第21話


 ――そう、鈴宮本人は学校生活を楽しんでいる。


 クラスに戻って来たばかりの鈴宮を俺たちはもちろん。クラスのみんなは笑顔で受け入れてくれた。


 だからこそ、今でも鈴宮は笑って毎日を過ごせているのだと思う。


 俺と泰成も「最初は一緒にいた方がいいか?」と思っていたけど、それも杞憂に終わった。


 それくらい、鈴宮はすぐにクラスになじんだ。それこそ、一年の時にクラスになじめなかったのがウソだったかのようだった。


 昼食の時は、今日だけでなくいつも「一緒に食べよう」とクラスの女子に誘われている姿をよく見かける。


「はい」

「……ああ」


 なんて色々考えていると、いつの間にか先生が来ていて、前の席からプリントが回ってきた。


「はーい、この間のマラソン大会の結果行き渡ったかー」


 そう言いながら先生は教卓の前に立った。


「一枚足りませーん」

「あっ、こっちもないです」


「えぇ、ちゃんと送ったかぁ? こっちは一枚しか予備用意してないんだが?」


「あっ、今きました」

「こっちもです」

「おいおい、ちゃんと確認しろよ」


 そんなやり取りに耳を傾けつつ、プリントを見ると……そこには、この間あった『マラソン大会』の男女別で上位二十人の名前とクラスが書かれている。


「上位五人は表彰されるから、今度の集会の時は前に出る事を忘れるなよー。とりあえず集会中に寝ていて大声で呼ばれるのだけはやめてくれよ」

「善処しまーす」


 そんな声が聞こえてきたけど、果たしてそれが誰によるモノかまでは分からない。多分、誰もそこまで『気にしていない』のか、その声にみんなクスクスと笑っていた。


 ただ、上位五人の中に泰成の名前も当然の様にあるけど、今のは泰成の声ではなかった。


 でも、それ以上に俺が気になったのは……。


「…………」


 男子はともかく、女子の方はやけに『三組』の文字が目についた。さすがに二十人全員が三組……とはいかない。


 それでも、十人は確実に入っている。


「三組……ねぇ」


 ただ、三組はそもそもクラスが違う。それだけに、正直なところを言うと、あまり関わりがない。


 あるとすれば、今回の『マラソン大会』の様な学校行事の中で争うくらいのモノだった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「おーい、蒼。あおい?」

「えっ、どうした?」


「どうした……っていう言葉は、俺が言いたいところなんだけどな? それよりも、授業はもう終わったぞ」

「えっ、あっ……悪い」


 俺が色々とボーッと考え事をしている間に、どうやら授業は終わってしまっていたらしい。


 でも、よかった。


 こんな風にボーッとしている間にいきなり先生に当たられでもしたら、絶対答えられなかった。


「はぁ……」

「全く、さっきから声かけているのに何も反応がないから寝ているのかと思ったぞ」


「わっ、悪い……っていうか、目を開けたまま寝るような人間だと思われているの? 俺」


 もしそう思われているのであれば、心外である。


「ははは、ああ……そういえば。昔の遠足で一回だけあったな。目開けたまま寝ていて、気がつかれずにトランプが勝手に分けられていた。なんて事」

「それは……確か、俺じゃなくて泰成だったはずだけど?」


「……そうだったか?」

「随分都合のいい記憶力だね」


「まっ、まぁ。それはそれとして……何か気になる事があるから、心ここにあらずだったんだろ?」

「……」


 しれっと俺の指摘をかわしつつ、ついでと言わんばかりに俺に指摘する……さすがである。


「言いたくないんなら、俺はそれで別に構わないけどな……」

「いや、むしろ泰成に聞きたいと思っていたからちょうどいいや」


 俺がそう言うと、泰成は「ん? そうか?」と不思議そうに言って、俺の目の前の席にある椅子に腰をかけ、俺の話を聞いてくれた――。


「……というワケで、何でかはよく分からないんだけど、なんか今日。変な視線……というか、うーん。何というか『空気』を感じてね」

「空気、なるほどな」


「……うん」

「それにしても、よくない……か」


「俺の気のせい……なのかな。やっぱり」

「どうだろうな。ただ、蒼のそういった勘は良く当たるからな」


「そう……なのかな」

「蒼は中学の時に、その勘で同級生を救った事もあったからな」


「……あったね、そんな事も」

「それによって『あいつ』は救われたと、俺は思っている」


 俺は、あの事件に巻き込まれて以降。人の感情にやたらと敏感になった様に思う。特に『負』の感情に関しては……。


 ――中学の時。ふと一瞬だけ感じた『イヤな雰囲気』を感じた子にちょっとだけ『お節介』をかけさせてもらった事があった。


 その子は最初、驚いていた。ただ、その子はいつも暗い表情で下を向いていた。


 でも、俺だけでなく泰成も一緒にいるようになり、次第に明るさを取り戻していった。


 そして、中学を卒業する頃には、最初に会った時の暗い表情がウソだったかのように明るい子になっていた。


 高校は別になってしまったけど……多分、そこでも楽しくやっているだろう。


「それを考えると、今回の話を無視する事は出来ない。それに、タイミングが鈴宮が戻ってきたタイミングだ。それを考えると、鈴宮が関係している可能性は高いだろ」


「うん、そうだとは思う」

「それなら、鈴宮の周囲を注意して見ていくしかないだろうな。正直」


「……そうだね。やっぱり、それくらいしか……出来ないよね」

「ああ。ただ、三組と言ったら、女子の陸上部員が結構多いっていう事と……」


 泰成であれば、もしかしたら部活動の関係で何かしら知っている可能性はあるとは思っていたけど、どうやらあまり詳しく知らないようだ。


「後は、体育の授業が一緒だって事くらいしか知らないな」

「体育の授業……そうだったね」


 あまりにも『日常』の話だったから、完全に忘れていた。


「ああ。ただ、体育の授業って話なら俺たちも含まれる。部活動の話にしても、俺は女子とそこまで関わりがあるとは正直、言えない。女子と男子じゃそもそも練習場所が違うからな」

「……そっか」


「ああ、後は……。今のところは特に関係は思いつかないな」

「そっか、わかった。ありがとう」


「でも、三組が何かしら関係しているっていう話には変わりないんだろ?」

「あっ、あくまで俺がそう思っているっていうだけの話だから。そこまで気にしなくて大丈夫だよ」


「……そうか?」

「うん、大丈夫」


 俺はこの時、泰成が言った『体育』という言葉がなぜかひっかかっていた。


 そんなに俺に、泰西は「何か気になる事があれば、すぐに言ってくれ」と言って笑ってくれた。


「…………」


 ――本当に、俺にはもったいないくらい頼りになる友人である。

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