壊滅した日本
「よし、みんな準備できたみたいだし行こうか」
一時間後、化学準備室に集合した僕らは弥月先輩に続いて学校を出た。相楽さんだけじゃなくて僕も弥月先輩の家は知らないんだよね。部活の先輩後輩以上の関係は越えられなかったからさ。
「ところで、弥月先輩の家までどれくらいあるんですか?」
「うーん、大体15キロくらいかな」
「結構遠いですね。電車ですか?」
「いや、公共交通機関は全滅。まあゾンビパニックの中で運転する人もいないからね」
「ということは徒歩ですか? 結構大変ですね」
相楽さんがそう言うと、弥月先輩は何を言ってるんだとばかりに少し驚いて見せた。
「君たちはヴァンパイアになったんだよ? その身体能力をもってすればそこまで大変じゃない。走っても全然疲れないし30分くらいだよ」
そうだった。普段と変わらない感覚でいるからわからなかったけど、リミッターが上がったんだった。
「道中でこれまでの状況について説明するつもりだしすぐだと思うな」
「それにしても、静かですね」
校門から出て大通りを歩く。いつもは車通りが絶えないうるさいはずの道路には車一台いなかった。
いや、いることにはるのだ。乗り捨てられた車が多数散乱している。元から路上駐車していたものもあれば、ゾンビの混乱で事故を起こしたと思われる車もあった。
「思ったんですが、どうせ人いないんなら動きそうな車借りて行ったらダメですかね? その方が早そうな気がするんだけど」
「譲君、君はゾンビの存在を忘れてないかい? ゾンビには交通ルールもないから普通に車道を歩いてるじゃないか。そりゃ君がスプラッタ映画さながらゾンビを吹き飛ばしていくなら止めはしないが」
「……やめときます」
免許がなくてもこの状態じゃ特に文句は言われないんじゃないかとふと思っただけなんだ。ほんの出来心でそんな深い意図なんてないんだ。
相楽さんが横を歩いていくゾンビをじっと見ていた。たぶんだけど茜音さんを探しているのだろう。
「信号も消えてますね」
「電力会社が頑張って供給を止めたんだ。ゾンビが引っかかって火事になる事例がいくつかあってね。だから自家発電設備があるところ以外は電気の供給が止まってる」
弥月先輩が言う。結構深刻なことになっているみたいだった。
「ちなみにだけど、こんな状態がどこまで続いてると思う?」
「えっと、市内とか県内くらいですか?」
「違うよ」
ふっと、とても悲しそうな顔をする弥月先輩。そんなに罪悪感を覚えなくてもいいだろうに。
「北海道・九州・沖縄を除いたほぼ全国。日本全体が壊滅状態にある」
「に、日本全国!?」
「それって本当なんですか!?」
横を向いていた相楽さんまで驚いたように先輩を問い詰める。
「たぶん本当だよ。まだSNSが生きてた頃の情報をまとめたところそんな感じだった。それから3日は経ってるからひょっとしたらもうちょっと酷くなってるかもしれないし、あるいは実は抵抗拠点ができてたかもしれない」
「……」
もう少し酷いかもしれない。その現実に絶句する。僕らはゾンビに襲われないしほとんど寝ていたからパニックの状態も何も知らないけど、想像するだけで恐ろしいことになっているのはわかった。
「でも、よかったと思う」
「何がですか」
「日本が島国だったってこと。そうじゃなきゃあっという間に世界パンデミックだからね。たかが一国で済んでよかった」
「よくないよ!」
相楽さんが叫ぶ。そうだ、いいことじゃない。現に相楽さんの親友の茜音さんは襲われたし、ボクだってパニックの混乱で死にかけた。僕の両親だって無事かどうかわからない。そんな状態でよかったなんて言えるわけない。
でも、僕は弥月先輩の気持ちもわかってしまった。人を数でしか見なければ、最小限に抑えられたと言っても過言じゃない。当事者じゃない人にとっては不幸中の幸いなのだ。
……僕はどっちなんだろう。一応当事者と言えば当事者だし、死にかけたっていうのはある。だけど弥月先輩以外にほぼ関わり合いになる人が少なかった僕にとって形は違えど2人とも無事だった。はっきり言ってしまえば後は他人だ。他人がいくら傷つこうと、数値の上でしか見れないように思う。そんなセンチメンタルなことを考えていた。
「まあまあ、とりあえず落ち着こう。今はいい悪いよりも現状を確認した方がいいんじゃないかな」
「……そうだね。ここで感情的になっても」
まあ、弥月先輩ほど感情を理解していないわけじゃないんだけど。そういうわけで相楽さんは少し不満そうだった。
「そういうわけだから状況を整理するよ。日本――特に本州と四国は壊滅状態。それ以外の北海道・九州・沖縄や、船でしか行けないような離島も隔離に成功しているってきいた。だから生存者がいるはず。それに、本州も壊滅状態って言ったけど例外はある」
「例外ですか?」
「そう。例えばボクの家。後はショッピングモールとかに立てこもってる人もいるって聞いたし、自衛隊や米軍基地にも人が集まってるらしい。そう言うところは大丈夫だと思うよ」
確かに、自衛隊の存在を見落としていた。そう言うところは武器があるもんね。いくらゾンビの再生能力が高いとはいえ、ショットガンで頭を吹き飛ばされたら流石に死ぬ。ロケットランチャーでも多分死ぬ。戦車に踏みつぶされても死ぬ。パニックにもなりにくいだろう。少しだけ安心した。
「市長とか知事が非常事態宣言を出せなかったんだ。あっという間に広がってゾンビ化しちゃったから。そのせいで初動が大分遅れてしまったんだよ」
「ここ首都圏ですもんね。人が多いとどうしてもパニックになって」
「そんなことがあったんですね」
「そう。で、しかも国会議員とか大臣とかもほとんどやられちゃったから一番上で指示を出す、責任を取る人がいない。だから現場はさらに混乱するし、外国も介入し損ねた。その結果、日本は壊滅状態になっちゃったんだよね」
そんなことを話しながら弥月先輩の家への道のりを歩いていく。歩いていくなんて言っても実際はかなりの早歩きで、ヴァンパイアの身体能力の高さがよくわかった。
それから弥月先輩はいろんなことを教えてくれた。海外では株価の変動でちょっとした混乱があること。貨幣経済が崩壊しているのでお金はほぼ使えないこと。なので、物々交換もしくは放棄された店舗からかっぱらっているということ。恐らく弱者への暴力が横行しているだろうということ。そんなことを色々と。
そして、その話が終わるころ弥月先輩の自宅に……
「でかっ!?」
「すごい豪邸だったんですね!」
「まあ、そう言われる」
困ったように笑う先輩。見たところ、推定1000坪の豪邸がそこに立っていた。
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