相楽さんはそう言うけどさ、僕からしてみればやっぱり相楽さんは優しいよ。僕は、それに弥月先輩も他人を想うなんてできないから。だから、やっぱり羨ましいし、尊敬する」

「それは……、ありがとう。それから、ごめんね」

「僕こそ、変な話をさせちゃってごめん」

「あはは、確かに。でも、ちょっとだけ元気もらえたかもしれないな」


 少し笑い声が響いてくる。


「明日からもさ、大変なことになると思うけど、頑張ろうね。今日はありがと」

「ううん、こちらこそ」

「それじゃあ私は早めに寝るね。おやすみ」

「お、おやすみなさい……」


 と言ってもまだ9時くらいだぞ!?

 ああ、違う。たぶん、自分の頭の中を整理したいんだろうな。どうやら僕の役目は終わったらしい。


 ちょっとでも気持ちが楽になってくれたらいいな。だって僕らは同じ避難生活を送る仲間なわけだし。そんなことを思った。

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