忍び寄る不穏な空気

第20話


 鈴宮が自分で言っていたとおり、文化祭から数週間ほどで学校に戻ってきた。


 ただその数週間のあいだ。俺は……病院に行かなかった。それは、なんだかんだで忙しかった事もあるけど、鈴宮たっての希望でもあった。


 それに、どうやらあの文化祭は『鈴宮が学校に戻っても大丈夫かどうか』を確認するためのテストの様な事も兼ねていたらしい。


 その対応は一見すると『過保護』とも取られそうな対応だけれど、それくらいみんな鈴宮が心配だったのだろう。


 ――その気持ちは……まぁ、分かる。


 そして鈴宮は退院した後はすぐに自宅に戻り、自宅での日常生活に慣れた後、学校に戻る……という段取りだったらしい。


 鈴宮本人はすぐに「戻りたい」と言っていたらしいけど、その段階を踏まなくてはいくら本人が「戻りたい」と言っても、戻ることが出来なかったようだ。


 そもそも、姉さんは『医者』だ。


 だからこそ、患者に何かあっては大変だと色々と考えた結果。こういう形に落ち着いたのだろう。


 いずれにせよ、鈴宮はかなり時間はかかったものの、無事に学校に戻って来ることが出来た。


 そして、選択授業では当然の様に『美術』を選択し、その授業だけでなく今は『学校生活』そのものを楽しんでいる。


 それはとても良いことだ。


「おはようございます。卯野原さん」

「おっ、おはよう。鈴宮」


 どうにも登校時間が重なるのか、大体いつも俺が玄関にいると、タイミングをはかったかのように鈴宮が現れる。


 最初の頃は驚いていたけど、それも今では慣れて、病院で話をしていたような様な事を話ながら教室に向かっている。


 本当に『慣れ』というのは怖いモノだ。


「はぁ……」

「それにしても、お疲れの様ですね」


「まぁ。うん、この間マラソン大会も終わったんだけどさ……」

「はい」


 鈴宮がそう返事をした瞬間――。


「……?」

「どうされましたか?」


 一瞬。ほんの一瞬だけ、何か背中に悪寒が走り、俺はすぐに振り返った。


 しかし、振り返ってもすぐ近くには誰もおらず、少し離れた階段のところに何人か集まって話をしている姿しかなかった。


「いや……」


 今のは、そんなに離れている感じがしなかったから、階段のところにいる彼らは関係ないだろう。


 それに、鈴宮は「そうですか」と特に気にしていない様子だったから、鈴宮はどうやら気がついていないらしい。


「ところで、鈴宮はいつも車で登校しているんだね」

「えっ、あっ……はい。父が『病み上がりだから』と心配しまして……」


 まぁ、そこは仕方のない話だろう。たとえ、鈴宮本人が「大丈夫」と言っても、色々な事を心配して過保護になってしまうのが『親心』というヤツなのだろう。


「コホッ……ケホッ」

「ん? 大丈夫?」


「あっ、はい」

「風邪?」


「いえ、実は退院はしましたけど、まだちょっとぜんそく気味で」

「そうか」


「でも、体育の授業に全く出られないってワケじゃないんですよ? まだまだ様子見ではありますけど」

「うん、知っているよ……」


 ただ『鈴宮のぜんそく』については、姉さんから聞いている。


 そもそも、姉さんは『体調がすぐれない時はすぐに保健室に行く事』を鈴宮が学校に行くときの最低条件に出していた。


 俺も鈴宮には病院に戻ったばかりだから無理はして欲しくなかったし、姉さんの意見には賛成だった。


 それにしても、どのタイミングでぜんそくがひどくなるか分からない。俺や泰成だけでなく誰もいない時の場合を考えれば……。


 なるほど、そういった時の事も考えた上での『車登下校』か。どうやらただの『過保護』でもないようだ。


「……」


 それにしても、下校の時に何度か鈴宮が迎えに来た車に乗り込む姿を見たことがあるけど……。


 その車が……明らかに『お金持ちのお嬢様』が乗っていそうな黒く長い車に見えたのは……多分、俺の気のせいではないと思う。


 しかも、運転手付き……。


 登校する時は偶然会う事が多いけど、下校の時はあまり一緒になることがない。まぁだからこそ、その車を見る事が出来たのだけれど……。


 ただ、鈴宮は運転手が開けたドアから慣れた様子で乗り込む姿を見て、俺はようやく「鈴宮……って、お金持ち?」という疑問を持った。


 俺なら、開けられたドアに「えっ、乗ればいいの?」とか明らかに挙動不審になってしまうだろう……と、鈴宮を乗せて颯爽と走り去る車を見送りながらそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る