あなたに言いたい事があります。

第36話


 結局のところ……あの一件は、おおむね俺たちが予想していたとおり。犯人は『三組の陸上部に所属していた三人の女子』だった。


 そして、なぜそんな事をした理由も……元弥さんの予想通り『嫉妬』からくるモノだった。


「どうやら、彼女たちは鈴宮を一年の時から知っていたらしい。でも、初めて見たのは文化祭の時だった……って、本人たちは言っている様だな」

「ふーん」


「だが、実は一年の時に同じクラスだったらしい」

「え、じゃあ……」


「ああ。まぁ、その時は文字通り『眼中になかった』って事だろうな」

「………」


「まぁ、問題はそこじゃなくて……だな。文化祭で俺と鈴宮が話している姿を見ていたらしい。しかも、鈴宮が学校に戻って来た最初の頃は結構一緒にいた事が多かっただろ?」

「あー、でも。それって最初の一週間くらいだったじゃんか」


 一年の時には使っていなかった教室にも二年になれば行く機会が増える。だから、最初の内は学校案内も兼ねて一緒に行動する事が多かった。


 でも、選択授業は俺と泰成は鈴宮と違う。


 どうしてもその時ばかりは鈴宮は一人になってしまったのだが、どうやらそこで鈴宮はあの時一緒にいた女子たちと仲良くなったのだ。


 それから、彼女たちと行動を共にする事が増え、俺たちも同性の方が良いだろうと、見守っていた。


 だから、そんなに気にするような話でもない様な気がするのだけれど……。


「ああ、俺もそう思ったんだが……」

「ん? 何か違う?」


「いや、どうも一緒に行動している姿を見て、なぜか『俺が鈴宮に取られるんじゃないか』って思ったらしくてな」

「えぇ……なんだ、それ」


 ――というかそもそも『取られる』とはなんだろうか。泰成は『物』ではないのだけれど……。


「まぁ、俺たちには到底理解出来ないそんな『謎の不安と嫉妬』が重なって……今回の事を起こしてしまったらしい」

「…………」


 彼女たちも最初はそんな事をするつもりはなかった……らしい。


 ただ、人というのはたまに『魔が差す』事がある。そして、彼女たちもそう言っている……らしい。


 ――いやまぁ、たとえ『魔が差した』としても、やって良い事と悪い事がある。それは当然の話だろう。


「それにしても……嫉妬かぁ」

「まぁ、文化祭で俺と話している途中で泣いていただろ」


「泣いていたね。俺は完全に『泰成に泣かされた』って思っちゃったけど。それがどうかした?」

「いや、どうもそれがさらに彼女たちの嫉妬心に火を付けたとか」


「……と言うと?」

「なんでも『女の武器』を使ってまで仲良くしようとした……とかなんとか……と」


 その話を聞いて俺は思わず「うわぁ」と呟き、絶句した。


 それにしても、やけに詳しいく事情を知っている泰成に話を聞いたところによると、どうやら彼女たちの話に泰成がかなり関わっていた。


 そのせいで……どうやら泰成は先生たちからこの話を教えてもらう事が出来たらしい。


 泰成本人にしてみれば、はた迷惑な話である。


 それにしたって、泰成にしても鈴宮にしても『何もしていない人』が大変なの思いをするのはどうかと思う。


 でもまぁ、そもそも彼女たちの思い込みがあまりにひどすぎるのがそもそものきっかけだ。


「それにしても、恋は人を変えるとか、盲目だとか言うけどさ。いくらなんでもひどすぎるね」

「ああ」


「それに、俺の存在自体忘れ去られているけど!」

「ふっ、あはは! 確かにっ!」


「笑い事じゃないよっ!」

「まぁまぁ。でも、俺はこの話を聞いて言葉を失った……だってな。俺は彼女たちの事。何も知らないに等しかったからな」


 そう、そんな嫉妬深い彼女たちだが……実際のところ。彼女たちと泰成は『仲が良い』どころかほとんど話をした事もなかったらしい。


「それにしても、もう……なんというか怖い。結果的に鈴宮を巻き込んだみたいになっちまったし、蒼も巻き込んだ。それだけじゃない、もっと色々な人にも……」

「まぁ、泰成が全部悪いってワケじゃないと思うけどね」


 そして、この事件を起こした彼女たちは、俺たちがどうこう話をする前に学校からいつの間にか姿を消していた。


 だから、この会話も、彼女たちがいなくなった後ただの後日談である。


 そりゃあ、鈴宮も別の病院に転院する事が決まっているとは言え、このまま何事もなかったかのように生活をする事は出来ないだろうとは思っていたけど……。


 まさか、こんなに早くいなくなるとは思ってもいなかった。


「それにしても、蒼が絵か……」

「……ただ筆を動かしているだけだけどね」


 そう言いながら苦笑いをしている……その表情が見えていなくても自分で分かった様な気がした。


 そして、この会話をしているのはいつも来ている美術室だ。


 俺はここで放課後毎日の様に特に何も考えず、キャンバスの前でとりあえず筆を動かしている。


 それこそ『下書き』なんてしていない。ただ筆に絵の具を付けて『筆をうごかしている』だけ……ただそれだけだ。


 だから、コレを『絵』とか『作品』と呼んで良いのか……正直、自分でもよく分からない。


 でも、こうする事によって『何か分かるかも知れない』そう思えた――。


『え? 絵を……ですか?』

『ん? 僕はただ、蒼くんの絵を久しぶりに見てみたいって思っただけだよ。何も考えず、ただ絵を描くだけ』


 そう何気なく提案してきた元弥さんだったけど、どうやら俺が鈴宮にも似たような事を言われたという事は知らない様子だ。


『…………』


 まぁ、あの場には俺と鈴宮だけのはずだから当然なんだけど……。


『でも、その『だけ』っていうのが大事だと思うんだ。蒼くんは色々と考えすぎている。だから、一度だけ一心不乱に描いてみるのもいいかなって思っただけなんだけど……』

『…………』


 つまり、元弥さんはただ純粋に俺の絵を見たいだけ……という事なのだろうと理解出来た。


 それに、もしかしたら、今まで出来なかった事をする事で俺の中で『答え』が出るかも知れない……という期待が少しだけあった。


「まぁ、それはそれとして……明日はいよいよ鈴宮とお別れって事になるんだが……」

「うん」


「うん……って。はぁ、ちゃんと来いよ」

「……うん、分かっているよ」


 ため息をつきながらその場を離れる泰成に、俺はそう答えておきながら、その日。鈴宮との別れの場に俺は……姿を現さなかった。

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