第22話


 俺たちの学校の体育の授業では、基本的に偶数と奇数のクラスに分かれて行われている。


 でも、この時ばかりはさすがに普通科も美術科も関係なく行われている。


 どうやらそれは、そうしないとそもそも時間割が組めない……という大人の事情が関わっているらしい。


 まぁ、そんな話。俺は知った事じゃないけど……。ちなみに一、二、三、四組が普通科で五、六組が美術科である。


「…………」


 確かに言われて見れば、春に行われた体育祭……という名の『運動会』では、三組がすごく活躍していた様に思う。


 まぁ、俺自身は「とりあえず、終わってくれればいいや」くらいにしか思っていなかったから、あまり気にしていなかった。


 それに、朝に配られたマラソン大会の結果のプリントにも女子のところには『三組』の文字が目立った。


 ――なるほど、あれは陸上部に入っている女子が多かったからなのか。


 でも、こんな事が少し分かっても、この何とも言えない『良くない空気の原因』は分からないままだ。


 そもそも『三組』が関係があるのかすら分からない。とりあえず『気になった』というだけの話である。


「…………」


 ただ、出来る限り急いだ方が良さそうに思える。そりゃあ、何かしら『不穏な事』や『気になる事』はすぐに解消しておいた方がいい。


 でも、この何やら不穏な視線……いや、空気を感じたのも『今日』の話である。


 だから『偶然』という可能性も否定出来ない今、俺に出来る事は……しばらく鈴宮の周辺を注意して見るくらいの事しかない。


 正直、もどかしい気持ちにもなるが、そうするのが一番良いのかも知れない。


 下手に動けばそれだけ目立ってしまう。目立ってしまえば、鈴宮に勘づかれてしまうかも知れない。鈴宮に勘づかれる……という事は、それだけ目立っているという事だ。


 それはものすごく困る……。


「……って、困るってなんだろう?」


 確かに、鈴宮は大事な『友人』だ。


 そんな友人に危険が及ぶのはイヤだ。ただ……それだけ……それだけのはずなのに――。


「……??」


 なんか、普通に友達に何かあっては『困る』という感じじゃない様に感じる。


 この間から感じるこの感情は一体なんだろうか。鈴宮がクラスに戻って来ると分かった時の……あの『モヤッ』としたイヤなモノとはまた違う。


 じゃあ、コレは……なんだろうか。もしかして、鈴宮に危険が迫っているかも知れないのに、何も出来ない事に対する『焦り』なのだろうか。


 いや、ただの『焦り』とも……違う様な……そんな気もする。


「……あの、卯野原さん」

「うわっ!」


「っ!」

「びっくりした……」


 声をかけられて俺が驚いたはずなのに、なぜか声をかけた鈴宮本人まで驚いている。いや、俺の反応に驚いた結果……そうなっただけか。


「どっ、どうした? さっきまで女子と一緒に話ししていなかったっけ?」

「えと。そっ、そうなんですけど……」


 俺が尋ねると、なぜか鈴宮は周りを気にして辺りをキョロキョロと見渡している。その様子はまるで「俺以外の人には聞かれたくない」という感じだ。


「……何?」

「あの、実は謝らなければいけないと思っていた事がありまして……」


 その鈴宮の言い方が、あまりにも申し訳なさそうな表情を見せていたから、鈴宮が何に対して謝りたいのか何となく分かった。


「……俺の過去の話を聞いたこと?」

「……」


 ――やっぱりか。多分、近いうちにそれを言ってくるだろうとは思っていたよ。


 俺の過去の話を聞いて、鈴宮がそのまま黙ったまま普通に生活をする……なんて事は出来ないと思っていた。


 だって、鈴宮は……真面目だから。


「それなら、鈴宮は気にしなくていいよ」

「え、でも……」


「泰成が鈴宮になら話しても大丈夫と思ったからこそ話したんだ。泰成が判断して言ったんだから、鈴宮は何も気にしなくていい」

「……」


 以前、泰成は『付き合いが長いからな。分かるさ』と言っていた。


 俺もその言葉通りで言うなら、何となくではあるけど、多少は泰成の事を理解しているつもりだ。


 それに、泰成本人から文化祭の時にその話をしたという事は聞いている。


 まぁ、俺としては何か一言くらい俺に断りを入れてから話してくれてもよかったとは思うけど。


 泰成がそうしなかったのは多分。鈴宮が俺のいないタイミングで聞いたからだろう。それならば仕方がない。


 俺がいないタイミングで鈴宮に話したのは今、俺が言った様に『泰成が自分で判断して』の事だろう。


 だからもし、話した責任が誰にあるかという話になれば、それは鈴宮ではなく、泰成にあると言っても間違ってはいないと思う。


 でも、別に俺はその話した事に対して怒っているわけではない。だから、この話は『俺は気にしていない』という時点で終わりなのである。


「それにしても、この話を知らないって事は、鈴宮は途中で引っ越してきたのかな?」

「え」


「それか、そもそもテレビを見ていなかったのどちらか……ってところかな」

「……」


 チラッと見た鈴宮の反応を見た限り、どちらかと言えば、後に言った『テレビ』の方が当たっているようだ。


 まぁ、小さい頃から体が弱くて入退院を繰り返していたとなれば……テレビを見る事すら、おっくうになってしまうのも仕方がない話だろう。


「……すみません」

「そっか……」


「でも、卯野原さんと話をしていると……ちょっと『昔の事』を思い出すんです」

「昔?」


 しかし、俺にしても鈴宮にしても『ちょっと昔』と言うと……それこそ小学校に入る前か、小学生の頃くらいの話だと思う。


 だから、俺は思わず「昔?」と尋ねると、鈴宮は「はい」と言って穏やかな笑顔を見せながら、その『ちょっと昔』について話し始めた。

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