弥月先輩の家で

 豪邸の前で僕らが唖然として立ち尽くしているうちに、弥月先輩が近寄ってインターフォンを押した。


「高島、いるかい? ボクだ。言っていた譲君ともう一人連れてきた。ロープをおろしてくれ」


 塀の周りにはゾンビが集まっていた。たぶんだけど、中にいる人を襲おうと集まっては見たものの、本能だけだから塀を越えられず困っていた、そんな所じゃないだろうか。で、門を開けるとゾンビがそこから中に入っちゃうから塀を越えるためにロープを下すと。

 ということは、だ。中には生存者がいるはずだ。まあこれだけの豪邸だったら使用人とかもいておかしくないと思うけど。やっぱり3人だけというのは心細いし、何か感染症とかも怖いしね。


 あ、あとここだけ電気が通ってる。インターフォンなったし屋敷の明かりがついてるからよくわかる。


「お、下りてきたよ。じゃあ譲君からどうぞ」


 そんなことを考えているうちに準備ができたようで頑丈そうなワイヤーが下りてくる。


「僕からですか?」

「一応言っておくとボクはいいとしても相楽さんはスカートなんだよ? それなのに先に行かせるつもり?」

「あ、はいいえ。先に行かせていただきます」


 そう言ってワイヤーにとりつく。いくら身体能力上がってるからと言って垂直な壁は上ったことがない。しかもワイヤーだから手が滑りそうにし、固定もされてないからぐらぐらしてバランス崩す。さらに言えば、高い所から落ちて瀕死の重傷を負ったせいで高所恐怖症になってしまったらしく、上がれば上がるほど頭がくらくらしてきた。

 それでも、ヴァンパイアの体は優秀なのだろう。全力でぐっと掴んでいれば自分の全体重を支えられて落ちることはなかった。そのままじりっじりッと、少しずつ――本当に少しずつ上って行って上り切り、塀の中に飛び降りた。


「すごい、本物の執事さんだ」


 後ろから軽々と上ってきた相楽さんが飛び降りる。弥月先輩もすぐに上ってきてスッと降り立った。なんだろう、僕だけうまく登れなかったのがちょっと複雑な気分だ。


「ただいま」

「おかえりなさいませ、お嬢様。そしてそのご友人のお二方。わたくし、この家で家令を勤めさせております高島と申します」

「これはこれはどうもご丁寧に、相楽都と言います」

「浅葱譲です」

「相楽様に浅葱様ですね。浅葱様のことはよく存じております」

「い、言わなくていいから」


 先輩が慌てる。どうやら、部活のことを話していたらしい。


「ところで、カレイって何かわかる?」

「うーん、執事みたいなものと考えたらいいんじゃないかな」


 相楽さんとそんな話をする。そうか、執事か。


「この大変な中ではありますが、最大限のおもてなしをさせていただきますので、どうぞおくつろぎください」

「あ、ありがとうございます」

「では、こちらへ。正門から迎え入れられなかったのは心苦しいのですが」

「いえいえ、このご時世ですから仕方ないですよ」


 萎縮しながら玄関へと向かう。庭はよく手入れをされていた。これだけ大きな庭なんだ。庭師の人もいたりするんだろうな。


「おかえりなさいませ、お嬢様。そしていらっしゃいませ、お嬢様のご友人の方々」

「ただいま。丸田もそんなにかしこまらなくていいのに」


 家に入るとメイドさんが迎えてくれていた。名前は丸田さんというらしい。にしてもすごい家だな、おい。


「いえいえ、お嬢様のご友人にご無礼な態度をとるわけにはいきませんので」

「何か、すごい仕事できそうな人だね」

「わかる。自分の仕事にプライドを持ってそう」


 すっかり委縮してしまった相楽さんとそんなことをこそこそと話していると、それが弥月先輩に聞こえたみたいだった。


「別にボクもそこまで求めてないんだからさ」

「いえいえ。孝宏たかひろ様には返しきれない恩がありますので。そのご家族の方、ご友人の方に敬意を表するのは当然のことでございます。ささ、お部屋へご案内しますのでどうぞこちらへ」


 あ、弥月先輩押し切られた。


「高島さん、どういうことか聞いてもいいですか?」

「はい。実はわたくしも丸田も、この家の使用人はすべて孝宏様――お嬢様のお父君に拾われたものなのです」

「拾われた……、ですか?」


 部屋へと歩きながらそんな話をする。相楽さん、心配しなくても僕だってわけがわからないから。


「はい。わたくしの場合は不況でリストラの憂き目にあいまして、困り果てていたところを孝宏様に拾っていただいたのです」

「ボクの父さん、人を拾うのが趣味なんだよ。どこからともなく困った人を拾ってきては家で雇うの」

「拾うって……。猫じゃないんだから」

「そうなんだけどね。まあ趣味は人それぞれだから」


 ちょっと唖然とする。流石金持ち。趣味のスケールが違う。まあ、実益も兼ねてるし僕に非難できるはずもないんだけど。


「たとえ気まぐれでも、わたくしを始め使用人一同人生を救われたことは事実ですから。誠心誠意お仕えさせていただきます」

「それが重いって言ってるのに」


 まあ、そのせいで弥月先輩も苦労してるみたいだけど。


「どうぞ、こことここのお部屋をお使いください」

「すごい……。これ使っていいんですか」

「当然でございます」


 一人一部屋と与えられたのはかなりの広さだった。大きさとしてはクローゼットを除いても8畳以上はあると思う。僕の部屋なんてクローゼット含めて4畳半なのに。


「時井先輩、本当に大丈夫ですか? その、家の人に怒られたりしません?」

「今この家で一番偉いのはボクだから」


 そうなの? 家令の高島さんより家の娘の弥月先輩が偉いのはわかるけど、さっき名前が挙がった孝宏さんとか、弥月先輩のお母さんとかいないのかな?

 どうやらそれは相楽さんも疑問に思ったそうで、


「その、失礼ですけど、ご両親はいないんですか?」


 そう言うと、弥月先輩はあっけらかんと答えた。


「父さんは仕事で海外を飛び回ってるから、現地で帰れなくなってる。無事だって連絡もらって家のことは任された。母さんはだいぶ前に病気で亡くなってる」

「それは……、失礼しました」

「気にしてないから大丈夫。相当前のことだしね」


 懐かしそうな眼をして言う。弥月先輩の母親が亡くなってたって初めて聞いたな。


「そういうわけだから、各自夕飯まで休憩! これからのことは食べながら話すよ」


 パンパンと先輩が手を2回たたいた。荷物を置こうと与えられた部屋に入る。

 すると、後ろからちょこちょこと先輩がついてきて、耳を貸せと言った。


「後でボクの部屋に来てくれる? 3階の一番東の端にあるからさ」

「3階の一番東ですね、わかりました。でも、どうして?」


 そう言うと、先輩はちょっと困った顔をして囁いた。


「さっき言ってたこと、話そうと思う。ボクの……、罪について」

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