第34話


 ――放課後。俺は姉さんに呼び出された。元々行くつもりだったけど、どうやら『名織ちゃんから話がしたい』との事らしい。


「鈴宮……」

「……おはようございます。卯野原さん」


 そこにベッドに腰掛けている鈴宮がこちらの方を見て笑っている。でも、元気はない。なんというか……ダルそうな感じだ。


「…………」


 でも、仕方がないのかも知れない。彼女はここ二日ずっと寝ていたのだから。


「……大丈夫? もう起きても?」

「はい、起き上がるくらいなら……大丈夫です」


 ただ……なんとなく、そう言っている鈴宮の笑顔が無理に笑っている様に見えた。


「……」

「……」


 それに……会話が続かない。聞きたい事はあるのだけれど……どう切り出せばいいのか分からない。


「……えと」

「すみません」


 でも、俺が口を開く前に鈴宮からなぜか謝られた。


「……え?」

「金木先生から聞きました。私を助けてくれた……と」


「あっ、ああ」

「今日は目が覚めたばかりなので、明日。先生たちが事情を聞きに来るみたいです」


「ああ、俺も事情を聞かれた」

「……そうですか。すみません、私のせいでご迷惑を……」


 そう言うと、鈴宮は何やら言葉に詰まった。多分、泣きそうになって自分に耐えているのだろう。


 ただ、鈴宮は泣かない。ここで泣いたら、俺に迷惑がかかると思っているのだろう。


「……いや、鈴宮は何も悪くない。コレは断言出来る」

「でも……」


「むしろ鈴宮は何もしていない。ただ普通に学校生活を送っていただけだ。それは俺だけじゃなく、クラスのみんなが言っている」

「……そうですか」


 そう、鈴宮は『何もしていない』のだ。目立つ様な事もそれこそクラスメイトに迷惑をかけるような事も……何も――。


「鈴宮といつも一緒にいる子たちも、鈴宮が帰ってくるのを待っている……というか、謝りたいって言っている」

「え」


 俺はそう言いながら自分の頭をかいた。実は、その話に関しては……色々と大変だった。


「何かあったんですか?」

「あー、実は……」


 実は、俺たちと一緒に鈴宮を探してくれた女子たちは「自分たちがずっと鈴宮と一緒にいなかったから……」と言い、病院に運ばれていく鈴宮を前になかなか泣き止まず、話を聞くどころではなくなってしまったのだ。


 ただ、俺と泰成は別の場所にいたせいか知らず、この話は別のクラスメイトから聞いた。


 だからまぁ、多分。俺たちも含めた事情の説明が次の日になった理由は……それだろうと、その話を聞いてようやく知った。


「そう……ですか」

「それで……今日はなんで俺を呼んだ?」


「えと……」

「実はちゃんと理由があるんじゃないかな?」


 俺がそう尋ねると、鈴宮はそこで「え」と言葉を詰まらせた。


「…………」


 もし、何も知らない人間であればここで怪訝けげんな表情を一つでも見せているところだろう。


 しかし、俺はどうして鈴宮が言わないのか……いや、言えないのか……その『理由』が分かっていた。


 それは――――。


「鈴宮。本当はまだ、病気……治っていないんじゃない?」

「どっ、どうしてそれを……」


「鈴宮が倒れた時、ご両親に会って……その時に聞いたんだよ」

「……」


 俺が鈴宮のご両親に会った時、二人ともかなり不安そうな顔をしていた。その様子を見ていた俺は『多分、普段はもっとのほほんとして穏やかな人たちなのだろう……』という印象を受けた。


 でも、それだけに娘に対してたくさんの愛情を注ぎそうなタイプに思えた。


「鈴宮は昔からあまりわがままを言わなかったみたいだね。だから、いきなり『学校に行きたい』って言われた時は驚いたって言っていたよ」


 両親からすれば、むしろ学校にはあまり良い思い出がないから、嫌がるのではないか……とすら思っていたらしい。


「……ずいぶん、両親と仲良くなったんですね。確か、私は内緒にしておいてって言っておいたのですが」

「別に仲良くなったわけじゃないよ。ただ、何も会話がないっていう『状況』に俺が耐えられなくなって、色々と話をしていくうちにそうなっただけ」


 そして、それはご両親も一緒だったようだ。


 いや、もしかしたらかなり動揺していたのかも知れない。一人娘の友人として現れたのが『男子』の俺だったから。


「……そうですか」

「うん、だから。あまりご両親を責めないで上げて」


 俺がそう言うと、鈴宮はなぜか「はぁ……」と深くため息をついた。


「はい、この際ですから全て話します。私は小さい頃から『誕生日は何が欲しい?』なんて言われるのが流れ……と言いますか、形式の様に聞かれていました。いつもであれば『なんでもいい』と答えていたのですけれど」

「今回は違った……と」


 俺の発言に、鈴宮は苦笑いを浮かべながら無言でうなずいた。どうやらそこまでして学校に行きたかったらしい。


「でも、バカですよね。そんな無茶なお願いをして、条件を付けてもらって退院して……それで、その結果が『コレ』です」

「…………」


 今なら、姉さんが『条件』なんてモノをつけた理由が分かった様な気がした。


「ん? ちょっと……待って。鈴宮誕生日だったの? いつ?」

「え、一週間ほど前ですけど……」


「一週間って……この間学校に来た時じゃん! なんで言ってくれなかったのさ!」

「いいんですよ。私にとっては『学校に行くこと』自体が誕生日プレゼントみたいなモノですから……」


 なんて言いながら鈴宮は笑った。


「それよりも、今回の事で学校だけでなく色々な人にも色々とご迷惑をかけてしまいました。これ以上迷惑はかけられません」

「迷惑って……だから、鈴宮は何も……」


「良いんです。元々、次にひどいぜんそくになったり発作が起きたりしたら、転院するという話でしたから」

「元々……そうだったんだ」


 つまり、学校に来ていた時点で『転院の話』は出ていた様だ。


「だから……いいんです」

「……そっか、分かった。鈴宮本人がそう言うのなら……」


 誰かに言われて渋々だったのなら、俺は鈴宮の味方をするつもりだった。でも、そうではなく、本人のそれが意志ならば、俺が口を挟む必要はない。


「あっ、でも」

「ん?」


「卯野原さんの絵は見てみたかったです」

「いやいや、俺の絵なんて……」


「いいんです。上手いとか下手とかそういう話じゃなくて……ただ見たいだけなんです」

「いや、でも……」


「いつか見せて下さい。それが今回もらなかった『誕生日プレゼント』という事で」

「…………」


 なんて、言いながら鈴宮が無邪気に笑うから。俺もつられてため息をつきながらも「その時が来たらね」なんて言いながら一緒に笑った。


「…………」


 でも、こんなに無邪気に笑っているのを見るのは彼女が言う『少年』として話をしていた以来だな……と、鈴宮を見ながら俺はそう思った。


 ただ、なぜだろう。それを思うと――なぜか、胸のあたりが少し痛んだような……そんな気がした。

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